第7話:鼓動
翌朝、いつものように出勤し、日中の業務にあたるジュンだったが、
頭の中は、昨日のことばかりが頭をよぎっていた。
本当に協力していいのか、死ぬんじゃないか、
そんな不安でいつもの精神状態ではなく、仕事に手が付かなかった。
しかし、死のリスクがあることに不安感がありつつも、
それ以上に自分にしかできないことがあるのであれば、
危険でもそれをするしかないだろうという
強い高揚感や使命感も覚えているのであった。
いつもより業務を早めに切り上げ、予定通り19時半の少し前にギルド「レイブン」に到着した。
昨日と同様、シバサキの入り口での出迎えがあった後、ヨシカワの部屋まで向かう。
「部長、ジュン様をお連れしております」
「おお、ありがとう。ジュンさん、どうぞ入ってください。」
シバサキが、慣れた手つきで木製調のドアを開ける。
高級感のある調度品であしらわれた室内を見渡し、ヨシカワの位置を確認しようとすると、
座り心地がよさそうな来客用のソファーの中に息の止まるような光景を目にした。
そこには、輝くような金色の髪をした若草色の流星が座っていたのだった。
「あ!あなたがジュンさんですね!」
人懐っこく、夏の昼下がりに木陰で聞く風鈴のように聞き心地のよい声が耳に届いた。
その音を反芻し、同じ人類が発する声で何がここまでの違いを生んでいるのか真剣に思料した。
「あのー。はろー?」
「はっ。」
「大丈夫ですか?」
怪訝そうな様子をみせながら、微笑を浮かべたアイリは、昨日ゲーム内で見た鎧姿とは打って変わって、触り心地のよさそうな白のブラウスと朱色や水色が鮮やかなロングスカートで着飾っていた。
「あ、あぁ、はい。大丈夫です。ジュンです。よろしくです。」
「アイリです。よろしくお願いします。」
鎧姿からの、この可憐な衣装、どうにかなってしまいそうだ。好みのど真ん中だ。
挨拶を交わしてソファーに戻るアイリに対して、
美しさに気を取られて入り口で突っ立っていると、ヨシカワが声をかけた。
「……えー、ジュンさん。アイリさんの横に座ってくださいな。」
い、いけないいけない。また呆けてしまっていた。
ヨシカワに促されるまま、アイリの横に座る。向かいに座ったヨシカワが、自分の着席を待って話を続ける。
「今日は、昨日の説明の続きと、ジュンさんの今後の動き方について話をしたいなぁと思っとるわけです。ご紹介もかねて、アイリさんをお呼びしております。」
「改めて、よろしくお願いしますね。ジュンさん」
「は、はい。よろしくお願いします。」
「まぁ、早速ですけど、ジュンさんの質問にも同時に答えることにもなると思いますから、まずは、こちらからMalice事件の経緯と、ジュンさんの今後の動き方について検討していることについて一通り説明させてくださいな」
ヨシカワは、スクリーン上に「当面のMalice駆除について」という
資料を映し出して、慣れたように淡々と説明を始めた。
ヨシカワからは、まず、Malice事件のあらまし、被害状況、
駆除にあたる組織体制等の基礎情報が説明された。
最初の事件の被害者は、「エミリ」という20代女性で、サービス開始後3か月目に開催された第一回コロッセウムの優勝者であった。
そこから、ジュンを含め延べ13名の被害者と
8度の襲撃があったことが説明された。
Malice事件対応体制図としては、フロント(駆除担当)として、
アイリ、ミドルサポートとして、ヨシカワとシバサキの名前があった。
バックサポートとしては、解析、セキュリティ、プレス・政府対応等のラインが記載されていた。
「ここまでは基本情報です。次に、ジュンさんの動き方を説明しますが、ここまでで何か質問はありますかね」
「いったん、大丈夫です。」
「では、続けますよ。」
ヨシカワは、「今後の対応方針」と題されたページにスクリーンを遷移させる。
そこには、新規フロント「ジュン」の経過観察・育成方針、Malice検知時の出動態勢についての記載があった。
まず約3か月の間、自身のキャラクターへの特殊能力の発現が無いかについて観察対象となること、また、自分の育成には、アイリがタッグで当たることが記載されていた。
また、Malice検知時の出動態勢については、
これまで通りアイリがフロントとしてMaliceに対応するが、
現場には、育成・バックアップ等の理由からジュンも同行することが記載されていた。
「さて、一通り説明いたしましたが、どうでしょう。何か質問は。」
「タッグ…ですか?」
「はい?」
「アイリさんと、タッグで活動するんですか?」
「はい、当面の間は。」
心の中で天を突き破って冥王星まで飛び上がるような気持ちになったが、
なるべく平静を装い、さらに質問をつづけた。
「しかし、育成といっても、何をすれば…?アカウントは凍結されて復活できないと聞いていますが。」
「今ログインいただいているキャラクターの育成をしていただくことになります。」
「ええと、それは、モンスターを倒したりして、レベルを上げるとかってことですか…?」
「はい。」
「ま、まさか、またイチからやり直しですか……?何かしらの救済措置というか、レベル上げが通常より高速になるプログラムみたいな特別措置みたいなのは、ないんでしょうか」
「恐縮ですが、結論から申し上げるとできないのです。ジュンさんのログインいただいているキャラクターはゲーム運営側からのシステム上の直接干渉が不可能でした。まぁ、これは、アイリさんの方でもそうでしたから、我々としては想定内ではありますが。」
愕然とした。
旧アカウントのデータが破損していて修復不可能なことは、
ヨシカワから説明があったが、新アカウントでもシステム上の
サポートが得られないとまでは考えが至っていなかった。
加えて、ヨシカワからのこの宣言は、もともと極限までレベルを高めて、
第3回コロッセウムで優勝目前まで勝ち抜けるキャラクターを育て上げた苦労が
水の泡となってしまったことを意味していたのであった。
落胆の色を隠せないジュンに対して、
アイリがコロンと鈴のような声で言った。
「ジュンさん。一緒に頑張りましょう。」
「ハイ!」
やる気はマックスだ。
「さて、お二人には、Malice検知時出動以外は、特別な対応をいただく必要はありません。ただし、アイリさんのケースで実証済みですが、基本的に、Maliceへの対処能力は、キャラクターのレベルに応じて、強力になっていくようですから、まずはキャラクター育成に励んでいただきたいと思います。」
「そうなんですね……。分かりました。」
「加えて、申し上げておくと、直接パラメーターを改変することはできませんが、レベルに応じた武器・防具・アクセサリー、HP回復薬等の各種基礎物品は、特別に支給することが可能になっています。ただ、一般プレイヤーには秘密裡で行われているミッションですし、そのほかにも他プレイヤーとの公平性という意味でも、特殊ダンジョンでのみ入手可能な特別アイテム等の類は進呈することができないことになっています。通常のプレイの範囲内で獲得するなら止められませんがね。まぁ、あとは、そういったアイテムがMalice駆除に有効であるということが証明されれば話は別ですが。」
仕方ないとおもいつつも、ケチだなと思う。しかし、ヨシカワに対しては大人な返答をおこなった。
「レベル上げは大変ですが、それらを支給いただけるのであれば、かなりスムーズになると思います。仮に私が特別アイテムを支給しろとゴネたとしても、きっと、社内調整上無理なんですよね」
「そう。よくわかってますな。」
はっはっはと豪快に笑うヨシカワだった。




