台風の魔女(7月10日 吉田美緒) ④
まぶたが開く。
ざあざあと、雨戸のあいたすきまから振り込む雨粒で、机が濡れている。ずれてしまった眼鏡をきゅっと戻して、立ち上がる。
腕に力をこめて、雨戸を閉める。ボンヤリしていた頭が、すっと醒める。
床も、濡れている。かろうじて、ベッドは無事。ちょっと眉をひそめて、それから、
「おかあさーん、タオル……、」
ちいさな声でさけびながら、階下へ。
べっしょりと濡れてしまった、古い落書きノートを、とじて。
*
翌朝は、からりと晴れていた。
美緒は、いつものように白いスニーカーをはいて、玄関をでた。夏の強い日差しが、首筋をさしてぎりぎりと痛む。嵐は、もうかけらも残っていない。
いや。
台風のあとの、独特の匂いだけが、あたりに満ちている。
「……おはよう!」
ぽん、と肩を叩かれる。
後ろから、ちょこまかとした早足で、背の低い、どこかで見たような顔の少女が、追いついてきている。
「ゆうべは、お楽しみでしたね?」
追い越しざま、にんまりと笑いのこもった声で、そう言われて。
「え、」
美緒が立ち止まって聞き返そうとしたときには、もう、十歩も先へ。
赤い髪留めのついた少女の後ろ姿を、ぼんやりと眺めるしかなかった。
(台風の魔女 了)




