第3話:残滓
こ、この親父なんて言った…?キャラクターのデータが戻せないだと?
「す、すみません。ヨシカワさん。戻せないって、復旧できないってことですか」
「そういうことです」
ま、まてまて。オープン当初から丁寧に育て上げて、今週末の第3回コロッセウムでは決勝戦を迎える予定だ。
キャラクターが復旧できないなんて到底受け入れることができない。
「待ってください。それはさすがに受け入れられません」
「残念ですが…。どうあってもデータの復旧はできないのです」
お、落ち着け。まずは理由を聞こう。
流石に動揺を隠せないが、わざわざここまで出向かせた上に、部長レイヤーが出てくるくらいなのだから、何かリカバリー策があるはずだ。そうでなければおかしい。
「復旧ができない理由は、なんなんでしょうか」
「それをご説明するには、まず、足元のMalice Onlineで起きている問題について説明しなければなりませんな」
気になる語尾「~ませんな」に対して、この親父初対面なのに馴れ馴れしいぞと半分八つ当たりのような思いを抱いてしまうが、そんな自分を尻目に、ヨシカワは明るいトーンで話を続ける。
「<Malice Online>は、ご存じの通り全没入型のゲームで、人間の脳と意識を直接インターネット世界に接続しているんですな。その中で、人間の脳に過度な負担がかからないように情報量に制限をかけたり、データの大きさを加工するなどのちょっとした工夫をしているんですわ」
これは、ちょっとした工夫ではない。娯楽面で全没入型の技術が導入されない理由はまさにこれがボトルネックになっている。
医療では、極度の隔離環境下で脳の伝達系統を鈍らせて麻酔のような使い方をしたり、
意図的にリラックスした気分にさせるといった、限定的な使い方がされている。
軍事領域でも、実地訓練が困難と判断されるような一定の危険な環境での訓練を想定した仮想世界が構築できるのみだ。
いずれの領域においても活用領域は限定的だ。
あれだけ広大なフィールドや、美麗なグラフィック、スキルのエフェクトなどの情報伝達を、人間の脳に影響を与えないよう表現するのは、途方もないほど高度な技術が必要なのだ。
「そうですね。御社は、そうしたデータ加工技術で最先端のものをもっているということは私も存じ上げています」
「ありがとうございます。まぁ、そんなちょっとした技術を活用してゲーム開発・運営を進めてきたわけですが、最近になってその技術で対処できないバグが発見されたんですわ」
「バグ、ですか」
「ええ、我々はそれを、Maliceって呼んでるんですわ」
Maliceって、ゲーム名じゃないか。
待てよ。そういえば、善意の滝で遭遇したあの”銀髪で長髪の女性キャラクターの名前は……!
「Maliceって、まさか」
思わず息をのむ。
「察しがいいですな。そのまさかで、ジュンさんが接触したキャラクター。それがMaliceです」
「善意の滝で遭遇したあの女性はバグだったんですか」
「そうなんですわ。あんなのに出会うなんてジュンさんも不幸なことですわ」
若干他人行儀なのが気になるな。
まあいい、聞きたいことが山ほどある。
そもそも、なんでバグに対処できないんだ?KoKoRo Entertainmentでも対応できないほどのバグなのか?
しかも、なんでそのバグに触れると自分のキャラクター凍結されるんだ。
というか、なんでそんなバグが生じているんだ。
聞きたいことが山ほどあると顔にでも書いてあったのか、ヨシカワが先読みして声をかける。
「えー、答えられる範囲であれば答えますので、どうぞ」
そう言ってもらったので遠慮なく聞いていった。
まず、バグに対処できないのは、データを観測することができないためだという。
通常のデータであれば、職業やHPやMPなどのステータスを始めとして、過去のいつの時点で生じたかなどのログが取得可能だが、Maliceについては一切分からないのだという。
唯一観測できるのは、なんの法則性もない文字化けした情報のみだという。
なぜか名前だけは、ゲーム名と同じ名が、表示されてるのだが。
このバグと自分のアカウントの凍結については、「それは後で説明します。それよりもですな」とはぐらかされた。
バグの発生原因は、現在調査中とのことだった。
こちらもログが観測できないので、発生原因を突き止めようもないとのことだった。
ヨシカワの話を聞いて、なにやら厄介なバグなのだということはわかった。
しかし、一番重要なアカウントの復旧ができない理由がまだ聞けていない。
「ヨシカワさん」
「はい。どうぞ」
「アカウント復旧については、どうなんですか。厄介なバグであることは理解しました。ただ、一番重要な何故自分のアカウントが復旧できないかについて聞けていません」
「ふむ。このバグの一番の問題なんですわ。」
ヨシカワは、トーンを落とす。
「このバグは、接触したキャラクターのデータを作り変えてしまうようなんです」
「な、なんですかそれ」
「現在調査中で、詳細は申し上げられません。それとですな……」
ヨシカワは、数秒沈黙して、トーンをもう一段落とし、
脅しめいた声色で問いかけてきた。
「……ジュンさん。この先は、機密事項です。聞いたら、後戻りはできません。関係者となって、この事件が解決するまで、我々に手を貸してもらうことになります」
急に、穏やかじゃないな。
「何ですか急に。ちょっと怖いですね」
「すみませんな。ただ、ジュンさんには、二つの選択肢があります。1つはここで聞くのをやめること。ただし、この選択をすれば、キャラクターの使用はできません。それどころかジュンさんの端末からこのゲームへの接続は一切凍結させてもらうことになります」
「なっ…」
「そして、もう1つの選択肢は、この先の機密事項を聞くこと。その上で我々に協力いただくことです」
滅茶苦茶な選択肢だ。
どっちを選んだって俺には損しかないじゃないか。
しかも、機密事項を聞いたら協力する前提で話を進めているなこのオッサン。
もし機密事項を聞いた上で俺が協力しなかったらどうするんだ。
「……正直なところ、驚きしかありません。一方的すぎます。キャラクターの復活はおろか、ゲームへの接続も遮断ですか」
「申し訳ありません」
「謝罪されても…。ちなみにですが、協力って、どんなことをすればいいんですか」
「端的にいうと、Maliceの駆除です」
駆除……なんだそれは。
そんなのKoKoRo Entertainmentでやるべきじゃないか。
「駆除といわれても、よくわからないのですが」
「Maliceに接触したジュンさんには、キャラクターデータの初期化と引き換えに、特殊な能力が残されている可能性があるんですわ」
「特殊な能力…?」
「詳しくは申し上げられません。ただ、Maliceの駆除に関係するんですわ」
この親父、隠している情報が多すぎる。
一度、こっちからも揺さぶってみるか。
「……もしですよ。私が協力すると言ってヨシカワさんから話だけを聞いて、その後にネット上に運営に問題があると暴露するとは思いませんか?」
「その点は問題ありません。弊社には国を挙げたイノベーション戦略の一環として、政府から巨額の投資を受けています」
その話はなんとなく聞いたことがある。
政府としては日本のIT技術国としてのプレゼンスを高めるために、
真に革新的な技術をもつ企業に、縛りの緩い公的資金を注入して国力を高めていこうとしている。
政策保有株式みたいなものだが、その投資先の1つとしてKoKoRo Entertainmentが選ばれていた。
「詳細は申し上げられませんが、我々は、政府・関係当局ともに非常に良好な関係性を築いています。その証拠に政府ファンドからの大量な資金提供をうけているわけですわ。仮に、我々に損があれば、政府にも同じ損をもたらされるわけですな」
ヨシカワの目の鋭さが増し、こう続ける。
「我々に危害を加えるもしくは、裏切るようなことがあれば、容赦はありません」
「怖いですね。ますます協力したくなくなりました」
こうやって権力をかさに着て服従を迫るようなやり方は大嫌いだ。
こんな協力の方法を迫ってくる限りは協力などしてやらん。
「……我々との間で、Win-Winの関係でいていただければいいんですよ」
「Win-Win?私は丹精込めて育てたキャラクターが初期化されているんですが」
今のところWin-Winになる要素なんて全くない。
話にならないな。
「ええ、承知しています。その点は考慮して、仮にご協力いただけないということであれば、キャラクター初期化分について、一定の補償金をお支払いいたします」
「おいくらですか」
「約500万円ほどのご用意があります」
いちゲームキャラクターへの補償に500万円だって…?
個人的には大鎌使い「ジュン」が500万円程度で済むなんて思ってはいないが、
一般的に考えてゲームキャラクター1つにその金額はあまりにも高すぎる。
「ちなみに、協力した場合、私にどんなWinがあるんですか」
「Malice Onlineのプレイ継続認可とキャラクター復活の可能性です。それから、ご協力いただく場合、日中ゲームをプレイいただくことになりますので、弊社に転籍いただきます。労働の対価として現在の年収見合いに、一時手当として弊社株式3%を譲渡します」
3%だって!?
KoKoRo Entertainmentの企業価値は、ざっと見積もって3,000億円はある。
単純に考えてもその3%だと約100億円の報酬ということになる。
加えて、仮に上場なんてした株価は爆発的に伸びるポテンシャルを秘めている。
一介のゲームプレイヤーに何故ここまでの報酬を……。
「いちプレイヤーに対しての報酬としては滅茶苦茶ですね」
「それだけ、リスクのある話です。これだけの株式をお渡しするのは、我々と命運をともにしてほしいという気持ちの表れでもあります」
ヨシカワは、声を小さくしてさらに続ける。
「最悪の場合、死に至るリスクもありましてな」
また、よくわからないことを……。
ここまで聞いても、正直、中身が分からなすぎて、信用ができない。
「言っていることが掴み切れませんが……。ちなみに協力の期間はどの程度ですか」
「ここは読めませんが、可能であれば上場を予定の1年後までにはこの問題を片づけたいと思っています。ですから、まずは約1年間と思っていただければ結構です。ただし、なにぶん我々にも未知なことが多いので、必ずしも1年で終わるとは思っていませんがね」
やっぱり上場する予定なのか。当然と言えば当然だ。
30億程度の企業価値に留まるような会社じゃない。
まぁ、それは置いていてやはりヨシカワの話は信用できない。
これだけははっきりと伝えておいたほうがいいだろう。
「……ここまで聞きましたが、ヨシカワさん。やっぱりアナタを信用できません。死のリスクと引き換えにお金なんて短絡的すぎます」
ヨシカワは黙って聞いている。
「どれだけお金を積まれたとしても、協力できるかどうかは中身によりますよ。ネットに拡散なんて子供みたいなマネしませんし、だいたい、機密度の高い情報だということなら、ここで話したことについて口外しないという秘密保持契約を結んでもかまいません」
数秒の沈黙ののち、ハハハ、とヨシカワが豪快に笑う。
「ジュンさん、脅すような真似をして、すみませんな。その通りだ」
さきほどの重々しい空気は一切なくなり、ヨシカワは笑みを浮かべながら続ける。
「今の会話で、ジュンさんが信頼に足る人物だと確信できました。……まぁ、口外すれば容赦はしないというのは、冗談ではないですが」
「もう、脅さないでください。契約は、大人同士の約束です。口外なんてしませんよ」
「わかりました。では、Maliceという存在について、Maliceがもたらしている影響について、最後にMaliceの駆除について、お話します」




