第20話 奇襲 <日中 午の刻>
太陽が南中に昇ったちょうどその頃、
坤の宅の戸を叩く二郎の姿があった。
すぐに戸が開いて中から孤独が顔を出した。
「誰にも見られてねえだろうな?」
「うん、誰にも会わなかったど」
「よし、早く入れ」
孤独は小さく頷くと二郎を招き入れた。
そして辺りに注意深く目を配って
異常がないことを確認してから戸を閉めた。
鳶が「ピーヒョロロ」と啼いていた。
しんと静まり返った畳の間に
三人の男がいた。
孤独と二郎の他にもう一人。
銀髪の男がうつ伏せで倒れていた。
若芽色の着物の右肩から背中にかけて
深い斬り傷が見えた。
二郎が右手の人差し指を咥えて
ぼうっとその傷を見ていた。
「・・孤独兄ちゃんが殺ったのか?」
それから孤独の方を向いて
怪訝な表情を浮かべた。
孤独が二郎を見上げた。
しばしの沈黙が流れた。
障子窓はすべて閉ざされていて、
昼間だというのに室内はやや暗く、
何より重苦しい空気が漂っていた。
それは
この部屋に充満している言葉にできない
死臭のせいかもしれなかった。
「・・ああ」
孤独がニヤリと口元を歪めた。
「でもこのことは絶対に他言無用だぞ、
いいな?
後でたっぷりと
美味いものを食わせてやるからよ」
「ほ、本当か?
わかったど!
オラ誰にも言わないど!」
二郎の顔がパッと明るくなった。
その時。
孤独が鼻をひくつかせた。
そして口元に指を当てると
「しーっ」と二郎に目で合図を送った。
すぐさま孤独が軽い身のこなしで
土間へ飛び下りた。
そして素早く戸口へ忍び寄ると、
そっと耳を近付けた。
そのまま孤独は
懐から鉤爪を取り出して
手早く右手に装着した。
孤独が鼻をヒクヒクと動かした。
次の瞬間。
孤独が左手で勢いよく戸を開けた。
開け放たれた戸口から柔らかい風が
ふわりと中へ流れ込んできた。
同時に屋内のどんよりとした死臭が
のそりと漏れ出した。
陽光が土間に優しく射し込んだ。
孤独が辺りを警戒しつつ外へ顔を出した。
「どうしたんだ、兄ちゃん?」
目を丸くした二郎が
奥から小声で呼びかけた。
「・・気のせいか。
僅かに白粉の香りがしたんだがな・・」
「おしろい?
狐狸姉ちゃんか!」
二郎が巨漢を揺らしてはしゃいだ。
「さあな。
気のせいかもしれねえ。
俺様としたことが、
予見のことがあって
過敏になってるのかもな」
そう言って孤独は乱暴に戸を閉めた。
「二郎、
お前は今から兄貴の死体を処理しろ、
いいな?」
「孤独兄ちゃんはどうするんだ?」
「俺様は少しばかりここを調べるぜ。
兄貴の『蜻蛉切』が見当たらねえんだ」
「とんぼぎり?」
二郎は首を傾げた。
「命の次に大事にしていた兄貴の愛槍だ。
何度も見たことがあるだろ、お前も」
「あの槍はすごいど!
オラの『亀甲子』も貫ける
って言ってたど!」
そう言って二郎は
着物の下に身に付けている
鎖帷子を見せた。
「ひっひっひ。
たしかに兄貴の腕と『蜻蛉切』があれば
お前の体を貫くことくらい
朝飯前だろうな。
だが兄貴は死んで、
その『蜻蛉切』もどっかにいっちまった。
俺様がここに来たときには
見当たらなかったからな」
孤独の言葉に合点がいったのか、
二郎はポンと手を叩いた。
「だから孤独兄ちゃんでも
一槍斎兄ちゃんを
殺すことができたんだな!」
「ちっ、正直に言ってくれるじゃねえか」
孤独が顔をしかめて二郎を睨み付けた。




