一、刺客(5)
天井が、広がっていた。
遠く耳に人の声らしきものがざわざわと届く。
はて、死とはこのように騒がしいものであったろうか、と男は自問した。
目の前で己の肉刺だらけの手を握り、また開いてみる。もしや、と思い、彼は重い身を起こした。
ずっしりとした感覚に眉根を寄せ、そして周囲を見回せば、
そこは、小さな部屋だった。
男はベッドに横たえられていたようだ。
四角い窓から降り注ぐ月灯りが、優しく小さな卓にその光を反射させる。
傍らの花瓶には、白い花が生けられていた。
彼の良く知る、見覚えのある場所――薄暗い廊下、殺風景な部屋、無機質な床のどれとも、それは相容れない光景で。
これは、と男が思考を巡らせるのを、ノックの音が遮る。
かちゃり、と開かれたドア。その向こうには――
「おや、目を覚まされたようですね」
先程まで剣を交えていた相手が、静かに佇んでいた。
――王子ウェルティクス。
咄嗟に得物へ手を伸ばそうとするも、男の巨体はそのまま重力に叩き付けられる。
くっ、と男が喉を詰まらせる。が、青年は剣を取るでもなく、男の身を起こすとふっ――とちいさく息を吐いた。
噛み付くような視線をものともせず、あくまで淡々と、ウェルティクスは言った。
「不思議そうですね」
男は言葉を返さなかった。
何とか身を起こし、剣を握ろうとする大男だったが、しかし手に力が入らなかったようでがしゃんと得物を取り落とす。
虚しく床を転がってゆく大剣を、男は忌々しげに睨んだ。
標的であった青年は、未だ剣を抜く様子はない。
毒針を受け、倒れた自分を仕留めることなど、容易であったはず。
しかし今尚、手負いの自分を前にしてただ壁を背にこちらを見ているウェルティクスの行動は、男の理解の範疇を遥かに超えていた。
男の意識が漸くはっきりしはじめる。
どうやらここは、宿屋の一室のようだ。
そこで初めて、自分の身体のあちこちに巻き付けられた包帯の存在に気付く。
「これは……」
「毒の針を抜いて解毒剤を擦り込んでおきました。
命に別状はありませんが、暫くは安静にした方が望ましいでしょう」
な、
青年の口から飛び出した台詞に、思わず男は素っ頓狂な声をあげる。
「何故、そのようなことを……!」
敵に助けられたという事実に混乱したのか、頭を抱えぐしゃぐしゃと両手で髪を掻きむしる大男。
「何故助けた――ですか。それはこちらの台詞です。
あのとき、私は隙だらけであったはず。手に掛けることはけして難しくはなかったように思えますが?」
ウェルティクスの問いかけに、男は不服そうに、こう答えた。
「俺は、貴殿を助けた覚えはない。あの少女を助けたのだ。
情けを掛けられる所以はないであろう」
軍人のような無骨な物言いが、そこにはあった。