90/103
人形の糸(2月21日 岡野 ひなた) ④
左側の手首が、ぐい、と強く引かれた。
「ちょっと!」
かん高い声。ひどく焦ったような。
いつのまにか、すぐそばに舞がいた。きつい目をして、こちらをにらみつけている。
──わぁっ!
と、大きな声をあげて、舞は、ひなたの腕をおもいきり引っ張った。奥歯を噛み締めて男をにらみつけながら、走る。
男は、追いかけてくるでもなく、ただ、街灯の下に、ぼうっと立っている。
3分ほど走って、……ようやく、人どおりの多い国道に出た。舞は、信号柱に手をかけて、懸命に息を整える。心臓が割れそうだ。
舞は、ひなたの顔をみる。きょとんとして真顔でいる。あれだけ走ったのに。人形みたいに白い顔で、汗ひとつかかずに。
「あんた、……ばかじゃないの?」
おもわず、吐き捨てるようにそう言っても、
「そうね、」
ひなたは、しずかにそういって、にっこりと笑っただけだった。
*
白い糸が。
かたかたかたん、と音をたてて、ふるえていた。




