第27話:旧友
Maliceとなったユウコとの突然の対面を終えて、
ギルドメンバーとの約束の待ち合わせ場所に向かう。
待ち合わせ場所は夜の国の繁華街にある格安酒場「酒池肉林」だ。
Malice Onlineのあらゆる国に展開するいわゆるチェーン店だが、
彼らと集まる場合は決まってここだ。
安い、値段の割にはウマい、そしてなにより出てくるスピードが速いと3拍子揃ったである。
居酒屋らしい喧騒もあいまって、気の知れた友人と気兼ねなく話すにはもってこいの場所なのだ。
このまま向かえば、待ち合わせ時間の20時にはギリギリ到着できる予定だ。
1か月近く直接連絡を取っていなかったこともあって、
楽しみではあるがちょっとだけ緊張している。
これから自分が置かれている状況をギルド員たちに伝えることになるのだが、
なぜレベルを初期化したのか、ユウジに負けてもいいのか、
勝つ見込みはあるのか、今後のギルド間のパワーバランスはどうする、
などなど質問の嵐となることだろう。
Malice事件について話すわけにはいかないので、
「レベルダウンしてもプレイヤースキルで勝てると証明するためだ」
との説明をごり押しするしかあるまい。
彼らからしたらこんな理由でレベルを初期化するなんて相当変な奴だ。
俺だってそう思う。
もったいないお化けのリエからは、
「これまで積み上げてきた装備やスキルとかのアセットはどうしたのよ、もったいないわね」
と言われるだろうが、にやついてごまかすとしよう。
迷いの森を出た後、そんなことを考えながらしばらく歩くと夜の国が見えてくる。
街の中から色とりどりのライトが天にまでまっすぐと伸びている。
眠ることを知らない南側の喧騒が遠くからでもわかるようだ。
そのまま近づいていくと、浮かれた人々の雰囲気や
それに拍車をかける陽気な音楽が聞こえてくる。
小うるさいと思いつつも、見慣れた光景に安心感を覚える。
ここのところ突飛なことばかり起きてバタバタとしていたし、少し疲れているのかもしれない。
旧友と合う時ぐらいは全てを忘れて、過去話にでも花を咲かせてその時を楽しもう。
夜の国の北側から来た時にも目にした”ようこそ世界の中心へ”と
書かれたバカバカしい門をくぐり、夜の国へと帰還した。
あの時はアイリを助けることに必死だったが、この門だけは明確に覚えている。
赤色の蛍光灯で文字をかたどり、その周りを派手な黄色の電球で囲んでいる。
イメージしているのは歌舞伎町のあのアーチだろう。
バカバカしい門だが、来るものを非日常空間に取り込んでくれる素晴らしいギミックの1つだ。
こういった繊細なつくり込みがMalice Onlineの魅力である。
メインストリートには、酔っぱらって大声で叫ぶ人相の悪い親父や
妖しげな雰囲気を纏わせて男性に声をかける女性など、
街はいつもの調子で回っている。
のんきな街だとは思うが、ここで現実の疲れをいやしている人が大勢いる。
みんな毎日ギリギリの手前で精神をすり減らしながら毎日頑張っているのだ。
そんな人たちが楽しめる居場所があるっていうのは、本当に素晴らしいことだ。
自分だって、どうにも変えられない現実の屁理屈や理不尽から生じた心のささくれを
Malice Onlineの力を借りて、なんとか誤魔化しながら生きてきた。
そんな世界の均衡が今、静かに崩れていこうとしている。
MaliceとKokoro Entertainmentの対立によって。
元々はMaliceと対抗する力を付けるためにレベルを上げてきたのだが、
ユウコの話を聞いてその前提も崩れた。
今となってはKokoro Entertainmentが全ての元凶なのではないかとすら思う。
ただ、真実を判断するには情報がまだまだ少ない。
Malice達が、自分たちを消し去ろうとするKokoro entertainmentの脅威に対抗したいというのは理解できる。
だが、そのために人間の脳を麻痺させるというのはイマイチ腹落ちしない。
なぜKokoro Entertainmentの人間ではなくて、一介のプレイヤーを狙うんだ。
それに、一部の人間に酷い目にあわされたからと言って人間全体を敵視するのはいくら何でも飛躍しすぎだ。
一方のKokoro Entertainmentの動機も不明だ。
Malice達にだって自我はある。一方的な服従を断られることもあるだろう。
彼女たちの根本にあるのは人間と同じように生きたいという願いだ。
Kokoro Entertanmentからの脅威さえなくなれば、
彼女たちだって考えを改めてくれるかもしれない。
徹底的に追い詰めてまで彼女たちの願いを否定する理由が全く理解できない。
加えて、ヨシカワがどこまでこの事を知っているかもポイントだろう。
Malice駆逐の最前線にいることも加味すれば、Maliceを追い詰めようとする同社のエグゼグティブの手先である可能性が高い。
この説が一番あり線だな。
駒として動いているだけの末端であるパターンもあるが、
あのおっさんの抜け目のなさからしてそれはあまり考えにくい。
いずれにせよ真実が見えないうちはもうしばらく関係者たちの立場について
見極めを続けていくことが必要だろう。
当分はバカの振りして表向きはKokoro Entertainmentに従っていくのが吉だな。
そんなことを歩きながら考えていると、居酒屋「酒池肉林」に着いた。
とりあえず今は、心を休めるメシと酒と、バカ話だ。
居酒屋「酒池肉林」は、外観・内観共に年季の入った木造の家屋だ。
年季が入ったといっても営業開始から1年しかたっていないので、
そう見えるように作られた、というだけではあるが。
戸を開けると、乾杯の掛け声や笑い声、大声などが届く。
大繁盛しているようで店内の賑やかな雰囲気が伝わってくる。
戸を開けると受付のNPCが出迎えてくれた。
自分の名前を伝えるとあらかじめ取っておいた席に案内してくれる。
ギルド員の中でも、久々の再開を特に楽しみにしているフレイムが、
気を利かせて予約してくれていた。
「酒池肉林」で最もにぎやかな1階のメインフロアの席に案内される。
待ち合わせにはギリギリの到着になるかと思ったが10分前につくことができた。
少し早いからか予約席にはまだ誰も到着していない。
皆が来るまでゆっくりさせてもらうとしよう。
あたりを見回すと、酒の飲み比べをする者や強力なモンスターを倒したことを自慢する者、
パーティーメンバーと思わしき者たちとダンジョン攻略の喜びを分かち合う者など様々だ。
思えば、ギルドの連中とも短い間ではあるが、
サービス開始直後から連日こういったバカ騒ぎを続けてきたものだ。
レベル30になると挑戦できるようになる盗賊団退治ミッションをはじめとして
現段階で最大難易度のエンドコンテンツである黒龍の谷まで、
クリアした後は報酬の山分けをしながら楽しく時間を過ごした。
周囲のプレイヤーたちも思い思いにMalice Onlineを楽しんでいるのだろう。
そう物思いにふけっていると、ふと隣のテーブルの会話が聞こえてくる。
「第三回のコロッセウム決勝、3日後だぜ」
戦士系統職の男が、おそらくパーティメンバーであろう槍使いの見た目をした男に声をかける。
「あー、もうそんなタイミングか。今回はどんな組み合わせよ?」
「今回はな、なんとあのソードマスターのユウジと、大鎌使いのジュンの対戦だ!今から興奮が止まらん」
「落ち着け落ち着け……。確かに、2人とも物凄いプレイヤースキルあるしな。」
「お前、どっちが勝つと思う?」
参加者としては思わず聞き耳を立てずにはいられない会話だ。
こんなオープンスペースで話しているんだ。少しくらい聞こえてしまっても仕方あるまい。
槍使いの男が、少し考えた後に答えた。
「まぁ、相性的にはソードマスターじゃないか?大鎌使いはどうしても範囲攻撃系の技も多いし、大局的な戦闘に向くだろ」
「お前もそう思う!?俺も1 on 1バトルなら小回りの利くソードマスターが勝つと思うわ。というか、ソードガーディアンである自分としては、やっぱり最終系のソードマスターを応援したいね」
「だなー」
けっ、浅い分析しやがって。
職業同士の一般的な相性なんてこととで勝負が決まったら世話ないわ。
絶対勝ってやる、と意気込んではみるものの、
今のレベルを見るとどうにも自身が持てんよ……はぁ。
そう少し自信を喪失していると、懐かしくも憎たらしい声にはっとする。
「なにその見た目」
クレリックのリエさんだ。




