第21話 狐狸 <日入 酉の刻>
西日が障子窓を紅く染めていた。
狐狸が湯呑の茶をもう一口飲んだ。
それから。
二郎の顔を正面から見つめた。
「・・アンタ。
その話・・本当なの?」
「そうだど。
オラが一槍斎兄ちゃんの体を、
残らず全部食べ尽くしたど」
そう言って、
二郎は胸を張った。
「何で今まで黙ってたのよ!」
狐狸の剣幕に二郎は体を竦めた。
そして。
「わ、悪かったど・・」
と小さな声で謝った。
狐狸は二郎を睨んだまま、
大きな溜息を吐いた。
「ま、アンタに怒っても、
仕方がないわね。
狡賢い孤独に
まんまと利用されたわけね」
「こ、孤独兄ちゃんは、
オラに優しいど」
二郎が白い歯を見せて笑った。
「アンタって本当に呑気ね」
狐狸は呆れたように
もう一度大きく溜息を吐いた。
「それにしても。
亡骸の処理が終われば
アンタは用済みなのに、
よく孤独に殺されなかったわね」
「オラは強いんだど!」
そう言うと、
二郎は両腕で力こぶを作ってみせた。
狐狸は何も言わず、
三度目の溜息を吐いた。
雉鳩が
「グーグーポッポー」
と啼いていた。
「そんなことよりも。
『蜻蛉切』がなかったとはいえ、
槍兄ぃが孤独ごときに
殺られるなんて。
正直、
意外だわ」
狐狸が眉をひそめて腕を組んだ。
西日に照らされた狐狸の褐色の肌が、
紅く艶のある輝きを放っていた。
二郎は口元をほころばせて、
狐狸の顔を眺めていた。
ふいに。
狐狸はちゃぶ台を叩くと、
腰を上げて二郎に顔を近付けた。
「そうよ!
『蜻蛉切』はどこにいったのよ?」
二郎は顔を首を傾げた。
「それはわからないんだど・・」
二郎は頬を赤らめて俯いた。
狐狸は
「ふん」
と鼻を鳴らすと
ふたたび座り込んで腕を組んだ。
「ねえ。
まさかとは思うけど、
予見も孤独が殺ったの?」
狐狸が別の疑問を口にした。
「オラは知らないど?」
二郎はボサボサの頭を掻いた。
「・・そうよね。
アンタが関わってるなら
予見の亡骸も食べてただろうし。
それに。
男が女を殺す理由はないから・・。
やっぱり。
予見は二三姉ぇが殺ったと
考えた方が自然よね」
「一二三姉ちゃんが、
予見を殺したのか?」
二郎が驚いた表情で狐狸を見た。
「そうとしか考えられないでしょ。
でも。
二三姉ぇも馬鹿なことをしたわね。
先にアタシを殺しておけば、
警戒されなかったのに」
そう言って、
狐狸が声を出して笑うと、
「一二三姉ちゃんは馬鹿なことをしたど」
と二郎は何度も首を縦に振った。
「それにしても。
拷問って本当に理解できないわ。
二三姉ぇの亡骸に細工した時。
流石の私も、
気分が悪くなったもの」
その時の状況を思い出したのか、
狐狸はブルっと体を震わせて、
湯呑の茶をごくりと飲んだ。
いつの間にか。
太陽が稜線の向こうに、
その姿を消していた。
「・・二郎。
まずは孤独を始末するわよ」
狐狸が部屋の行燈に火を灯しながら、
ぽつりと漏らした。
「こ、孤独兄ちゃんを!」
二郎の声が裏返った。
「何を驚いてんのよ。
あの男は生かしておいたら
後々厄介になるわ」
「孤独兄ちゃんは厄介だど!」
二郎が狐狸の言葉を反復した。
「あはは。
だからこそ。
アタシがいるんじゃない。
惚れた弱みと惚れられた強み
って言うでしょ。
二三姉ぇに化けたアタシの前じゃ、
孤独も油断するわよ。
その隙を狙って、
アンタが仕留めなさい」
「わかったど!」
二郎が両手を挙げた。
狐狸はにこりと微笑んだ。
「二郎。
アンタ。
今夜はここで食べていきな。
そろそろ孤独が仕掛けてきても
おかしくないわ。
料理に毒を仕込めば、
アンタと闇耳の二人を
始末することができるもの」
「狐狸姉ちゃんの作った料理が
食えるのか!
オラここで食べるど!」
「アンタなら何を作っても、
文句を言わずに食べてくれるわね」
飛び上がって喜ぶ二郎を見て、
狐狸は
「あはは」
と笑った。
ふいに。
二郎が首を傾げた。
「でも。
もし孤独兄ちゃんが
料理に毒を入れたら、
父ちゃんまで死んじまうど?」
「うん?
それがどうしたの?」
平然と言い放つ狐狸を見て、
二郎は首をすくめた。
それからぶるりと体を震わせた。
「こ、狐狸姉ちゃんは、
おっかないど・・」




