人魚族(9月8日 伊藤明日香) ①
「……あぁっつい! もう!」
帰り道。夏休みがあけてまだ一週間。もう夕方だが、とにかく蒸し暑い。ただ歩いているだけで、汗で背中がべとべとになる。肌着を通りこして、カッターシャツの表側まで。
眼鏡のつるも、じんわりと熱い。
「汗くさいったら、ねえわ。本当に。」
となりで、ぶつくさとこぼしているのは、同じクラスの女の子。さっきから一緒に歩いているのだが、名前は思い出せない。やせた、背の低い少女。ふんわりと撥ねた髪のうえに、赤い髪留めを乗せて、大股ですたすたと歩いている。
柏木亮は、ボンヤリと眉をしかめながら、返事もしない。
暑いね、のひとことも。
「ねえ、聞いてんの? 亮くん!」
ほんのちょっと声を高くして、こっちに手をのばしてくる。肩をつつかれる前に、亮は足をとめて、
聞き入る。
「……どしたの?」
カッターシャツの袖にふれる寸前に指を止めて、少女はぽかんと眉をひそめる。二人は、まだ校門から出たばかり。歩道には他に誰もいない。が、学校に残っている生徒たちのざわめき声は、うっすらと聞こえてくる。部活動はもう終わっているはずの時間だが、片付けで残ってでもいるのか。それとも、亮とおなじく、居残り勉強をしたあとか。
少女は、亮の目線をおって、学校のほうに目をむける。学校まわりの塀。その奥はさらに一段あがってフェンスがあり、プールをかこんでいる。
「……だれか、噂でもしてる?」
少女は首をのばして、あたりを見回すような仕草をする。耳を、ちょっとつまんで。
「そんなんじゃ、……聞こえないの?」
「なあにが!」
「……なんだか、高い音。叫び声っていうか、……なきごえ、みたいな」
「ええ?」
ぎゅっと眉をきつく締めて、もう一度、少女は耳をつまむ。
「ぜんぜん、聞こえないけど」
「……モスキート音?」
「じゃあなんであたしに聞こえないのよ!」
「いやあ……」
亮は、……まだボンヤリとした目つきのまま、じっと、プールのあるほうに顔をむけて、耳をすましている。
なきごえ、いや、
──歌声、のような。どこか、外国の民謡。そんなふうにもきこえる。




