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13 俺はきっと地獄に堕ちる

 前世での話だ。

 偶然見たバライティー番組で、物置の中に人間を何人を詰め込めるのかという非常にくだらない実験をしていたのを見たことがある。

 たまたまついていたテレビでその映像が流れていたに過ぎず、俺はその番組を真剣に見ていた訳ではなかったと思う。だから、何故その番組がそんな実験をするに至ったのか、そんなことは知らないし思い出せそうにもない。

 それでも、今でも思い出せるくらいなのだから、それなりに当時の俺はその番組に興味を持っていたのだろう。

 その番組では、まず最初に物置にその日初めて顔を合わせる実験の参加者たちを詰め込んだ後、二時間後にまた同じように人を詰め込んだ場合どうなるのかという実験をしていた。勿論、詰め込む物置も実験に参加する人間も二回とも同じ物置、同じ人物たちで行う。

 にも関わらず、一回目と二回目では詰め込める人数に差が出たのだ。一回目では、二十人入った筈なのに、二回目ではどんなに押し込んでも十九人しか入らなかった。

 さて、何故このようなことが起こったのだろうか。

 簡単な話だ。一回目の実験と二回目の実験の間の二時間で、実験の参加者たちが互いに言葉を交わして知り合いになったのである。

 下手に互いに知り合いになったために、参加者たちの間に遠慮が生まれ、一回目の時のように無理矢理押し込むことが出来なかったのである。

 俺はその番組をポテチ片手に「へ~」などと呟きながら、のんきに眺めていたものである。そんな実験の結果など、俺には無関係だと確信していたからだ。

 けれど、実際はどうだろうか。


 この話の教訓は、言葉一つでも交わしてしまえば他人は他人ではなくなり、知人に対してはそれがどれだけ付き合いが浅かろうが情が湧いてしまう、とこの一言に尽きるのだろう。

 要するに、人は見知らぬ人間に対しては冷徹に振る舞えるくせにほんの些細なことで見知らぬ人は知人に変わってしまう。そして、知り合いには冷徹には振る舞えないということだ。

 だから、本当に自分以外の人間などどうでも良いと切って捨てるつもりなのならば、俺は誰とも関わってはいけなかった筈なのに。

 そんなこと、初めから分かっていた。だけど。

 



 ※※※




「迷子か」


 少年を見て、俺はそんな感想をこぼす。

 少年は俺の言葉を聞くと、エリーゼと繋いでいた手を放しキッと視線を鋭くして俺を睨み上げてきた。


「俺はもう十歳だ。十分大人! 迷子になんてなる年齢じゃない」


 ガキ扱いするなよな、と少年は声高に叫んでみせる。彼は胸を張りながら、さらにこう続けた。


「迷子なのはとーちゃんの方だ!」


「……そうか」


 その言葉に思わず渇いた笑いが漏れてしまうのも仕方がないというものだろう。

 一体どこの世界に自分は大人だと言い張る大人がいるというのだろうか。自分が子どもではないと主張することほど、子どもであるという証明はあるまい。

 俺は少年の主張にはあえて反論せずに、すぐさまクリスの方へと向きなおった。


「さて、クリス。この街で迷子を保護する施設や団体みたいなものは何かあるか?」


「そうね。自警団に連絡するのが一番一般的かしら?」


「おい、お前ら人の話を聞けよ!」


 真顔でやりとりする俺たちを見上げて、人差し指を突きつけながら少年が叫ぶ。

 俺はそんな少年を生温かく見下ろした。

 お前のようなガキを迷子と言わず、何だというのか。心の中だけで俺はそう抗弁する。

 だが、たかだか十歳の子ども相手にまともに言い合いをする程俺もガキじゃない。だから、思ったことを実際に口に出したりはしなかった。

 俺は出来る限り優しい笑顔を作って、少年と目線を合わせるためにその場にしゃがみ込んでみせる。そして、少年の頭に柔らかく手をおきながら、こう言った。


「そうだな。早く迷子のお父さんに迎えにきてもらおうな?」


「おもいっきり迷子扱いじゃねーか!」


 ダメだ! 話が通じねぇ、と少年が頭をかきむしりながら吠える。

 このくらいの年齢だとガキ扱いされるのも嫌な年頃なのだろう。迷子だなんて自分から認めることはきっと出来ないに違いない。

 大丈夫。俺はちゃんとお前のことを理解しているぞ。俺は少年の幼い自尊心をむやみに傷つけるような真似はしない。

 そんな俺たちの会話を横で聞いていたエリーゼが、おずおずと口を挟んできた。


「あのね、ティアナ。テッド君は本当に迷子じゃないの」


 エリーゼの言葉に、俺は少年――テッドから視線を上げて、隣のエリーゼに目を向けた。


「テッド君のお父さん、一週間前から家に帰っていないんだって。ティアナ、魔法石屋で言ってたじゃない? この街で、魔術師が行方不明になってたりはしてないかって」


 エリーゼの言葉に、彼女が言いたいことを俺はようやく察する。

 まさか、と俺はエリーゼを凝視した。


「テッド君のお父さん、魔術師らしいの」


 ティアナ何か知っているみたいだったから、何か分かるかと思って連れてきたの。

 エリーゼの言葉を聞きながら、俺は静かに視線をテッドへと戻した。テッドは真剣な顔で俺を見上げている。

 そこにいたのは、行方不明の父親の手がかりを探して不安に揺れる十歳の小さな少年だった。




 ※※※




「とーちゃん、領主館に仕事に行くって言ってから、もう一週間も帰ってないんだ」


 テッドはぽつりと呟くようにそう語る。

 あの後、俺たちは紫陽花亭の食堂の隅のテーブルへと場所を移し、詳しくテッドの話を聞くことにしたのだ。

 テッドの横にはエリーゼが座り、彼らの正面に俺は腰掛けた。座席の関係上、当然俺は自然とテッドと向かい合うような形になる。

 クリスはホットミルクの入ったカップをテッドの目の前に置いてから、俺の隣の椅子へと腰を下ろした。


「アナタのお父さんは領主館に仕事に向かったのね?」


 テッドに向かってクリスが問いかける。テッドはコクリと首を縦に振った。


「うん。何でも領主様が大規模な魔術実験を行うからって魔術師を多数募集してたんだって。とーちゃん、それに行ったきり……」


「帰ってこないのか」


 俺の言葉に、テッドがうつむく。

 十歳のテッドは当然ながら、俺よりも身長が低い。だから、テッドがうつむくと俺にはその表情を伺い知ることは出来ない。

 けれど、テッドが今どんな表情を浮かべているのかはそんなに想像に難くないことだろう。

 現に、テッドを見つめるエリーゼは心配そうな表情を浮かべている。


「俺はいいんだ。俺はもう十歳だし、男だから。だから、全然平気。でも、帰ってこないなんて心配だろ」


 テッドはうつむいていた顔を上げて、にへらと笑った。

 けれど、その顔はどう見てもくしゃくしゃで、随分とみっともない表情だと俺は思う。笑顔って言うのは、もっと見ていて気持ちがいいもんの筈だろう。

 強がりだと一瞬で分かるほど、それは不細工な表情だった。


「アナタ、他に家族は?」


 クリスの問いにテッドは首を横に振った。


「いない。母ちゃんは俺が小さいときに死んじゃったし、兄弟もいないから」


「……」


 唯一の身内である父親が行方不明になったのか。

 俺はテッドから目を反らすように、テーブルへと視線を落とす。そのままテーブルの木目を見つめながら、思考を巡らせた。

 テッドが父親を探そうと必死になるのも当然だろう。

 十歳と言えば、まだまだ親がいてしかるべき年齢だと俺は思う。

 俺はこの世界は嫌いだが、この世界の住人全てを憎悪している訳じゃない。何の罪もない子どもが助けを求めているのならば、助けてやりたいと思う。

 けれど、そうするにはあまりにリスクが高すぎるのだ。

 この街で起こる魔術師の失踪事件には出来るならば関わりたくないというのが、俺の偽らざる本心だ。

 この街の事件は、「恋革」のゲーム中盤で起こるイベントに関わるものだろう。その事件の切欠は原作三年前に始まっている。今はまだその事件の予兆が始まったに過ぎない。そして、その予兆こそが魔法石の不足と魔術師の失踪なのだ。

 つまり、魔術師であるデッドの父親が行方不明になるはこの世界における予定調和の出来事であるとも言えるだろう。

 この事件は「恋革」内ではサブイベント的扱いで直接ストーリーには関わらないイベントだった。そして、イベントとしては大した報酬もなかったと記憶している。それはつまり、言い換えると俺にとって必須ではないイベントであるとも言えるのだ。

 「恋革」がRPGである性質上、基本的にイベントでは戦闘が必須である。そして、それはこのイベントにも当てはまった。

 俺は自分が戦闘においては特に無力であると知っている。戦闘など可能ならば避けるに越したことはない。

 イザベルの事件はゲーム中盤のイベント。戦闘になる相手もゲーム準拠ならば、当然それなりに強い筈だ。

 関わるにはリスクが高く、そして見返りが少ない。

 冷静に判断を下すのならば、関わらないのが正解だろう。そう、例え目の前の少年が不幸に陥るとしても。

 テッドという少年は少なくとも「恋革」の原作には存在しなかった存在だ。いや、本当は存在はしていたのかもしれないが、少なくとも俺は知らないし、覚えていない。

 要するに、「恋革」のストーリーからすればその程度の存在でしかないとも言える。

 彼を助けたからと言って、エドガーさん父娘の時とは違いメリットがない。

 それに今の自分たちの状況を思えば、王都への帰還を急がなければならない。時間的にはまだ余裕があるだろうが、それも有限。余計な油を売るほどではない。


「ねぇ、ティアナ。何か手がかりに……」


「知らない」


 俺はエリーゼの言葉を遮るようにして断言した。

 エリーゼの言葉なんて、全部聞くまでもなく想像がつく。きっとあの言葉は本来なら「何か手がかりになるようなことを知らない?」と続く筈だったのだろう。

 俺はその言葉を最後まで言わせることもなく、席を立った。

 三人の視線が俺に向いていることには気がついたが、俺はそれを振り払うように彼らに背を向けて宿を出る。

 その場に留まれば、良心の叱責に耐えられないと思ったからだ。




 ※※※




「女子ども老人にはいつでも優しくすること。お前のじいちゃんはそんな素敵な男だったんだよ。私はあの人のそんなところに惚れたんだ。お前もじいちゃんみたいな立派な男になるんだよ」


 そう言ったのばあちゃんだった。

 勿論、俺の言うこの「ばあちゃん」はティアナの祖母のことではない。そもそも俺はクヴァンツ公爵夫妻とさえまともに言葉を交わしたことも殆どないのだ。幼い頃に亡くなったティアナの祖母が、俺に何かを言って聞かせたことなど有り得ない。

 今更になってばあちゃんの言葉が頭をよぎるのは、それが良くないことだと俺自身理解しているからだろうか。

 別にかつての「俺」は紳士を目指していた訳でもないし、ばあちゃんの言うことを素直に何でも受け入れるような良い子だったという訳でもない。

 特別おばあちゃん子だった訳でもなかったと思っているし、かつての「俺」は普通に悪ガキだった。素直と無縁、とまではいかなくとも優等生を名乗れる程真面目だった訳でもない。

 それでも、かつての「俺」は「女子どもには結構優しいよね」と度々言われることがあった。それは多分ばあちゃんのこの言葉のせいなのだろう。

 前世の俺は、小さい頃から弱者には優しくするようにと言い含められて育ったから。刷り込みとは恐ろしい。意識しなくても、そうあるべきと言われたら、無意識に行動してしまう。


 かつて、ばあちゃんは言っていた。

「弱いものに誰も手を差し伸べない社会は、自分が弱い立場になった時誰も手を差し伸べてくれない社会なんだよ」と。

 セピア色の記憶の中で、俺はばあちゃんの言葉を分かったよう分からないような顔で「うん」と、とりあえず頷いたように思う。今だって、その言葉の本質を理解できただなんて言うつもりはない。

 それでも、今の自分はばあちゃんの言葉と逆のことを行っているのだという自覚ぐらいはあった。

 俺の選択は弱者を切り捨てるという判断だ。

 父を探す十歳の子どもに、その手がかりを知りながら見捨てようとしている。

 俺は『周囲の人間は誰も俺に手を差し伸べてくれなかった』と文句を言いながらも、同じことをしようとしている。俺には俺の周囲の人間を責める権利はない。俺自身だって、俺が最も嫌悪した奴らと同じ穴のムジナだからだ。

 今の俺をばあちゃんが見たら、一体何というのだろうか。顔向け出来ないな、と思わず自嘲がこぼれる。

「弱者が切り捨てられる社会は、自分が弱者になったとき、同じように切り捨てられる」

 ああ、ばあちゃんの言葉は多分正しい。

 切り捨てられた俺は、同じようにテッドを切り捨てようとしているのだから。

 でも、仕方ないだろう。無力な俺は自分のことで手いっぱいなのだ。他人に差し伸べる手など持たない。自分のことだけで俺の両手はふさがっている。

 テッドには酷いことをしてしまっていると思う。

 けれど、俺は決してテッドに「ごめん」などどは謝ろうとは思わない。それはただの自己満足だ。自分が救われたいだけの言葉だ。

 謝るくらいなら、最初から協力してやればいい。それをするつもりがないのならば、謝罪など不要だ。そんなもの何の足しにもなりやしない。

 知らなければ、俺は苦しまずに済んだのに。テッドを連れてきたエリーゼが恨めしい。そんな身勝手な思考がよぎった。知らなかったとしても、俺の罪は同じだというのに。


 分かっている。俺はきっと地獄に堕ちるのだろう。

 他人を見捨て生き延びても、きっと幸せな人生なんか得られない。

 それでも、このまま定められた運命とやらの為に死を得るよりもマシだと思った。

 俺には誰かを救うなんて、たいそうなこと出来やしない。

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