人魚族(9月8日 伊藤明日香) ②
「……うみねこ、」
「え?」
「いや、なんだろう……猫?」
「なあにが! ……ァ、」
少女は汗ばんだ亮の肩にぐっと手をあてて、……背伸びをした。
「きこえた?」
「ぜんぜん!……ねえ、」
そういって、少女が、ぴっと指をさした先……、
プールサイドに、だれかの顔がみえる。
塀とフェンスにさえぎられて、見上げても首筋から上しか目に入らない。水着ではないようだ。白い襟が見える。たぶん、少女とおなじ、夏の制服。
「あれ、……」
「伊藤さん、」
ふいと、滑り出すように、亮の口から。
「はぁん?」
すっとんきょうな声をあげて、少女がもう一段、背伸びをする。ぐぐっと亮の肩に体重をかけて、首をのばす。……と、「あッ、」声をあげて、がたっと崩れる。
ぺたんと、暑いアスファルトに二人して尻もちをつく。少女はすぐ立ちあがって、ぽんぽんとスカートの後ろをはたいた。
「……目が、あっちゃった」
なんでもないようにそう言って、座ったままの亮に手をさしだす。亮も、すぐ立ちあがる。別に、腰がぬけたわけではない。
ただ、
(……目が、)
まあるく、黒目のやけに大きい、まるでまぶたが無いような。
あんな、目だっただろうか。……伊藤さんは。
「ね、……あんまり、近づかないほうが、いいよ」
「え? どうして」
「べつに!」
少女は目をそらしてそう言って、それから、
「行こ、」
と、早足で歩きだした。




