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少年機関士と白い油 "JungFyhrer un VajxOyl"  作者: じんべい・ふみあき
3章 〈白い油〉と密輸団の罠
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19/31

18 白い少女、〈白い油〉を語る


 そこには〈白〉が立っていた。


 まさに〈白〉としか呼べない。〈白〉としか表現しようがない。

 そんな少女が立っていた。


 純白にベージュの織り柄入りシングルブレザーに、足下まで届く真っ白なティアードスカート。頭には女性用の白いシルクハットを乗せ、染みひとつ無い手袋は、雪白(せっぱく)のステッキを握っている。

 

 肌も透きとおるように白く、頬には血の色が薔薇赤(ばらあか)の陰を差す。

 トルコ石にも似た青く大きな瞳が、強い意思を感じさせる、ちょっと吊り上がった眼窩(がんか)にはまっていた。

 

 「え……と」

 ホームに降りたそのままの姿勢で、フランツは白い少女を見つめた。


 背はリンテと同じくらいか、朝の陽射しに、しゃんと立つ姿がとても美しい。

 整った顔立ちといい、すらりと細い体つきといい、間違いなく十人中十人が振り向く絶世の美少女だ。


 口を半開きにして立ちつくすフランツに、少女はだしぬけにステッキの握りを突きつけ、形のいい眉を吊り上げた。

 「機関士さん。失礼じゃありません? レディの顔をジロジロと眺めて」


 銀の握りに彫られた小鳥が、くちばしでフランツのあごをなぞる。

 小鳥の眼がまばたきしたように見えたが、それは象嵌されたルビーが光を反射しただけだ。


 「機関士さん? お返事はどうなさったの?」


 ようやくフランツは我に返り、あわてて少女に頭を下げる。


 「す、すみません……失礼、しました」


 冷静になるなり、フランツは自分がとんだ間違いをした事に気がつく。

 (白い服なんて、たぶんとんでもない大金持ちだぞ! 機嫌を損ねたら、何されるかわかったもんじゃない!)


 白い服を白いまま着られる。

 ロードスでは、それは資産家だけができる事だ。

 普通の暮らしをしていては、白い服など三日もたたずに真っ黒に汚れる。そもそも亜布(あふ)には白に近い布はあっても、真っ白な布はない。

 少女の服はおそらく、天然繊維を使った目が飛び出るほど高価な服だ。


 冷たい汗がフランツの首を伝う。


 ロードスの社会は金次第だ。

 金を持つのは、権力を持つのと同じ事。もし彼女がフランツを苦しめようと思えば、その手段はいくらでもあるだろう。

 たとえばこのステッキでフランツを殴ってもいい。それを咎めようとする者は、ここにはいないはずだ。


 しかし少女はそれ以上何もせず、軽く鼻を鳴らすとステッキを引く。

 「よろしい、素直に謝るのは、大変よい事です」


 口元が笑っているところからすると、どうやら許してくれたようだ。

 フランツはほっと胸をなで下ろした。


 少女がステッキの石突きで、ホームの床をカツンと鳴らす。

 「ところで機関士さん、ちょっと頼み事がありますの」


 「はい?」


 フランツが顔を上げると、低くシニョンに巻いたプラチナの髪を揺らして、少女はテア号に歩み寄る。

 そして車居(ヒュトー)の後部、ハシゴの横にある小さなドアをステッキで指す。


 「(わたくし)雑務室(フィーツォ)に乗りたいの。ドアを開けてくださる?」


 「えっ? ……あ、あいにくですがお客――いえ、お嬢さま、機関車に乗客は乗れない規則です。後ろの客車に――」


 言いつつ少女に寄ろうとしたフランツの鼻先に、ヒュッと風を切って、ステッキの先端が突きつけられる。


 「はわっ!?」


 「あちらの方が、乗ってよいと言ってくれましてよ?」

 フランツの眼前から石突きが横に滑り、駅舎の方を向く。


 それを目で追ったフランツは、駅舎の窓に大汗をかいて頭を下げる駅長を見つけた。横ではさっきの青年駅員まで、帽子を手にすがるような視線をこちらに向けている。

 (うわぁ、さすがお金持ち。規則なんて関係なしですね)


 「……わかりました」

 渋々うなずくフランツ。しかし心の中では少女に対して、んべっと舌を出す。


 「話がわかってもらえて嬉しいわ、ありがとう」

 少女が微笑んで、フランツに丁寧に頭を下げる。


 フランツはポケットから鍵を取ると、それで雑務室(フィーツォ)のドアを開けた。

 ドアの奥には、天井の低い奥行き三メートルほどのスペースが空いている。これが雑務室(フィーツォ)だ。

 機関車の後部、車居(ヒュトー)の中にある部屋で、位置的には運転席(カンツォ)の下になる。

 中型や大型の機関車なら必ずあるスペースで、荷物入れとして使われることが多いが、本来は交代要員が乗る場所だ。


 「気をつけて、段差があります。中は狭いですから……」


 「大丈夫、慣れてるわ」

 フランツは手を貸そうとしたが、少女はそれを無視して一人でドアをくぐる。|


 雑務室フィーツォに立つと、彼女はすぐにフランツをふり返った。

 「機関士さん、外を見られる窓はないのかしら?」


 「突き当たりに、手で開く窓があります」


 フランツが奥を指差すと、少女はすいっと雑務室(フィーツォ)の中を動く。突き当たりの壁に触れると、彼女はすぐに換気窓を開く掛け金を見つけた。

 「あら、これね?」


 「それはいったん下に――」

 フランツの言葉が終わる前に、少女は掛け金を正しく外して、手早く窓を全開にする。


 「慣れてるわ。心配しないで」

 もはや言葉も出ないフランツをよそに、少女は窓から顔を出して笑った。


 (慣れてるって……確かにすっごく慣れてるみたいだけど)

 この困った乗客にどう対応するべきか、フランツは白い背中をにらみながら、顔には出さずに途方に暮れた。


 直後に、遠くから乾いた汽笛が響く。対向列車が駅に近づいたようだ。


 「お嬢さま、そろそろ出発なので閉めますよ。余計なお世話でしょうけど、そこら辺の機械には触れないでくださいね」


 「ええ、わかったわ」


 フランツは雑務室(フィーツォ)を閉めると、急いで運転席(カンツォ)に上がる。


 手早く出発準備を進めながらも、フランツは足下が気になって仕方がない。

 床一枚へだてた雑務室(フィーツォ)からは、少女のものだろう軽やかな足音がときどき聞こえてくる。


 「妙な事になったね、どうも」

 一人つぶやくフランツ。


 しかし、これ以上気を揉んでいられるような時間は残っていない。前方からは対向のトラム列車が駅に進入してくる。


 郊外トラムは線路一本だが、駅の構内はすれ違うために対向で二本の線路が通っている。となりの線路をゆっくりとやってきた列車は、テア号とななめに顔をつきあわせる形で停まった。


 さっきの駅員が外を走っていき、停まった機関車から通票(ツァイヒ)を受け取ると、今度はフランツの所へ走ってくる。

 

 「はい通票(ツァイヒ)、確かに渡したよ」


 「受け取りました。019、進行準備完了」

 駅員から通票(ツァイヒ)を受け取ってドアを閉め、フランツは窓越しに駅員たちの動きを見る。

 ほどなく、先頭に立った駅員が、合図の旗を振った。


 「発車します、揺れるから注意してください!」


 雑務室(フィーツォ)に聞こえるように大声で言うが、返事はかえってこない。

 だからといって確認しに行くわけにもいかず、フランツは大きくため息を吐くと、列車を動かした。




 数分後、テア号は快調に蒸気を上げて、ゆるく上下する丘の間を進んでいた。

 街に近づく軌道に入り、周囲には砂より土、そして土より草が目だちはじめる。人里離れたら草も木もないような荒れ地ばかりだが、街の近くには緑がある場所も多い。


 しかし今のフランツに、風景をながめる余裕はない。

 さっきから足下で、何やらガタゴトと不安な音がしている。まともな機関車の音ではなく、例の乗客が何やらやらかしている感じの音だ。


 そして突然。


 「あ、ようやく開いたわ」

 足下の床が下へと開き、そこから少女が顔を出した。


 「ちょ、なに勝手に通用口あけてるんですか?!」


 フランツの抗議もむなしく、シルクハットを脱いだ少女は、彼を下から見あげて唇を曲げる。


 「時間がかかったわ、思ったよりややこしい作りになってるのね」


 「そういう問題じゃないですから、っていうか、危ないからそこ閉じてくださいよ」


 「いいじゃない、ちょっとお話ししましょうよ」


 「そんな、乗務中です勘弁してください」

 思わず情けない顔になるフランツ。


 彼女が開けたのは、運転席(カンツォ)雑務室(フィーツォ)をつなぐ通用口だ。狭いハッチで、機関士が交替するときなどに使われる。

 

 「それにしても、この通用口は狭いわね。あなた通れるの?」

 

 少女は断固フランツと話すつもりのようだ。フランツは説得をあきらめて、外を見落とさないように注意しながら少女に答える。


 「……シートを下げないと、僕でも通れません」


 「それは不便ね。設計の不備かしら」


 「設計もなにも、このテア号は〈六コ車(ズクーミシュ)〉です。車居(ヒュトー)運転席(カンツォ)は別物をくっつけたって、前の持ち主は言ってました」


 「なるほど」

 少女は何かを納得したのか、顎に手を当てると、通用口からぐるりと運転席(カンツォ)を見回す。


 〈六コ車(ズクーミシュ)〉とは、六台の機関車の部品を使っている事を表している。

 機関車の新造はとてもお金がかかるため、安い機関車は使える部品を組み合わせてでっち上げる事が多い。

 テア号は六台分ツギハギなので〈六コ車(ズクーミシュ)〉。リンテのパオロ号なら、四台分だから〈四コ車(クフューミシュ)〉と呼ばれる。


 「たしかに別物を使っているみたいね。でもセンスがいいわ。この通用口はいただけないけど、この運転席(カンツォ)の配置、ちゃんと使いやすいように考えられてるわ」


 「それはどうも」

 動力梃子(ファーレシャルテロ)を片手に、ぞんざいな口調で答えるフランツ。


 対して、少女は心外そうに口に手を当てる。


 「あら、本気で言ってるのよ?

  この機関車、見た目だけではとても合成車(ごうせいしゃ)には見えないわ。部品選びのセンスといい、組み合わせの技術といい、ちょっとした芸術品ね」


 愛車を褒められて嬉しくならない機関士はいない。

 金持ちは好きになれないが、フランツは少し声の調子を柔らかくした。


 「それ聞いたら、きっと祖父は喜びます。これは祖父が特注した機関車ですから」


 「特注、それは凄いわ。お祖父(じい)さまはどちらにお住まいなの?」


 「もういません。二年前に他界を」


 「そう……失礼な事を聞いたわね。ごめんなさい」

 素直な様子で頭を下げる少女。

 

 そのしおらしい姿に、とたんにフランツは少し自分が恥ずかしくなる。

 金持ちといえば全員、人を人とも思わない連中だと思っていたが、中には例外もいるようだ。

 この少女は多少ワガママだが、すくなくともフランツを見下してはいない。


 「いいんです、顔を上げてください。そうだ、一ついいですか?」


 「何かしら?」


 「お嬢さんは、もしかして機関車関係の方ですか? お詳しいみたいですし、もしかして家が機関車を作ってらっしゃるとか?」

 さっきから少女に感じていた疑問を、フランツは思い切って訊ねてみる。


 雑務室(フィーツォ)の窓や通用口を簡単に開けられたり、機関車の設計センスに話を向けてみたりと、少女は機関車に対して深い知識を持っている。

 もしかすると、機関車製造企業あたりの令嬢なのかもしれない。


 しかし少女はさらりと首を横に振る。

 「いいえ、家業は鉄道関係だけど、機関車を作ってはいないわ。詳しいのは……そう、趣味みたいなものね。それがどうかして?」


 「ああいえ、もし機関車関係なら聞いてみたい事があっただけです、変な事を聞いてすみません」


 フランツの答えに、少女は興味がありそうな様子で、通用口から身を乗り出す。

 「どんな質問かしら、答えられる事なら、答えてもよろしくてよ」


 「えっと、じゃ…………白っぽい機械油を知りませんか? 粉っぽいというか、青白い粉が混じっている感じで。それ以外は全然、ふつうの機械油みたいなんですけど」


 何秒か下を向いた少女は、顔を上げると疑わしそうな表情をこちらに向ける。

 「その白っぽい機械油のこと、聞いてどうするつもりなの?」


 「あの、昨日……荷物に紛れていて、正体がわからなかったから。もし知ってればなぁって」


 「すぐに通報しなさい、保安隊(シュトレジ)に」


 ぼかしたフランツの答えに、少女は固い口調で返した。

 思わずフランツは聞き返してしまう。

 「はい?」


 「通報しなさいって言ったの。(わたくし)、同じことを二度言うのは嫌いなのよ? ともかく、それは〈禁輸品〉よ」


 「き、〈禁輸品〉? それって輸送も売買も禁じられている物ですよね? あの油って、いったい何なんです?」


 少女は困ったように顔を伏せ、指をおとがいに当てる。

 そしてちらりとフランツを見て

 「知りたいの?」

 とつぶやく。

 それにフランツがうなずくと、少女は小さくため息をついて、フランツをまっすぐ見た。


 「そう、なら言うわね。それは〈水素化金属(ヴァッザームメータル)〉というものよ。見た目そのままに〈白い油(ヴァイシュオゥル)〉とも呼ばれているわ。特一級禁輸品で、氏族(シュタンム)の許可無しに持っていれば、即、死刑になるわ」


 「し、死刑? 持ってるだけでですか?」


 「ええ、もっとも、ちゃんと保安隊(シュトレジ)に届け出れば、殺される事はないでしょう。とにかく〈水素化金属(ヴァッザームメータル)〉は厄介な代物なの」


 フランツは、厄介な代物、という言葉にごくりと唾を飲む。

 「どうして厄介なんですか?」


 「そうね……要するに、それがあれば燃料ガスを手軽に作れるから、かしらね。燃料ガスをどうやって空気から取り出すか、ご存じかしら?」


 「いえ……知りません」


 「そう。なら説明してあげる。

  燃料ガスはね、空気の二酸化炭素を、高温にしたある種の金属に吹き付けて作るわ。その仕組みはとても大がかりで、巨大な工場を必要とするの。

  この街にもあるわよね、公社の燃料ガス工場。とても大きいでしょう?」


 「確かに、大きいですね」

 駅公社の燃料ガス工場を思い浮かべるフランツ。それは工場区でもひときわ大きく、機関庫とほぼ同じ広さがある。


 「〈水素化金属(ヴァッザームメータル)〉があれば工場は不用よ。家ほどの施設で燃料ガスを作れるの。

  密造には最適ね。あれは闇市場なら、コップ半分の量で、邸宅が買えるくらいの値はするわ」


 「燃料ガスを密造……だから〈禁輸品〉なんですね?」


 「ええ、それに〈水素化金属(ヴァッザームメータル)〉は輸送するのも難しい。

  すぐに酸化してダメになるし、水、特に水蒸気に反応して燃え上がるから、列車での輸送には特別な手段が必要よ。だから取り締まりやすいの」


 「ちょ、ちょっと待ってください、燃えるんですか?」


 あわてて聞き返すフランツに、少女はコクリと肯く。


 「ええ、粉の状態なら間違いなく。油に溶かしても、高温の蒸気に晒されれば真っ赤な炎を上げて燃えるわ。それは綺麗な炎を上げて、ね」

 見た事があるような口ぶりで、少女は笑いながら語った。


 「といっても、あなたが見たそれが、本当に〈白い油(ヴァイシュオゥル)〉だとは限らないから、一つ見分けるポイントを教えてあげる。

  光に当ててみなさい。本物なら、一晩と経たずに劣化して、灰色になるわ。もちろん劣化したからといって蒸気に当てては駄目よ。その状態でも燃えるから」


 そして最後に、少女は鋭い目つきでフランツを睨む。


 「ともかく、本物だとわかったら、すぐに保安隊(シュトレジ)に届け出ること。一人ではなく、信用のある人を証人に付けること。面倒に巻き込まれたくないなら、絶対にそうしなさい」

 

 「は、はい!」

 その有無を言わせぬ雰囲気に気圧され、フランツは反射的に肯いた。

 すると、少女はころっと表情を変え、きれいな歯を見せて晴れやかに笑う。


 「久しぶりに長く話したから喉が渇いたわ。お茶はあるかしら?」


 「水なら」

 フランツが差し出した水筒を受け取ると、少女は軽く礼を言って雑務室(フィーツォ)へと引っ込んだ。

 

 残されたフランツは、黙って考えをめぐらせる。


 (あれが〈白い油(ヴァイシュオゥル)〉だとして……あのタンク一杯分、とんでもない価値じゃないか……それなら密輸団が血相変えるのもわかるし、そう簡単にあきらめるとも思えない)


 窓の外を標識が通過する。

 それに気がつき、フランツは急いで減速操作を始めた。




 「楽しい会話をさせていただいたわ。また機会があったら、ご一緒しましょう? それでは機関士さん、ごきげんよう」


 次の駅で、白い少女は列車を降りる。


 去っていく背中を見送って、フランツは黙ってハシゴに足をかける。なぜだか胸騒ぎがする。黒服たち、密輸団のことが、妙に気にかかる。


 「……とにかく、戻ったらマットに話そう」


 つぶやいて、ドアを閉めようとしたフランツは、駅舎の窓に白い背中を見つける。


 待合室に佇む少女に、人ごみを抜けて誰かが歩み寄る。窓枠に隠れて顔は見えないが、紺色のジャケットと、灰色の乗馬ズボンが小さく見える。


 その人物に見覚えがあるような気がしたが、フランツが確かめようとする前に、駅員が出発の旗を振った。


 フランツはドアを閉じ切って、握り子(グリッフ)に手をかけた。

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