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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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バルコニーにて


日中はまだまだ暑いが、日が落ちてからの風は涼しい。バルコニーにも心地好い風が吹き、強張ったディアナの心身を解してくれた。


「――それで、お兄様。シェイラ様は」

「お前の捨て身の戦法が功を奏したな。人々の視線が逸れた隙に陛下から離れて、広間を出て行ったよ」

「そうですか……。最悪の展開は、何とか避けられたようですね」


ディアナはひとまずほっとする。だが、エドワードは厳しい表情のままだ。


「しかし、あの近くにいた者たちは気付いたはずだ。陛下の心がどこにあるのか」

「……そんなにあからさまだったんですか?」

「本人はあれで控えてたつもりなんだろうがな。端から見ればバレバレだ。……全く、坊ちゃんは余計なことをしてくれた」

「本当に。今シェイラ様が目立てばどうなるか、そんなことも分からないんでしょうか?」

「シェイラ嬢が目立つようなことを自分がした自覚があるか、そこがそもそも怪しいぞ」

「そこからですか……」


がっくりうなだれ、深々とため息をつく。額を手で抑え、首を振った。


「確かに陛下のことですから、国王が側室に声をかけるのは別におかしいことではないとか、アホなこと考えてそうですけど」

「正論と現実、周囲の目は別だってことを、あの坊ちゃんはさっぱり理解できてないからな」

「シェイラ様、さぞ困惑なされたでしょうね……」

「シェイラ嬢の中で、坊ちゃん陛下の株は急降下だな」

「急降下するほど高い位置にいたんでしょうか?」

「ディアナ、底辺には限りがないんだぞ。地面がゼロだとしたら、めり込んでマイナス評価ということもある」


突っ込み役が不在のため、大概失礼なディアナとエドワードの会話を止める者がいない。一通り愚痴った後、ディアナは頭を切り換えた。


「お兄様。これからどう致しましょう?」

「今は広間で、父上と母上、叔母上が、国王がやらかしたことができるだけ薄まるように、色々動いてくださっている。私も後で、それに加わるつもりだ」

「はい。ですが……」

「分かっている。それでは根本的なことは何も解決しないし、何より……」

「……お兄様?」


突然言葉を切った兄に、ディアナは非常に嫌な予感がした。できれば聞かずにスルーしたかったが、そんなことをしてもなんの解決にもならない。

意を決して、問い掛けた。


「何なのです?」

「……シェイラ嬢の近くに、保守派に連なる連中が数人いてな。今日の件は、確実にランドローズの耳にも入るだろう」

「……! ああぁ〜…」


バルコニーの手摺りに突っ伏して、ディアナは嘆きの声を上げる。クレスター家が最も恐れ、ディアナが回避に全力を尽くしていた事態に、とうとう突入したのだ。


後宮の勢力は、『陛下が『紅薔薇』に興味を示している』との噂の下で、ある程度の拮抗を保っている。『紅薔薇寵愛』はただの噂に過ぎず、故に『牡丹派』の側室たちもそこまで血迷ったマネには及んでいない。ディアナの睨みが効いていることもあって、一時は酷かった『革新派イジメ』も落ち着いてきているらしい。

そんな現状の中で明らかになった、『国王の好意矢印が向けられている令嬢』の存在だ。保守派ならまだしも、シェイラは新興貴族の家から半ば追い出されるように後宮へとやって来た娘。国王の相手として、リリアーヌが許容できるハズがない。


「陛下は何を考えていらっしゃるの……! 後宮に目を向けろって、忠告したばかりなのに!」

「そんなこと言ったのか? 無駄だろう」

「私だって無駄だとは思ったわよ! でも仕方ないじゃない、陛下の協力抜きに後宮安定させるのなんて、はっきり不可能なんだから」

「あー……うん。坊ちゃんに期待しない方向で、頑張るしかないな」

「期待はしないから、せめて余計なコトしないで欲しいわ」

「ディアナ、言葉言葉」


令嬢言葉が崩れてるぞ、と指摘され、ディアナは凶悪な笑みを浮かべた。


「なんでしたら、令嬢言葉で一言一句残らず、言い直して差し上げましょうか?」

「……いや、うん、済まない。私が悪かった」

「分かれば良いのよ」


腕を組み、鋭い視線を広間に向けて、ディアナは手摺りにもたれ掛かった。


「シェイラ様は、予想以上に芯の強いお方だったわ。あの方なら、ちょっとやそっとの嫌がらせでは折れそうにないけれど」

「そうなのか?」

「『紅薔薇』仕様の私と目を見て会話したのよ? 並では有り得ないわね」

「あぁ、それは確かに見所アリだな」

「けど、だけどよ! 仮にも側室を守る立場にある国王が、よりにもよって寵姫を危機に晒してどうするの!」


ディアナは怒り心頭だ。シェイラに好感を持った次の瞬間にこの騒ぎでは、一体何の嫌がらせだとぶーたれたくもなる。


「あまり言ってやるな。そんなこと言ったら、国王が何かやらかすと予想しながら止められなかった俺たちにも、非はあるということになるぞ」

「そりゃ、見つけたシェイラ様の姿を目線で追ったり、遠くの方のシェイラ様を切なげな眼差しで見つめたり、すれ違い様に思わず振り向いたり、その程度のことなら予想してたわよ。でも誰が、公衆の面前で堂々と手を握って話し掛けるようなバカやらかすと思うの?」

「確かにあれはないなー…。さすがにアルから指導が入るだろう」

「ていうか、そもそもアル様何してたのよ。陛下の護衛騎士なんでしょ、ああいうバカやらかす前に止めるのが役目じゃない」

「いや、それは監督であって護衛じゃないぞ?」


一応訂正を入れたエドワードであるが、現国王の護衛騎士団長がそういう役割になりつつあるのは、哀しいかな事実である。広間で事態の収拾つけるのに必死だろう彼の心労を思うと、実に切なく不憫だ。


「アルも苦労するなー。なまじ剣の才能があったばっかりに」

「アル様と互角に戦えるどこぞの誰かさんが、あっさり騎士辞退して田舎に引っ込んじゃったからね。おかげで最強」

「馬鹿言うな、得物が違う。剣で勝負すれば、俺なんかあいつの足元にも及ばないよ」


軽く笑って、エドワードはディアナに向き直った。


「これからの展望はできたか?」

「ひとまず『牡丹派』の動きを牽制しながら、『紅薔薇派』の内部がバカやらかさないように締めるわ。『紅薔薇派』の中にも、身分にこだわったり私に異常にゴマ擂る輩がちらほらいるから」

「それは要注意だな」

「後は、他の『名付き』の方々を味方に引き入れる」


『牡丹』『紅薔薇』が争っている構図となる現後宮で、残りの名付き、『睡蓮』『鈴蘭』『菫』の三人は、今のところどちらの派閥にも属さず沈黙を保っている。ライアとヨランダの二人にはリリアーヌからの勧誘が再三寄せられているらしいが、二人は首を縦に振ってはいない。


「ライア様とヨランダ様、レティシア様は、今の後宮がどういう状況か、痛いほど理解していらっしゃるわ。だから敢えてどちらにもつかない。『名付き』である自分たちが動けば、後宮の勢力が大きく崩れることを、あの方々はよく分かってる」

「……つまり言い換えるなら、ランドローズの娘を除く『名付き』は、後宮が乱れることを望んでいないということになるな」

「えぇ。話の持っていき方にもよるけど、私の目的を知れば、お三方とも協力してくださると思うの」


だてに一月以上、後宮に居座っていない。三人の『名付き』の人柄も把握済みだ。国王の協力を望むことが不可能に近いこの現状で、次に味方してくれる人は彼女たちしかいない。


「分かった。次の動きは決まったな。『闇』たちはどうする?」

「もう自重する必要ないわよね。シェイラ様をお守りできる?」

『お任せを』


声は、バルコニーの真下に生えている木の中から聞こえてきた。ディアナは微笑む。


「シリウス。久しぶりね」

『お久しぶりです、お嬢様。シェイラ嬢の護衛、我々にお任せください』

「しかしそれではディアナ、お前の側が手薄にならないか?」

「リタもいるし、大丈夫だと思うけど」

「リタは侍女だ。四六時中張り付いてはいられないぞ」

『旦那様のお許しがあれば、後宮に割く人員を増やすことは可能ですが』

「……この際、仕方ないか。父上には俺から伝えておく」

『分かりました』

「気をつけてね、シリウス」


シリウスの気配が消えた。早速、人員増加の手配にかかったのだろう。


「さて、と。これからわたくし、どう致しましょう?」

「広間に戻るのは……止めた方が良いな。別の意味で収拾がつかなくなりそうだ」

「でしたらわたくし、少しシェイラ様とお話してみたいですわ。もう少し人柄も見ておきたいですし、こうなった以上、『紅薔薇』が真っ先に接触してシェイラ様を保護したと印象付けるのは、メリットの方が大きいでしょう」

「――いや、それはお止めになった方がよろしいかと」


突然、第三者の声が響いた。ディアナとエドワードが振り向くと、そこには赤茶色の髪の、騎士の正装を纏った若者が佇んでいる。エドワードが苦笑した。


「何だ、アルフォードか」

「お久しぶりです、アルフォード様」

「お久しぶりです、ディアナ様。私に礼は不要ですよ。仮にも貴女は、後宮内で最も身分の高いお方だ」

「……恐れ入ります」


ディアナが下げていた頭を上げ切ったタイミングで、エドワードが口を開いた。


「こんなところにいて良いのか?」

「お前とディアナ様を探してたんだよ。どっかで対策練ってるだろうと思ってな」

「……何があった?」

「陛下の首根っこ掴んで一回引っ込んで、説教とあの行為の動機を聞き出した」

「何だったんだ?」

「それがな……シェイラ嬢がディアナ様に虐げられたと、無茶苦茶な誤解をしたらしい。何でも、ディアナ様と話をしているシェイラ嬢の様子が尋常でないように見えて、気になって仕方なかったんだと」

「……ディアナが原因だったか……」


エドワードが額を抑えて顔をしかめる。もちろんディアナは爆発した。


「ちょ、わたくしのせいですか!? 声掛けてきたの向こうですし、初対面の挨拶交わした相手とスムーズに話するなら、一番手っ取り早いの冠婚葬祭ネタでしょう! むしろアレ以外にどうしろと!」

「落ち着いてください、ディアナ様。もちろん貴女は悪くありません。私も遠くから見ていましたが、貴女の対応は実にそつなく、あの場のベストでしたよ。あれ見て勝手に勘違いしたのは、それは陛下が悪い」

「ありがとうございますアルフォード様。ついでに口調、無理に改めなくて結構ですわよ。アルフォード様の一人称が『私』とか、似合わなくてビックリだわ」

「……側室に上がっても、全く何にも変わらないなー、ディアナ嬢は」

「当たり前だろう、お前はクレスター家を何だと思ってる」


マイペース兄妹に押されつつ、アルフォードは話を続けた。ディアナの言を入れ、素の口調に戻りながら。


「それでだ。陛下がディアナ嬢の行動を見て駆け付けたのは、当然シェイラ嬢も知っている。何しろ第一声が、『大丈夫か、『紅薔薇』に何をされた!?』だったらしいからな」

「……わたくし、シェイラ様をいじめたりしませんわよ」

「分かってるさ。けど、ディアナ嬢の行動と、その後陛下がやらかしたことを、シェイラ嬢がどう解釈したのかは分からない」

「下手すれば、全部ディアナの策略だと思われかねないってことか?」

「シェイラ嬢は真っ当な判断力を持っていると、俺は信じたいが。誰にどんな誤解をされるか分からないのが、お前ら『クレスター家』だからな」


ディアナとエドワードは沈黙した。クレスター家代々、認めたくなくとも認めざるを得ない、それは掛値なしの真実だったからだ。


「……シェイラ様はどちらです? 確かめて参りますわ」

「西側の人気のない廊下の隅で丸くなってる。行くのか?」


兄の確認に、ディアナは頷く。


「――シェイラ様のお気持ちは、シェイラ様にお聞きしなければ分かりませんもの」


そして鮮やかに一礼し。

バルコニーを、立ち去った。




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