議会、クレスター流戦闘術
さてと、助さん格さんのターンですよー(←感想欄の言い得て妙にマジウケしました)
みんなでせーの、「やっておしまいなさい!」
――遅い。
父と兄を見たときの、それがディアナの正直な感想だった。
殺されそうな、ある意味での『被害者』が三人もふらふらしているのに、今まで何をしていたのか。
思わず素に戻って睨むと、エドワードはやはり視線だけで「まぁまぁ」と宥めてきた。……まぁまぁじゃない。
数百人の眼光を前に、デュアリスとエドワードは臆することなく進み出る。証人席すらもあっさり通り越して、ジュークの真下で略礼した。
「遅くなって申し訳ない。破滅したくて仕方のない方々の割り出しに、少々手間取りましてな」
「いいや。いずれ参られると思っていた、クレスター伯」
魔王と名高い『クレスター伯爵』に対し、平然と受け答える『王』に、集まった人々は驚きを隠せない。
頭を上げ、視線を交わしたデュアリスに、ジュークが破顔一笑したから尚更だ。
「伯が参られるまでの時間稼ぎは、とても有意義なものだったぞ」
「左様でしょう。娘は上手く合わせましたかな?」
「上出来すぎるくらいだ。打ち合わせなしとは思えなかった。さすが、伯ご自慢の娘御でいらっしゃる」
「まだまだ未熟な娘です。――ディアナ」
『当主』の声で呼ばれ、反射的に背筋が伸びた。父と視線を合わせ、口を開く。
「ご無沙汰しております、お父様。高いところから、申し訳ありません」
「議会とはそういう場だ。物理的な高さを気にする必要はない。……随分とまぁ、派手にやったな」
「……わたくしが意図したわけではありません」
「それが『我ら』だと、言い聞かせてきたはずだぞ。――不満もあろうが、ここからは黙れ。此度の一件、裁く権利は『クレスター』にある」
デュアリスの宣言に絶句したのは、王と宰相とディアナ、後はエドワードを除く、この場の全員だ。家の娘が『被告席』に座っている状態で、『裁く権利はウチにある』なんて、普通の貴族が言えば即刻非難囂々である。一見非常識極まりない台詞が、怖ろしいほどの静寂でもって迎え入れられる現実が、魔王の『魔王』たる所以なのだろう。
『証人』三人を痛ましい目で眺め、デュアリスは議会の扉を守る騎士に「おい」と呼び掛けた。
「椅子持ってこい。そこの三人、座らせてやらないと、議会が終わるまで保たん」
「な、何を勝手に!」
「黙れよ、メルセス候。よりにもよって、我が家の至宝の前でよくも、耳が汚れる言葉を連発してくれたな。ディアナをあんな席に座らせただけで、万死に値する行為というのに。――楽に死ねると、思うな」
今のデュアリスは完全に、制御解除状態だ。普通にしていても『魔王』なのに、凍えるような怒りを全面に押し出した彼は、冗談抜きに視線一つで心臓が止まりそうなほど怖い。……杖を支えに律儀に出向き、真剣に傍聴してくれていた推定七十代の大御所貴族が、デュアリスの冷気に充てられたかして胸を抑えて丸まっているが、大丈夫だろうか。周囲に介抱されているし、命に別状はない、と思いたい。
ディアナがおじいちゃん貴族の心配をしている間に、立ちっぱなしだった『証人』三人は椅子に落ち着き、デュアリスは改めてジュークを見上げた。
「さて、陛下。この場を我ら『クレスター』が収めること、お許しいただけますかな?」
「許すも許さぬもない。クレスター伯爵家に危害を加えて生き残れると本気で考えている愚か者など、王国にとっても害悪だ。本来なら私が断罪すべきだが――」
「ここはどうか、我らにお譲りください。せっかく陛下が、このように有意義な場を開いてくださったのです。『クレスター』に手を出せばどうなるか、そろそろ王国中が再認しても良い頃でしょう」
「なるほど、面白そうな見せ物だ。ならば私は『王』らしく、高みの見物といくかな」
「えぇ、陛下。この程度の小物、陛下が出られるまでもございません。見物ついでに新しい人事でも考えておいて頂ければ、時間短縮になるかと」
「気遣い、痛み入る。今回は伯爵に甘えよう。――存分に、動くといい」
何この茶番。態度には出さず、ディアナは呆れ返る。……いや、必要な一幕であることは分かるが。
『クレスター伯爵』が『王』にお伺いを立て、『王』が許すことで、これからデュアリスがすることは王の許可あってのことであり、つまり『クレスター』の上に『王家』があると示すことに繋がる。王権を守りつつ『総力』の鉈を振るうには、外せないやり取りだ。
が、しかし。笑顔で鷹揚な『王』のフリをしながら、ガチ怒りモードのデュアリスに腰が引けているジュークと、そんな彼をデュアリスの後ろから『頑張れ!』と目線で応援しているエドワード。そんな二人をしっかり確認しながら、敢えて手加減しないデュアリスという構図が全部見えるディアナからしてみれば、『茶番』の一言が真っ先に思い浮かんでしまう。本気で怒りながら、若者二人の辿々しい交流を楽しめるデュアリスは、いつものことながら深すぎるだろう。
とりあえず、兄とジュークの初対面はある程度穏便に済んだらしいと、『茶番』から読み取れるプラス面に支えられつつ、表面上は無表情のままでディアナは下を見守る。――まさに今、デュアリスが凶悪な笑顔で、証人席に並んだ三人、ハーライ侯爵、ユーノス騎士、メルセス侯爵を睨んだところだった。
「悪かったな。貴殿らが破滅待ちだと知らずに、随分長い間、のさばらせてしまった」
「な、何を……」
「他にも何人か、職も貴族位も、領地も財産も、何もかも失いたくて仕方ない輩がいるようだが。心配するな、希望は全て叶えてやる」
宰相席で、議員席で、何人かが「あーあ」という顔になったのが分かった。レティシアの父親、キール伯爵が、席でマイペースに紙を広げたのが実に印象的だ。十中八九アレは王国地図、ハーライ領とメルセス領の位置を確認したものと思われる。……さすがはレティシアの父、仕事が早い。
「さて、まずは最初から確認しようか。――ハーライ候」
「ぶ、無礼であるぞ! そなた、伯爵位でありながら、」
「それ言ったらハーライ家の興りは二百五十年前で、歴史はウチの方が長いだろ。ちなみにクレスターは何度か陞爵の話があった家だからな。侯爵になると無駄に目立つから断ってるだけで、歴史も家格も実質負けてるって理解しとけ?」
デュアリスの話は誇張でもなんでもなく、資料を当たれば確認できるし、ある程度の家には戒めとして伝わっている。叙爵こそ三百年前でも、エルグランド王国の前身となった『湖の国』時代から王家に近しかった『クレスター』は、ある意味で公爵家たるモンドリーアをも越えた存在だ。現モンドリーア家当主のヴォルツはそれをよく理解しているので、公式の場ではさり気なく、本当にさり気なく、デュアリスを立てている。……主に今のように、気配を極力消す方向で。
保守派貴族にとって、『歴史』と『家格』は何よりも重んじるべき二大要素だ。初手でそれを封じられた以上、ハーライ侯爵がデュアリスの優位に立とうとする気概は、完全にくじけた。
「で、何だったか。あぁ、貴殿の娘が、タンドール伯爵令嬢の暴挙を憂い、手紙を書いた……だったか? ――ここでイチから論破しても良いが、春から夏の理不尽を『王国のため』と歯を食いしばって耐えて、王家を見放さなかった方々の前で、よくもまぁそんな厚顔無恥な発言ができたもんだ。正直、コイツをタコ殴りにしない皆様の自制心には頭が下がる」
言いながら、デュアリスは向かって左の議員席に、本当に頭を下げた。『悪の帝王』の行動に、ある人は驚き、ある人は涙ぐんでいる。……望んで娘を後宮にやった人ばかりではない新興貴族にとって、『紅薔薇』の父が全てを理解しているのは、ある種の支えと希望になることだろう。
「コイツを殴りたい方は、あともうしばし待って頂きたい。全てが終わった暁には、ハーライ侯爵家は無くなる。そうすれば、調停局に遠慮することなく殴って、『正当な報復』って宣言できるから」
「何をでまかせを、」
「でまかせなのはどっちだ。娘に『紅薔薇派』を見張らせた? ――テメェの娘は『年迎えの夜会』で、シェイラ・カレルド嬢への暴行の数々が明るみに出て、『星見の宴』までほとんど、後宮近衛に見張られての軟禁状態だっただろうが。後宮近衛の準備は万端だ。いつでもここに来て、『ハーライ侯爵令嬢が『紅薔薇派』の動きを追えるなどあり得ない』と証言してくれるってよ」
「な、な……」
「テメェの娘がカレルド嬢をイジメ抜いていた件に関しては、嬢付きの侍女と友人たちが、必要なら証言台に立つそうだ。――で、どの口が『心優しい娘が、側室が側室に危害を加えるという暴挙を憂いた』なんて抜かす?」
よし、父は怖い。シリウスから聞いたことはあったけれど、本気を出したデュアリスは、ディアナの知る誰よりも怖い。母とは別方向の怖さだ。
デュアリスの後ろでエドワードが心なしか遠い目をしているし、ジュークに至っては半分魂が飛んでいる。……大丈夫だろうか、まだまだこれからなのに。
「貴族位の娘を、確たる証拠もなく斬首しようなんて、アタマのネジ全部抜けたとしか思えない愚行に出た件は、誰が見ても『馬鹿』の一言で片付けられるから流すが。――次は貴様だ、ユーノスの次男坊。イイ年して、兄貴に迷惑かけてんじゃねぇよ」
一息で言い切って、デュアリスは議員席の、ストレシア侯爵の斜め後ろに座る御仁を見た。
「ユーノス子爵。悪いが、手加減せんぞ」
「お気遣い感謝いたします、クレスター伯。恥ずかしながら弟は、爵位の継げぬ次男ということで母から憐れまれ、ひたすら甘やかされて育ちまして。その年になっても善悪の区別すらつかぬ、幼子同然なのです。私も何とか矯正しようと努力しましたが、こうなっては致し方ない。監督不行き届きの咎を背負い、我が家も爵位を返上いたします」
「家族全員、食わせるアテはあるのか? ディアナを散々コケにしたコイツを見逃すことはないが、貴殿の妻と子を路頭に迷わせるのは、我が家の本意ではない」
「――ご案じなさるな、クレスター伯。ユーノス子爵の心根の良さと、既存の常識ばかりに囚われない柔軟な思考は、これからの王国に必要なもの。可能ならば外務省で働いて頂きたいと、先ほどから勧誘していたところだ」
厳つい顔に似合わない超ダンディーな声で、ストレシア侯爵が口を挟んだ。艶を含んだ声は、どこかライアを思わせる。……なるほど、姿形は母親似、声質は父親似なのか、ライアは。
ストレシア侯爵の隣で、タレ目の赤毛の男性が、堪えきれないように笑っている。彼は確か、ヨランダの父、ユーストル侯爵か。笑い方がそっくりだ。
(なんていうか、さすが皆様のご家族としか言いようがないわね)
この親にしてこの子あり、という言葉がぴったりハマる。……とりあえずキール伯爵は、いくら予定調和が見えたからといって、地図になにやら書き込んで新しい流通ルートを考案するのはやめた方がいい。主に議会の空気的な意味で。
ユーノス子爵家の後ろ盾がはっきりしたからだろう。デュアリスから、『遠慮』の二文字が消えたのがはっきりと分かった。後でヴォルツおじさまに、胃に優しいハーブティーを差し入れよう……とディアナは密かに考える。
猛禽類の目が、ユーノス騎士を捕らえた。
「貴様の言動は、だいたい報告受けたけどな。そのアタマの中、何が詰まってんだ? ディアナに散々忠告されておきながら、部下巻き込んでの悪行の数々。救いようがない」
「何を!」
「もとから『悪』の噂がある家の娘なら、濡れ衣の一枚や二枚被せたところで変わらないとでも思ったのか? 言っとくがな、我が家は実害のない噂は放置しても、実際に死にかけてる娘を見捨てるなんて非道はしない。――過去に『クレスター』に手を出した馬鹿共がどうなったのか調べた上で、我らの掌中の玉に罵詈雑言を尽くしてくれたんだろうな?」
「だ、黙れ。悪は、『悪』は貴様ら、『クレスター』だ!」
「俺らが『悪』かどうかは、今関係ねぇよ。テメェの規律違反、法破りの話だ」
翡翠の瞳が、冷徹に光る。ぞっとするほどの怒気が、デュアリスから漏れ出した。
「誘拐の件を聞いたときから、疑問だったんだよ。カレルド嬢は、己の分を弁えずに越権行為をした侍女を叱り、監督不行き届きの咎があるなら己も受けると即断するほど、規律に厳しいご令嬢だ。そんな彼女を攫うなら、最低でも後宮の中まで忍び込まなきゃならん。カレルド嬢が規則を破って、後宮外を出歩くわけがないからな」
「そ、それがどうした!」
「馬鹿には懇切丁寧に説明しなきゃ分からんか? 後宮内に忍び込むためには、後宮の外を常時見張っている王宮騎士を突破する必要がある。ベルが手引きした、って調査報告書にはサラッと書き流されてたが、ベル一人の手引きで荒くれ者複数人が忍び込める場所じゃねぇんだよ、後宮は」
「何が……」
「調べてみれば、一目瞭然だったな。王宮の裏にある通用門、そこから後宮門までの最短ルートに立つ騎士、肝心の後宮門の担当まで、あの夜は貴様の小団のメンツで固められていた」
「当番記録はここにあります。いやー、記録ぐらい誤魔化せよ、って思いましたね。あ、ここに名前のある騎士は、国王近衛の方々が一室に集めてます。証人喚問しますか?」
父の後ろから、エドワードがとてもとても楽しそうな笑顔で言い添えた。柔らかな笑みで掲げた当番記録は、移動式カートから取り出されたもの。……予想はしていたがあの山、証拠品か。
デュアリスに射抜かれたユーノス騎士は、自らの欺瞞が剥がされていくことを感じたのだろう。青い顔で震えている。
「カレルド嬢の誘拐は、あの夜、後宮門を警備していた貴様の団の協力なしには成り立たなかった。それとも何か? 誘拐のときには警備全員サボってて、ベルが誘拐犯共を王宮外まで見送ってから、タイミング良く彼女を捕らえたとでも?」
「そ、それは……っ」
「貴様にはもう二つ、規律違反がある。一つは側室誘拐なんて大事を、証言を引き出してすぐ軍に伝えず、捜索の初期機動を大幅に遅らせたこと。側室は、厳密に言えば王族には数えられないが、それに準じた扱いを受ける存在だ。その捜索を最優先しないなんて、王宮騎士の小団を率いる長として、不適格を言い渡されるに充分すぎる」
デュアリスは、一族の誰もが認める、歴代屈指の知略を誇る『賢者』である。たかが十七年しか生きていないディアナには知りようもなかったが、デュアリスは怒髪天を突き抜けると、ひたすら理で敵を追い詰め、殲滅する手法に出るらしい。『馬鹿』が代名詞になりかけていたユーノス騎士では、間違いなく太刀打ち不可能だ。
「二つ目は、王の許可なく王族の私的空間である後宮に踏み込み、側室の一人を捕縛したこと。オマエ、これが規律違反かつ重大な法律違反だって、分かった上でやったんだろうな?」
「お、王国の大事には、手続きが省略されることもあり、」
「そういうのは、捕縛する相手の罪が誰から見ても明らかで、確たる物的証拠が揃ってて、その上さらに、そいつを放置してたら人命に関わる大事の起こる可能性が極めて高い場合に限られるんだよ。この自我崩壊一歩手前な『証言者』たちが言った『紅薔薇様の御ために』のスローガン的動機のどこが、『誰が見ても明らかな側室『紅薔薇』の関与を示す物的証拠』なのか、俺の前でもう一度、筋道立てて説明してみろ」
「こ、国王近衛と一部官吏とて以前、マリス女官長の罪を暴かんと、男子禁制の後宮に踏み込んだではないか!」
「マリス『前』女官長な。マグノム現女官長にケンカ売ってんのか。最低限の礼儀は弁えろ。――で? 国王近衛の職務はそもそも王の警護及び補佐だから、後宮への出入りは認められてるが……前女官長の一件は、俺の記憶が正しけりゃ、陛下の許可が降りてたと思うぞ」
「馬鹿な!」
「いかがでしたか、陛下?」
「あぁ、あのときの者たちは皆、私の指示で動いた。近衛も官も、全てだ」
軽いエドワードの問いかけに、これまたあっさり頷くジューク。本当のことなので、実に自然なやり取りだ。
そういや、『マリス前女官長免職作戦』において、実行段階の最初から最後までジュークが絡んでいたことは宰相閣下にすらナイショだったな、と思って議長席を見れば。優しい苦労性なヴォルツおじさまは、泰然と状況を眺めている外面の向こう側で、長閑な草原にて放牧されている無数の羊を数える目をしていた。……胃に優しいハーブティーに加え、安眠効果のある薬草茶も添えて、プレゼントしよう。
何故ユーノス子爵弟が率いる王宮騎士団が、我が物顔でズケズケ『紅薔薇の間』に乗り込んでこられたのか、密かにディアナも疑問に思っていたのだが。なるほど、マリス前女官長の捕縛を、一部官吏の先走りに王の後追い許可が降りたと思い込んでいたのか。マリス前女官長の一件が許されたのなら、ディアナの罪さえ王が認めれば、同じように許されると。
「頭が悪いにも程があるな」
ディアナの内心をそのまま、デュアリスが代弁した。
「仮にマリス前女官長の捕縛が一部官吏の先走りだったとしても、それこそ状況が違うだろ。彼女の罪状と証拠の山は、間違いなく『誰が見ても明らか』だった。ヤツを庇おうと国王執務室に乗り込んだ連中、五分と保たなかったんだってな?」
「でしたね。気持ち良いくらいの返り討ちだった、って国王近衛の方々が笑ってましたから」
「つまり、ディアナの罪状を陛下に認めさせるためには、俺たちを五分で返り討ちにするだけの証拠を耳揃えて持ってくる必要があるわけだが。今のところ、返り討ちどころか反論すら怪しいと思うのは俺だけか?」
議員席の貴族がかなりの数、デュアリスの言葉に深く頷いた。『古の一族』の末裔くらいしか知らないことだが、有史以来『森の民』を束ね、本拠地を治めてきた『クレスター』は、統治者としての才覚も鍛えられている。数百人の貴族を引き込んで、場を自分たちの色に染めることくらい、朝飯前とまでは言わないが普通のことだ。
「ユーノス騎士。貴様が行ったことは、王宮を、王族を守る騎士でありながら、側室の誘拐に荷担し、国王の私的空間たる後宮に無許可で踏み込み無実の娘を攫った、ただの逆賊行為だ」
「違う! 紅薔薇は寵姫を、シェイラ・カレルドを、邪魔に思っていた! そこの三人は、『紅薔薇』の意志を汲み取って動いたのだ。『悪』は紅薔薇だ!!」
「何度同じことを言わせる? 他人の『悪』は関係ない。貴様の行動を問題にしてるんだ。――『悪』を滅するために多少の超法規的措置は必要だと言いたいのかもしれんが、残念ながら、そこにどんな大義があろうと違反は違反で、度が過ぎた貴様は逆賊なんだよ」
ストレシア侯爵が、デュアリスの言葉に何度も頷いている。かの家のお家騒動については聞きかじった程度だが、侯爵にも何か、思うところがあるのかもしれない。
手加減と容赦を平和なクレスターの森に置いてきたらしいデュアリスは、最後に。
「さて。さっきさらりと流した件について、納得のいく説明を聞かせてもらおうか、メルセス侯」
『魔王』の面目躍如な凶相を、真正面から、ひょろ長メルセス侯爵へと叩きつけた。メルセス侯爵が、無意識にきっちり三歩後ずさる。
「王と宰相の許可すっ飛ばして、極刑嘆願する内務省副大臣補佐も副大臣補佐だけどな。それをあっさり受理する調停局局長補佐の方が、イカレ具合としては遥かに上だろ。調停局っつたら、貴族たちの賞罰を決定する専門機関だ。そこの局長補佐が、無茶苦茶すぎる法律無視。何考えてんだ?」
「も、もちろん、仮の許可だ!」
「極刑たる斬首を『仮』であっても『許可』することがどんだけの問題か、ちゃんと理解して言ってんのか? 命は、奪っちまったら取り返しつかねぇんだぞ。エルグランド王国の刑罰法において、極刑に二重も三重も、しつこいくらいに枷が掛かってるのは何でだと思う。どんな罪であれ、死刑囚がどれほど救いようのない悪人であったとしても、命を奪う極刑は国による『殺人』だと、代々の君主が重く受け止めてきたからだ」
清廉な玉座などあり得ない。戦乱の世に王国は建ち、数え切れない戦を繰り返し、幾千幾万の命を葬って、エルグランド王国は半島統一を成し遂げた。統一してからも、反乱の芽を、不穏分子を摘み取って。
命を奪う度、王は。奪った命を、己の罪を、生涯背負って立ち続けた。統一王アストが十二のときに初陣を迎えてから、毎朝毎晩、生涯欠かすことなく、神ではなく己が奪った命に祈り、平和な世を必ず築くと誓っていたのは有名な話だ。
過去の王たちが奪ってきた命の上に、今がある。ジュークが背負う玉座は、今を生きる人々の命と、過去に奪った数多の命の分だけ、重い。
デュアリスの瞳に宿る光は、これまで見たことがないほど鋭利で、端から見ているだけのディアナですら、刺し貫かれそうな錯覚を覚えてしまう。
「ディアナが邪魔で、その存在ごと消し去りたかったか? それは別に責めない、立場が違えば邪魔にもなるだろうさ。――だがな、それなら潔く、テメェ自身で実行しろ。テメェの私情に国の刑を使って、国に殺させるな」
「ち、ちが、」
「何が違う。側室『紅薔薇』が、寵姫誘拐に荷担した、確たる証拠はどこにもない。その状況でギロチンの使用許可出した、テメェのどこに理があるんだ」
ふぅ、と一度呼吸を整えて。
デュアリスは改めて、(結果的に)ノコノコこてんぱんにノされるために出てきた三人を、じろりと見た。
「今までの法律違反証明だけで、貴様らを王宮から追放するのは楽勝だけどな。生憎、職の剥奪だけで済ませられるほど、『クレスター』の娘を殺そうとした件は軽くない。――エドワード」
「はい、父上。ちょっと休憩しといてください。そんなに喋ったの、久々でしょう?」
邪気のない、楽しそうなエドワード。……はっきり言って、超、怖い。
民を苦しめる山賊退治に赴くとき、ちょうど兄はこんな顔をしていたと、ディアナはしみじみ思い出した。
ガラガラと音を立てて、エドワードがカートを目立つ場所まで引っ張ってくる。
「さて、お集まりの皆様。今までの父の話で、そこの三人が嘘っぱちを陛下に堂々と進言していたことは、お分かり頂けたと思います。――ここで疑問なのは、『結局シェイラ・カレルド嬢誘拐の真相は何なのか?』ですよね」
父とは別の意味で、兄も人目を集めるのが上手い。分かり易い切り口に、衆目がデュアリスを離れ、エドワードに移った。
「我々は、一家の末娘たるディアナの無実を証明するため、カレルド嬢の誘拐について、時系列ごとに整理して調べました。……ただ、肝心のご令嬢の安否が未だ不明のため、解明仕切れていない点もありますが」
「エドワード殿。カレルド嬢は無事なのか?」
尋ねたのはストレシア侯爵。しかしその疑問は、この場にいる多くの貴族の関心事でもあるだろう。
エドワードは、苦笑して首を横に傾げた。
「現在、王国で最も有能な捜索隊が全力を尽くしています。私は無事を信じていますよ」
「そうか……」
「ご令嬢が無事に保護され、真相が全て明らかになると信じて、解明できるだけのことはしましょう。――まず、誘拐の実行犯集め。これは王都の下町、無法者御用達の酒場何軒かに『人員募集』の貼り紙をして、ある程度人数が集まったところで腕試しを行い、最も腕っ節の強い六人が選ばれたと、落ちた連中が証言しました」
「貼り紙をしたのは!?」
「酒場の店主たちに話を聞いたところ、ライノ・タンドールとオレグ・マジェンティスの二人のようですね。……ちなみに、こちらがその貼り紙です。選ばれたら前金でエル金貨五枚、依頼を完遂させたらさらに五枚だそうですが、前金だけで充分な儲けになりますので、腕試し大会はかなり白熱したとか」
平然と話すエドワードだが、内容は割と過激かつ、妹の弁護には不利なライノとオレグの罪の立証だ。ざわざわする貴族たちに構わず、エドワードは続ける。
「誘拐犯を集め、誘拐を企てた実行犯は、ライノとオレグの二人に間違いないでしょう。……できれば、どうしてそんなことを考えたのか、本人たちの口から聞きたかった」
ベルはもとより、ライノとオレグも、もう言葉を言葉として認識できていない。……人を喰う『伝承』の文様、その恐ろしさをまざまざと感じる。
哀れみのいろを宿して『実行犯』たちを眺めたエドワードは、しかし次の瞬間には、断罪者の顔に戻っていた。
「誘拐犯たちを後宮内部まで引き入れたのは、ベルと、そこにいるユーノス騎士ですね。――この事実から、カレルド嬢の誘拐が少なくとも、『紅薔薇様の御ために』なんてスローガン的動機だけで行われたわけではないと分かります」
「違う、私は!」
「黙れオッサン、可哀想なアンタの団員から、事情は全部割れてんだ。『シェイラ・カレルドとディアナ・クレスターがいる限り、王宮は乱れ続ける。今のうちに排除することこそ、長い目で見れば国のためだ』だったか? アンタの下に配属されたのが不運としか言いようがないほど、しっかりした判断力と記憶力に優れた騎士だよ。自分勝手な理屈に酔うアンタに内心ツッコミの嵐で、調査が入ることを予想して、誘拐から『紅薔薇』捕縛までの一幕を事細かに記録してくれていた」
「ば、ばかな……誰が」
「破滅しかこの先待ってないのに、そんなこと知ってどうするんだ? ――で、その記録がコレです」
どこにでもある冊子タイプの帳面を、エドワードは無造作に開いた。
「詳しい文面は省略しますが。記録によると、ライノとオレグの二人は『星見の宴』の夜、宴がお開きとなった夜半過ぎに、馬車で誘拐犯六人を王宮の裏通用門まで運び、そこからの道案内は出向いていたベルが担当したそうです。予め通る道を指定されていたそうで、実に短い時間で、誘拐犯たちはズタ袋に人間を入れて戻ってきた。誘拐犯六人とズタ袋に入ったカレルド嬢、ライノとオレグの計九名は、そのまま馬車で去り。……馬車が見えなくなるまで見送り、後宮に戻ろうとしたベルを、隠れて一部始終を見届けたユーノス騎士率いる小団で捕らえたと」
「――つまりユーノス騎士は、誘拐を敢えて見逃したのだな?」
「実行犯がライノとオレグなら、王宮側の協力者がユーノス騎士だったってことでしょう。ただ、馬車が去るまで隠れていた点から見ても、おそらく実行犯は協力者のことを認知していない。――この構図から、ユーノス騎士の側が、誘拐計画の主導権を握っていたと推測できます」
「何故言い切れる!」
デュアリスには口を挟めない貴族の皆様も、人当たり柔らかなエドワードには、気軽に声を掛けられるらしい。……もしくは、それを狙っての交代か。
叫んだ貴族を、エドワードはにっこりと……それはそれは麗しい笑みで、射抜いた。
「もしも、ライノとオレグが計画の主導者で、王宮側の『協力者』を認知していたら。わざわざベルを後宮から抜け出させる必要はありません。外宮は王宮騎士に案内させ、後宮入り口でベルに交代した方が、安全かつ確実です。事実ベルは、『後宮勤めのはずの侍女が、外宮の門付近にいた』という建前で、最初は取り調べを受けていますからね。王宮騎士に、しかも警備の担当をいじれる地位に協力者がいると分かっていたら、見つかる危険を侵してまで後宮勤めの侍女を外宮の端まで往復させたりはしない。――何より、」
言葉を一度切って、エドワードは一瞬、色だけでなく纏う空気まで父にそっくりな、深淵を覗く『賢者』の目になった。
「馬車がいなくなった途端、手のひら返して誘拐の『実行犯』を捕らえにかかる、主導権のない『協力者』がどこにいるんです? 敢えて誘拐の罪を犯させ、捕らえて、『紅薔薇』の名をどんな形であれ吐かせる。それを根拠に、無実の『紅薔薇』にカレルド嬢誘拐の罪を着せ、処刑。そこまでが――計画だったんだよな?」
アンタが馬鹿なおかげで助かった――。
エドワードはユーノス騎士を笑顔で恫喝する。
「『紅薔薇の指示だろう、そうだと言え!』ってベルに迫るアンタに、部下の一人が『それは、いくら何でも飛躍しすぎでは?』と意見したところ、『どんな形であれ、紅薔薇の名が出さえすれば良い。そうすればそれを根拠に、あの分不相応な女を永久に葬れる!』とか返したんだって? その瞬間、賢いアンタの部下は、コレまとめるって決めたそうだ。こんな小団長に付き合って自分まで職を失うなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある、ってな」
「な、な、な……!」
「ま、アンタみたいな『手駒』しか持てないそこのジジィ共の器も、同時に知れるってもんだ。ハーライ候はご丁寧に、アンタとの繋がりを陛下の前で自供してくれたし、調査報告書にサインした奴ら、調停局側でディアナの処刑嘆願を受理した奴らと、名前全部割れてるからな」
エドワードを苦々しい顔で眺めていた何名かの顔色が、一瞬でざざざっと青くなった。
翡翠の瞳が一瞬、天窓から差し込む光を反射して、金色に光る。
「これでお分かりでしょうか? シェイラ・カレルド嬢の誘拐は、側室『紅薔薇』の殺害を目論むそこの方々によって、理由付けとするべく、仕組まれたものに過ぎなかったのです。実行犯たちはおそらく、何らかの尋常ではない方法で操られていた。……そう考えれば、この痛ましい姿にも納得できます」
議会中の貴族が一斉に首肯する。根拠の乏しい『紅薔薇主犯説』より、証拠も説得力も段違いだ。
エドワードはくるりと、それまで背を向けていたジュークに向き合った。
「陛下。ご側室、シェイラ・カレルド様を拐かし、その罪を我が妹ディアナに被せ、罪のない娘二人諸共に消し去ろうとした、この謀。王室にとっても、王国にとっても、由々しきものであると心得ます」
「……あぁ。その通りだ」
「つきましては、」
「――こじつけだ! 苦し紛れの言い逃れだ! クレスターの、罠だ!!」
締めに入ろうとしたエドワードを指さして、突如、メルセス侯爵が喚き出した。
今度は何を言い出すのかと、むしろ興味深そうに振り返ったエドワードに、侯爵が大股で歩み寄る。
エドワードの胸ぐらを掴んで、彼は怒鳴った。
「証拠だと!? そんな薄っぺらい帳面一冊がか! それが貴様らクレスターの、偽の証拠でないと何故分かる!」
「……筆跡鑑定でもします?」
「そんなモノは証明にならん! 予め、裏切り者の子飼いを確保しておけば済む話だ! ユーノス騎士が誘拐犯たちを見逃した、物的証拠があるのか!」
「状況証拠はばっちりですけどね。この記録と、巻き込まれた騎士たちが疑われちゃどうしようもない。全員が全員、ユーノス騎士の荷担を証言しても、アンタのことだから『口裏を合わせているに違いない!』の一言で言い逃れる気満々でしょう?」
胸ぐらを掴まれているエドワードが平然としているので、議会を守る王宮騎士も動かないが、よくよく考えれば異常な光景である。
ただ、メルセス侯爵はエドワードを揺さぶっているつもりでも、掴まれている本人が微動だにしないため、侯爵が一人でぐわんぐわん揺れているような面白い状態になっていた。
そして、ヴォルツが焦っていないのはまぁともかくとして、ジュークも平然としているところから、この短時間で兄の脳筋っぷりを深く確信できる何があったんだろうと、安堵を通り越して不安になる。……温室育ちのジュークの心臓を止めるような常識外れを、兄がしていないと良いのだが。
しばらく付き合って、エドワードは面倒になったらしい。胸ぐらを掴む腕を掴み返し、一瞬の早業で床に引き倒した。細かな動きが、ディアナでも追いきれない。見たことのない型だったが、どこで習ったのだろう。
ぱんぱん、とホコリを払って、エドワードは真横にいた王宮騎士に視線を流した。
「正当防衛で良いよな、今の」
「も、もちろんです! ……あの、」
「ん? あぁ、拘束とか手間かかるからしなくて良い。また向かってくるようなら、陛下の許可もらって黙らせる」
「……あぁ、うん、好きにしろ」
聞かれる前に許可を出したジュークに、ディアナはちょっと謝りたくなった。彼の態度は、確実に、兄の非常識の被害者になった方のそれだ。
ところで、正当防衛の被害者になったメルセス侯爵はといえば。懲りずにぶるぶると、起きあがろうとしている。
「誰が、何と言おうとも。側室『紅薔薇』が、シェイラ・カレルドの誘拐に関与していないという、証拠はない。関与していないと証明できない以上、彼女の罪を問うことに、文句は付けられないはずだ!」
「無実の証明なんて、それこそ現場不在証明くらいですけどね。今回の場合、現場にいなくても予め指示を出していた、って論法が成り立つ以上、アンタらそれも認めないんでしょう」
「その女を、救いたいなら。――疑いようのない、無実の証拠を出してみろ!!」
起き上がったメルセス侯爵が、勝ち誇ったように叫んだ――。
その、瞬間。
「ディアナ様が、私の誘拐とは無関係という、証拠を示せばよろしいのですね?」
可憐な声が、一瞬で、その場を驚愕の無音空間へと変貌させる。
議会の正扉が、広く開け放たれ。
その向こうには、シェイラを先頭に、後宮の娘たちが集結していた――。
次回より、百合の花入ります。
あくまでも 友情 で!




