有翼人(9月14日 渋谷 芽依) ①
「台風、きてる?」と、高い声で。
芽依は、がちゃんと戸をあけて、倒れ込むようにリビングに入っていった。ずきずきと前頭部が痛む。きっと、低気圧のせいだ。
リビングの真ん中にあるソファのさらにど真ん中で、母がだらりと座ってドラマを見ている。
「きてないよ」
こちらを見もしないで、小さくつぶやく。右手の指を、ソファの座面のうえでかさかさと踊らせている。ドラマが山場らしい。
「アプリで見てよ!」
「きてないってば」
気のないせりふに、小さく舌をだしながら、芽依は姿勢を低くしてテレビ台のひきだしを開けた。置き薬のいちばん奥、子供用の鎮痛剤を2錠。
プラスチックのコップを出して蛇口に手をかけると、まるで見ているかのように、母の声がとんでくる。
「ちゃんと浄水器のやつ使いなよ!」
「うるさいな、はーい」
「ひとこと余計!」
一瞬だけ睨みかえして、ぎゅっとポット型浄水器の取手を握る。その間にも、ずきずきと痛む。寝不足だろうか。
2錠いっぺんに、勢いよく流しこむ。
「ふいー、」
なんとなく、楽になったような気がする。ふらふらとした足どりでソファのところまで戻り、母親のとなりに腰かける。
テレビに目をむける。画面の中では、母と同年代くらいの女優が、アップで長ぜりふを喋っている。知らない番組だ。
「あ、」
小さくつぶやくと、たっぷり1分ほどしてから、母親が聞き返してくる。
「なに?」
「……おなか痛い」
「ちょっと、大丈夫?」
うん、と小さくうなずいて、もう一度、ドラマに目をやる。登場人物のせりふが、ほとんど頭に入らない。ぶり返した偏頭痛と、腹痛の気配。腸のあたり。いや、ちょっと違うような。
うーん、と唸りながら、15分。
エンディング曲が流れだしてから、耐えられなくなって立つ。
「……ちょっと、トイレ」
「え、大丈夫?」
さっきよりも、若干心配そうな声で、母親が。
携帯電話会社のCMを、じっと見たまま。




