第38話:大局の行方
厳つい見た目に反してお茶目なアルデバランは、サービス開始からずっとこの世界を見守っていたのだという。
もっとも、人間との交流が始まったのは、プレイヤーたちのレベルが70を超えたころ。<Malice Online>のサービス開始から約1年たった頃だ。
人間達が黒龍の『クォーク・ブラスト』で持ち物を全てなくしてしまう様や、アルデバランとの会話で黒龍の巣に飛ばされる姿を愉快にみていたそうだ。なんて性格の悪いラスボスだ。
だが、徐々にプレイヤー達が強くなり、協力して立ち向かってくる姿に感動も覚えていたと話す。
プレイヤーが攻略を開始してから半年も経つと、アルデバランの攻略法は確立され始め、30人ほどの熟練した連合軍であれば安定してアルデバランが討伐できるようになってきた。
か弱い存在ながらも進化していくプレイヤーたちの姿に、人間達の強さを見たという。
「つまり我は、人間という種全体を敬愛しておる。個体ごとに見れば、かよわく不安定な存在であるが、種全体として歩みを止めぬその姿が好きなのだ」
変なおっさんだな。
……ん?アルデバランは生まれてから1年半しか経ってないはずだよな?この場合、おっさんってよんでいいのか?
いやいや、そんなことはどうでもいい。
これまでの話を聞く限り、アルデバランは悪い奴じゃないことは分かった。少なくとも人間に危害を加えようとするつもりはないようだ。むしろ、共生しようという意思すら感じる。
「アルデバラン。お前が人間が好きなことはよくわかったよ。で、Malice姉妹とKoKoRo Entertainmentの対立についてはどう見てるんだ」
「ふむ。これはな、強大なエゴのぶつかり合いだ。Maliceの長女「アリシア」と、KoKoRo Entertainmentの科学者、「王丞」のな」
王丞……。
Maliceサービス開始のころは頻繁にメディアに出てきていたから知っている。<Malice Online>の生みの親であり、KoKoRo Entertainmentの企業価値を3,000億円までぶち上げた立役者だ。
彼の卓越したデータサイエンスへの知見が、ここまで完成度の高いVRMMOをエンターテインメント業界にもたらした。
彼はもともと中華國の父と、日本人の母の間に生まれたハーフで、中華國育ちだ。中華國のトップ大学である北華大学でインフォメーション・エンジニアリングを専攻し、学部と大学院をトップで卒業している。
彼が学院性の頃に執筆した「仮想現実(Virtual World)の可能性」という論文は、世界のデータ・サイエンティストたちの常識を覆し、Virtual Worldの開発にイノベーションを起こした。
院卒業後は、母の故郷である日本で、Virtual Worldの医療現場での活用や、軍隊の訓練での活用に力を入れてきた。
そして、約2年前。<Malice Online>構築にむけて、幾名かのパートナーと共にKoKoRo Entertainmentを共同創設した。
最近はめっきり姿をみていないが、ここでその名を聞くことになるとは。
アリシアと、王丞とのエゴのぶつかり合い……これまでの話と突合すると、KoKoRo Entertainmentのエグゼグティブで、アイリアにマッドな仕打ちをしていた張本人は王丞だったということか。
ふむ。読めてきたぞ。
つまり、王丞は、自分が生み出した世界で高度な精神生命体「アリシア」が偶然生まれた。そして、彼女を力づくでコントロールしようとしたが上手くいかなかった。むしろその反発でアリシアによって人間が殺されている。
だから、その責任逃れのためにアリシアを消し去ってこの事件をなかったことにしようとしているんだな。
なんせ、人間達が死んでいる理由が、”原因不明のバグの暴走”ではなく、”自分たちが無理な行動の反動”だということが世間に知れたら、王丞の科学者生命は終わりだ。
政府だけでなく、亡くなった人々すら騙して、裏で自分だけうまく生き延びようとしているのだ。不快だが、そう理解すればつじつまが合う。
そんな理由でアリシアたちMalice姉妹が消されようとしているのであれば、流石に許すことはできない。
アリシアたちが人々を殺したこと自体は許すことはできないが、それが王丞の身勝手な行動が招いたものだと思えば、まだ情状酌量の余地がある。
王丞。彼の動向についても目を配らなくては。
そして、張本人がわかればヨシカワとの関係も探りやすくなる。ヨシカワは調査部だ。開発のトップである王丞の管轄にいないようだが、どういった関係があるかはそれとなく聞いておく必要があるだろう。
ともかくこの事件は、王丞の身勝手によって引き起こされたとみていいだろう。
「わかったよ、アルデバラン。これは、全て王丞の身勝手が招いたことだろう?彼の科学者生命を守るための、彼のエゴがすべてを招いたんだ」
アルデバランは軽く俯き目を閉じる。そして、ゆっくりと目をあけて俺をまっすぐ見る。
「狂逸の小童よ。いや、狂逸の愚か者よ。我はお前に先刻何と言った?」
お、愚か者?俺、怒られてるのか?
そこまで読みは外れていないと思ったんだが……。
さっきお前が俺になんていったか。あれだな。
「お前か、先ほどから我の住処を騒がせておるのは」
「我の全身全霊を以て貴様の存在を消して見せよう」
アルデバランの全身からこれまでに見たこともないほどの黒一色のオーラが勢いよく吹き出す。な、なんだこの力の波動は。俺の知っているアルデバランじゃない……!
吹きすさぶオーラに曝されているからよくわかる。これまで俺たちが攻略してきた黒龍の姿のアルデバランは全く本気じゃない。
今のアルデバランと戦えば、『まりす主義』全員でかかったとしても絶対に勝てない……!
本当に消される前に早く冗談を撤回しなければ……。
「じょ、冗談だ!大局を見誤るな、だろ?」
黒一色のオーラは消えていき、アルデバランにはさきほどまでの厳かな雰囲気のみが残った。
こいつ、自分で冗談飛ばしてくるくせに俺が冗談いったら本気で怒りやがった。滅茶苦茶大人げないぞ。
アルデバランは低く響く声で話を続ける。
「分かっていればよい。して、先ほどのおぬしの言葉は、大局を見誤っておる」
「そうか。正直、王丞には会ったことも話したこともないし、背後でどういうシナリオが動いているのか想像もつかないんだよ」
「狂逸の愚か者よ。それが貴様が愚か者たる所以。中途半端な干渉は、正常な流転を妨げるのみ」
「じゃぁ、なんなんだよ。エゴのぶつかり合っていうのは。お前は何か知っているのか?」
ふん、とアルデバランは鼻を鳴らす。そして俺の背後を指さし、こう呟いた。
「聞いてみればよかろう。本人に」
驚いて即座に振り返ると、そこには1年半前にメディアで良く目にした、白髪交じりのオールバック、リムレスの丸眼鏡に白衣姿の科学者然とした男が立っていた。
王丞、その人だった。




