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少年機関士と白い油 "JungFyhrer un VajxOyl"  作者: じんべい・ふみあき
3章 〈白い油〉と密輸団の罠
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18/31

17 三月十九日


 クライス歴一六二年、三月十九日、早朝。

 

 フランツはまだ夜が明けないうちに、自室に眠るリンテを置いて家を出た。

 朝一番のトラムに飛び乗って、眠い目をこすりながら、彼は機関庫に滑り込んだ。


 今日の彼の仕事はトラムの牽引だ。ハンスの所では当番制で回ってくる仕事で、フランツとしてはあまりやりたくないが、当番になった以上はしかたない。


 朝の六時には運転席(カンツォ)に入り、機関車を下りる事ができるのは、午後を回ってからになる。

 ぶっ通しで八時間近く乗る事になるため、フランツは機関庫の売店で水や昼食を仕入れてから、テア号に乗り込んだ。


 テア号のような中型機関車は、もっぱらトラムでも周辺線と呼ばれる、都市外縁の線路を走る事になる。客車の他に貨車も使われているため、パワフルな中型の方が喜ばれるからだ。




 朝焼けの中、機関庫を出て行くテア号の運転席(カンツォ)で、フランツはてきぱきと操作をしながら、頭の半分を考え事に使っていた。


 一晩眠っていくらかはすっきりした頭で、最初に考えたのはブラーヴァのことだ。


 車団のスカウトに応じる事と、ブラーヴァを置いてこの街を出て行く事がセットになっている限り、フランツたちは二者択一を迫られる。

 リンテと約束した、みんなが納得できる答え、なるものは、おそらくこの、前提条件を覆さないと出てこない。つまりセットではなく切り離して考えるのだ。


 と、そこまでは頭が回るのだが、そこから先はまったく手に着かない。


 試しにお手伝いを雇う事も考えたが、二つの面で不安が残る。


 一つは給金だ。フランツたちが車団に入ったからと言って、最初から大金が与えられるとは考えにくい。

 だいたい、フランツたちが持っている三級機関士(トルスハイト)は、取得した都市とその機関区でのみ有効だ。

 ヴァスマウロ・シュタットに行くなら、向こうで取得し直す必要がある。審査の時間をどれだけ短く考えても、おそらく半年はかかるだろう。

 その間、二人は働いて稼ぐ事ができない。おそらく、お手伝いに払う給金を工面するのは難しいだろう。


 それに、もう一つの問題もある。

 それは信用だ。


 掲示板の広告なんかでお手伝いを募ると、飛びついてくるのはたいてい、物取りまがいの(やから)だ。ろくな手伝いもせず、家の物をくすねていくような奴は、この街にも掃いて捨てるほどいる。

 かといって、信用あるお手伝いを雇うのも難しい。

 それには、金持ちがするように斡旋(あっせん)会社に頼むしかないが、そういう会社は手数料をがっぽり取っている。給金プラス手数料は、先行き不透明なフランツたちにはとても払えそうにない。

 

 理想を言えば、知人に手伝ってもらうのがベストだ。

 だがシュパッツ家は街から少し離れているから、通ってもらうのは難しい。住み込んでくれそうな人物にも、残念ながらフランツの心当たりはない。


 「だれか、部屋を追い出されたりとかしてくれないかなぁ」


 ついつい願望が口をついて出るが、運転席(カンツォ)にそれに答える者はいない。


 (――♪)

 いや、一人はいた。


 フランツは計器腕板(アルムブレット)をやさしく撫でて、テアの気遣いに微笑んだ。




 三時間後、テア号は郊外をつなぐ路線を走っていた。

 時刻は九時を過ぎて、そろそろ人の移動が激しくなる時間帯に入る。


 テア号には、いま客車が三両に貨車が二両連結されている。

 いずれも緑の車体に黄色の帯が入った小型の車両で、これは駅公社の下請けをしているトラム業者のものだ。


 「減速二十、標識確認」


 砂地にぽつんと佇む駅標識を前に、フランツは指差喚呼(しさかんこ)を、つまり声を出し、指で標識と速度計を指す動作をする。


 これをやっている機関士は少ないが、グローシュの教えによると、やるとやらないでは大違いだそうだ。

 何となく操作するよりは、確認した方がミスは減る。慣れていても、確認する事で取りこぼしを防ぐという発想のようだ。


 「水量は……減ってる」


 フランツは計画書(プラノ)にチェックを入れ、マイクを取る。

 「こちら019、トラム管理局(トゥルモ)どうぞ」


 『こちらトラム管理局(トゥルモ)。019どうした?』

 今日の担当は、ちょっと年季の入った男性の声だ。


 「トラム管理局(トゥルモ)。019は給水が必要です。次か、その次で手配をお願いします」


 『了解019……ちょうどよかった、次が少し長く停まりそうだから、そこで頼むよ』


 「わかりました、019オーバー」


 交信を終えると、フランツはすぐに減速操作をはじめる。

 変な事態でもない限り、この手の操作でフランツが悩む事はない。十二の頃から習ってきた運転は、しっかりと体に染みついていた。


 砂と土、そしてわずかな草地を横目に、フランツは手慣れた動きでテア号を減速させる。


 機関士としての腕の見せ所の一つが、客を乗せているときの減速だ。

 制動機(ブレムソ)のかけ方一つで、客にかかる負担がぜんぜん違ってくる。

 繋ぎが下手だったり、急制動をかけたりすれば、客は当然不快に思う。屋根のない客車だと、お客が転げ落ちる事だってある。


 その点、フランツに心配はない。トラムであっても貨物線であっても、彼は常に先を読み、的確に制動機(ブレムソ)を調節してスムーズに減速させる。


 テア号はゆるい丘を越えて、次の停車駅〈マルキース〉へと進入する。


 「微速三、二、停止位置を再確認…………はい、っと」


 さすがに両手を使っていると指さしはできないが、それでもフランツは声と視線で確認しながら、旗を振る駅員の所にピタリとテア号を停車させた。


 手動制動機(ハンドブレムソ)を回すフランツの所に、駅員がハシゴを登ってやってくる。フランツはドアを開け、五センチ四方の、いくつか穴の空いた鉄板を駅員に渡した。


 「通票(ツァイヒ)をどうぞ」


 「ほい、ありがとう。019だね、給水込み、対向列車待ちで八分よろしく…………あ、やっぱりフランツ君じゃないか。青い機関車だから、そうじゃないかと思ってたんだ」

 

 若い駅員が明るく話しかけてきた。フランツは名前を知らないが、機関庫や市内で何度か話した事がある青年だ。


 「給水はすぐ来るよ、ちょっと背中を伸ばすといい」

 駅員は手招きするが、フランツは首を振った。


 「このままで。通票(ツァイヒ)、早く持っていかないと」

 「そうだな、んじゃまた」


 駅員はするりとホームにおりて、レンガ造りの小さな駅舎へと歩いていった。


 彼が持っていった鉄の板、通票(ツァイヒ)は、区間閉塞(くかんへいそく)という仕組みで使われる。

 線路が一本しかない路線では、当然のこと、全ての列車を同じ線路で通さなくてはならない。


 このとき一つの区切り、たとえば駅と駅の間に、二つの列車が同時に通っていると問題だ。

 二つの列車が同じ方向に走っているときに、前を走る列車が急に止まったりすれば、追いついた後ろの列車が衝突するかも知れない。

 もし列車が両方向から走って来たなら、あとはもう正面衝突するだけだ。

 そういう事がないように、一つの区間には一つの列車しか通さない、という取り決めがある。


 それが区間閉塞(くかんへいそく)だ。


 詳しい事はいろいろとあるが、ごく簡単に言えば、通票(ツァイヒ)を持っていない機関車は、対応する区間には入る事ができない。

 通票(ツァイヒ)の穴は区間ごとに違っていて、駅に着くごとに、次の区間に対応した通票(ツァイヒ)を渡される仕組みだ。一度に同じ通票(ツァイヒ)が二枚出ないように、駅同士は電話や電信で連絡を取り合う規則になっている。

 これで一つの区間には、常に一つの列車しか入れない事になる。


 通票(ツァイヒ)を使う方法は、無線機(フュンケロ)のある今では原始的な方法と言える。

 しかし、物を使うのは確実だし、なにより安上がりという利点もある。特に利益が薄く、停車駅が多いトラムでは、これだけでも安全策としては充分だ。



 停車しているテア号に、ハシゴと給水ホースを持った係員たちが走ってくる。

 彼らは車体にハシゴをかけて登って、慣れた手つきで給水口にホースをセットする。


 「給水始め! ポンプ開けろ!」


 号令に続いて、水タンクへと音を立てて給水が始まった。

 テア号の水タンクには、全部で十トン近い水が入る。全部入れるには時間が必要で、その都合を付けるためにも、前もっての連絡が欠かせない。



 それにしても十トンとは、かなりの量だ。

 しかしテア号は、これを二時間ちょっとで空にしてしまう。

 機関車の電力源である〈熱電対発電(ねつでんついはつでん)〉が、水をバカ食いするせいだ。


 〈熱電対発電(ねつでんついはつでん)〉は常に冷やす必要がある。冷やさなければ最悪の場合、機関車が木っ端みじんに吹き飛んでしまうだろう。

 

 全てはケルノの温度が高すぎるのが問題だ。

 ケルノが出す熱は、最高で一千二百度にも達する。鉄でも真っ赤に焼けるし、アルミならドロドロになる温度だ。

 確かに高い熱は、温度差を電気に変える〈熱電対発電(ねつでんついはつでん)〉では利点になるが、何事にも限度がある。

 

 ケルノがあまりに熱すぎるので、冷やすための水は、あっという間に高温高圧の蒸気に変わってしまう。

 蒸気の温度が三百度を超えたら、いかに頑丈な機関車の罐胴(ケッセロ)と言えど、日なたに置いた風船に同じ。あっという間に破裂する。

 機関車は燃料を必要としないが、代わりに冷やし続けるために大量の水を必要としていた。


 いっそケルノの温度を下げてやりたいところだが、これはできない相談だった。


 古代の機械で、俗に〈異質機械(ゼルティヒ)〉とも呼ばれるケルノを、今のロードス人は制御できない。

 ケルノには調整弁(ヴェンティロ)開閉器(シャルテロ)もない。制御といったら、人とつなぐコードを外して機能を切る事ぐらいだ。

 いわばオンとオフしかないストーブみたいなもので、機能している間は常にフルパワーで動き続ける。なんとも扱いにくい機械だ。



 閑話休題(それはさておき)


 給水は意外と早く終了した。

 係員たちが撤収するのを見送って、フランツは時計を確認する。

 停車から四分半経過。


 テア号は牽く列車は、対向列車と駅ですれ違う予定だ。

 駅員の話ではまだ三分ちょっと時間がある。フランツは軽く伸びをして、開いたドアから駅の様子をうかがった。


 ホームは、様々な服装の人たちでごった返している。


 着飾ったおしゃれ着に、目だたない普段着、汚れた作業着の一団は、おそらく工場区へ働きに行く人たちだろう。さらに大きな荷物を背寄った行商人、それにホームで商売をしている物売りもいる。

 

 もちろん、揃いの制服を着た係員たちもいる。

 彼らは客車に付いたりホームの端に立ったりして、テキパキと自分たちの仕事をこなしていた。


 と、そこへ無線機(フュンケロ)の呼び出しが鳴った。

 フランツはドアから頭を引っ込めると、すぐにマイクをつかむ。


 「こちら019、トラム管理局(トゥルモ)どうぞ」


 『こちらトラム管理局(トゥルモ)。019、遅延連絡だ。対向104が乗客トラブルで五分遅延している。そのまま停車し、待機しろ』


 「対向104、乗客トラブルで五分遅延、019了解、待機します」


 『019確認、トラム管理局(トゥルモ)、オーバー』


 フランツはマイクを置きながら、あららまぁ、と小さく息をもらした。

 待っている対向列車が遅れているようだ。


 しかし五分ぐらいならよくある事で、影響は軽いはずだ。

 ロードスで定時運行を売りにできるのは氏族(シュタンム)直営の〈大本線〉か、よほどの大手路線だけだ。普通の鉄道なら、五分十分の遅れは日常茶飯事になっている。


 フランツは本格的に背筋を伸ばして、窮屈なシートに背中を預けた。

 三時間近く座りっぱなしだったので、お尻や背中があちこち痛い。


 「さて、五分追加で……あとちょっとはヒマなわけだ」


 こうなると、ずっと座っているのも馬鹿らしくなる。

 フランツは「ちょっと出るね」とテアに声をかけて、首のリングからコードを外すとシートを立つ。


 ホームに飛び降りると、フランツは適当な物売りを探した。


 「お茶か、甘い物でもいいんだけどな…………」


 そのときだ。


 「ちょっと、よろしいかしら?」


 後ろから降りかかった涼しい声に、フランツはあわてて振り向いた。



 そこには〈白〉が立っていた。

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