表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/74

27

夕方。


村の広場には、灯りが吊るされていた。


木の枝から下がる小さな提灯が、ひとつ、またひとつと火を灯されていく。


焚き火の煙が、ゆっくりと空へ昇る。

焼けた肉の香ばしい匂い。

パンを焼く甘い香り。


人々の笑い声が、広場いっぱいに広がっていた。


ラティアは、広場の入口で立ち止まる。


目を丸くして、周囲を見渡した。


「……すごい」


ぽつりと呟く。


歌う人。

踊る人。

料理を並べる人。


結界の中では見たことのない光景だった。


カイルが隣で笑う。


「そんなに珍しいか」


ラティアは素直に頷く。


「うん」


サラが優しく言った。


「今日は収穫祭だそうですよ」


ラティアは灯りを見上げる。


「……お祭り」


その響きを、小さく繰り返す。


前世にも、祭りはあった。


もっと眩しい灯り。

もっと大きな音。

人であふれた通り。

途切れず流れる音楽。


それも賑やかで、きっと楽しいものだったのだと思う。


けれど——目の前の祭りは、まるで違った。


火の灯りはやわらかく、

人の声は近く、

笑い声も、焚き火のはぜる音も、

夜の空気に温かく溶けている。


同じ“祭り”なのに、こんなにも違うのかとラティアは思った。


胸の奥へ、静かに沁みこんでくるような賑わいだった。


ユリスは何も言わない。


ただ周囲を一度見回してから、短く言った。


「迷うな」


ラティアが顔を上げる。


「え?」


「人が多い」


それだけ。


ラティアは少し考えて、こくりと頷いた。


四人が広場へ足を踏み入れた、そのときだった。


「勇者様!」


明るい声が響く。


若い村娘が、笑顔でユリスの方へ駆け寄ってきた。


「さっきはありがとうございました!」


距離が、少し近い。


ラティアはその様子を見ていた。


胸の奥が、ほんの一瞬だけ——ざわっとする。


理由はよくわからない。


ただ、なんとなく落ち着かない。


ユリスは短く言った。


「俺ではない」


娘はきょとんとする。


「え?」


ユリスは視線だけで、ラティアを示した。


「熊を止めたのは、あいつだ」


ラティアの心臓が跳ねた。


「え?」


娘の目が、ゆっくりラティアへ向く。


近くにいた村人たちも、つられるようにこちらを見る。


ラティアは慌てて手を振った。


「ち、違う! 止めたっていうか……」


言葉を探す。


「撫でただけ」


沈黙。


カイルが吹き出した。


「いや、それ止めてるだろ」


サラもくすりと笑う。


村娘の目が、ぱっと輝いた。


「聖女様でしたか!」


「違う!」


ラティアが即答する。


顔が一気に熱くなる。


視線が集まる。


どうしていいかわからない。


そのとき——


ユリスが、ほんの少しだけ前に出た。


自然に、ラティアの前へ立つ形になる。


村人たちの視線が、ユリスへ移った。


ラティアはその背中を見る。


広い背中。


さっきまで自分に集まっていた視線が、少し遠くなった気がした。


胸の奥のざわざわが、

すっと落ち着く。


村娘は少し照れたように笑った。


「でも、本当にありがとうございました!」


ラティアはまだ赤い顔のまま、小さく手を振る。


娘は友達のところへ戻っていった。


ラティアはその背中を見送る。


胸の奥のざわつきは、

さっきとは少し違う形で残っていた。


カイルが横で言う。


「どうした」


ラティアは慌てて首を振る。


「え?」


「顔」


カイルがにやっと笑った。


「変だぞ」


「変?」


「嫉妬か?」


「ちがう!」


ラティアが即答する。


サラが優しく言う。


「初めての場所は、いろんな感情が動くものですよ」


ラティアは小さく頷いた。


(……たぶん、そう)


そういうことにした。


そのとき、屋台の方からいい匂いが流れてくる。


焼きたてのパン。

串焼きの肉。

甘い菓子。


ラティアのお腹が小さく鳴った。


カイルが笑う。


「聞こえたぞ」


ラティアは慌てて顔を隠す。


「ち、違う!」


「飯だな」


カイルは屋台を指さした。


「まず食う」


サラも微笑む。


「そうしましょう」


四人は広場の屋台へ向かう。


人の間を通るとき、

ユリスがラティアの腕を軽く引いた。


「こっちだ」


それだけ。


でも。


その一瞬で、

ラティアの胸の奥のざわざわは、

静かに落ち着いた。


広場の灯りが揺れる。


笑い声が響く。


前世で知っていた祭りとは違う、

やわらかくて、温かい夜。


ラティアの初めての祭りの時間が、

静かに始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ