7 朝の早起き、口に黄金
朝は気持ちがいい。
特に、早起きすると最高に気持ちがいい。
人は今も昔も、どこにいたとしても、おおむねそう思うらしい。人のいる所には、かならず朝と早起きについての言葉があるものだ。
ちなみに、それはこの大陸でも変わらない。
ロードスでは人に早起きを薦めるときに、こんなことわざを使っている。
〈朝の早起き、口に黄金〉
まぁ、最高に気持ちがいいかどうかは、寝覚めの具合によりけりだろう。
少なくとも、ちょっと得した気分になれるのは確かだ。無理やり叩き起こされなければ、だが。
(それにしても、なんで口に黄金? 目覚めたら、金貨が口いっぱいに詰まってたとか? ……それって窒息しちゃうんじゃない? ていうか飲み込みそうだし。殺されたくなかったら、早く起きろって事なのかな?)
さし込む日ざしの暖かさを、ぽかぽかと背中に感じながら、フランツはどうでもいい事を考えていた。
彼がいるのは、白い壁の小さな部屋だ。
広さは三メートル四方。部屋の真ん中には小さなベッドが陣取っていて、そのまわりには服の詰め込まれたバッグや小物入れ、それに本が散乱している。
この部屋はフランツの部屋ではない。彼の部屋はとなりで、ここより少し広い。早起きで掃除好きな部屋の主人のおかげで、いつでもすっきりと片付いている。
片やこの部屋の主人はというと、もうそろそろ朝も終わりだというのに、ベッドの上で高いびきだ。せまいパイプベッドいっぱいに手足を広げて、というよりはみ出して、漢字で表せば〈出〉の形でひっくり返っている。窮屈な寝姿の割には、ずいぶん寝顔は気持ちよさそうだ。
身につけているのは、生成のタンクトップに色気のない下着だけ。日に焼けた茶色のお腹は全開で、寝息に合わせてゆっくりと上下している。
そんなだらしない様子の幼なじみを、フランツは困った顔で見下ろしていた。
枕元のブリキ時計が、カチャッと時を進める。とたんに、大きなベルがジャリジャリとけたたましく鳴りはじめた。
(これで起きてくれるなら……)
そうフランツが思ったのも、つかの間のことだ。のそっ、と動いた少女の手を見て、彼は長くて重いため息をつく。
小麦肌の少女は眠ったまま時計をつかむと、二本の指で器用に目覚ましの掛け金を下ろしてしまった。
「……しょうがない」
床に落ちた茶色の毛布をよけながら、フランツはベッドに二歩近づく。彼は少女の顔に頬を寄せて、しっかりと眠っている事を確かめる。
間近から見ると、その寝顔は本当に幸せそうだ。すっきりとしたアゴの線に対して、頬は笑うように丸みを帯びている。横に寝せたコンマのような小さな眉や、下がり気味の目尻が柔らかで優しそうな印象を作っていた。
「まったく、名前と寝顔だけは優しそうなんだから……」
リンテが寝ていることを念入りに確かめて、フランツは小さく拳を握る。
(きっと今も昔も変わらない。眠り姫とかいう、惰眠をむさぼる若い娘を起こすのは、王子様という名の常識を持った勇者の……)
「腹パンチなんですよ、ねっ!」
すいっと華麗に身を引きながら、フランツは全力の右ストレートパンチを放った。それは見事に、リンテの丸出しのお腹にぶち当たった。
そして
「ん、ぎにゃぁぁぁぁぁぁあああっ!」
今日も今日とて、ネコの断末魔にも似た悲鳴が、白いレンガ壁を揺らすのだった。




