台風の魔女(7月10日 吉田美緒) ②
眼鏡がずれる。次の瞬間、鼻あてがずるりと滑って、落ちてしまう。焦って手をのばす。窓の桟にひっかかっているのを確認して、ほっとする。
視界に、ふと違和感。
ピントが、合っている。そんな気がする。まさか。裸眼なのに。
遠くを見る。
街灯。そのむこうの塀。家。その窓。雨戸はしまっていない。ガラスのむこうに、30代くらいの、薄手の長袖シャツを着た女。赤いマグカップを持って、左手でひらいた本を見ている。本のタイトルは、──
ぞっとして、目を閉じる。まさか。
こんなに見えるわけがない。
いや、見えているわけではない。わかるのだ。
風がまた強くなった。
目をあけて、まばたきをくりかえす。風が染みる。
ぞわりと、力が湧いてくる。
なにかの、音が──、
──ねえ、いこうよ!
耳のおくから。
──はやく!
若い女のような、すこし低めの、透き通った声。
すぐそば、いや、やっぱり耳のおく。
混乱しながら、部屋を見回す。それから、外を見る。いつものくせで、ぎゅっと眉に力を入れる。それから、そんなことをしなくても見えるのに気づく。裸眼なのに。
なにかが、飛んでいる。
目の錯覚かと思う。いや、それとも、幻覚。
……風のなかを、おおぜいの女たちが。
しぜんに、手をひかれるように、美緒は身をのりだした。




