深淵を覗く者 1
ニニーギの一団は、ついにはデリターニャまであと数日という位置まで到達していた。
進軍と同時に行なって来た略奪は、ここで一旦控える事にした。
目標はもう目と鼻の先…ここからかなり近く、
やたらと鼻の利く商人どもは、襲撃など、それをすぐに嗅ぎつける。
すぐに我らの存在にまで、たどり着いてしまうだろう。
折角ここまで隠密を貫いたのだ。わざわざ姿を晒す理由など無い。
故に一旦、我らは闇に潜む。
息を殺し、獲物をじっと観察するのだ。
大きな獲物を確実に、我が手で仕留める為に。
そこから、部下達は商人を装って、
幾つかの街や港で、ひたすらに情報を集めた。
流石に、噂の悪魔の本拠地に近いだけあって、
それこそ情報収集にはさほど困らなかった。
勿論、くだらない噂話が大半ではあったが…
だが…聞けばどうやらこの地では、
他とは独立した巨大な経済圏が、すでに出来上がっており、
全ては連合という組織、それを中心にそれが回っているのだと。
組織は複数の国や街、或いは商会や組織をまたぎ、
それがまるで、一つの生命体の体を成していた。
その仕組みや仕掛けが見たことも聞いた事も無い、
かなり新しい発想で構築されている。
集まった情報を精査しながら、ニニーギは心から感心していた。
「本当に…たかが人間如きの発想だけで、まさかこんなモノが出来上がったと言うのか?」
あの人間程度の知恵で、これ程の事を考えたなど…素直には考え難いな。
ぼんやりとでは有るが、ニニーギの思考には、
ツク=ヨミ神の存在がその脳裏を掠めていたが…
だが…この仕組みには、神に割く時間や余白、信仰ががほぼ無い。
完全に純粋な、ただ商売の為だけのものだ。
恐らく、神族の関与も相当に薄いか、全く無いと言わざるを得ない。
――ならば、その悪魔か。
だが…これが噂の悪魔の考えた事で有るならば、それはそれで実に興味深い話だった。
我ら神族にも引けを取らぬ知恵者だと…それは面白い。
ならば会ってもみたいし、話してもみたい…
馬鹿は嫌いだが…賢しいものは嫌いじゃない。その悪魔とやらは、実に興味深い。
なにより、その様な智慧…すぐに殺してしまうよりも、
生かしたまま有効に利用した方が、もっともっと面白そうではないか…
集まった悪魔の情報はとりとめもなく、それこそ多岐にわたっていた。
見た目はただの人間、
まだ若く、どう見ても頼りない。
馬鹿げた程の怪力の持ち主で、
いつも怒っている。
いつも楽しそうに笑っていて、
なにやら美味い物を次から次へと生み出している。
――それって、商人でも有るのか…?
男は、殴っても拳は当たらず、
剣を振り、切っても切れず、
魔法さえも通じない…と。
気は短く、すぐに殴りかかってくるわ、暴れるわ…
行動も粗暴で、多くのチンピラが、生きたまま海に放り込まれた…とか。
そして配下にも多くのチンピラを従えている。
そこに同時に必ず名が上がってくるのが、
獣人のシャダと、
そしてシャダ商会…
どうやらその商会こそが、その連合の中心だと…
その商会はここデリターニャを、
新たに一から作り上げたと言っても過言では無く…
そう、国が街を造ったのでは無い、街が国を造ったのだ。面白い。
街には大きな影の存在が有った。
その影こそが悪魔、
そしてその悪魔こそが…そのシャダ商会の後ろ盾なのだと…
「ほお…」
ニニーギは思わず笑みを漏らす。
――やってる事は人間の、
ただの賢しき商売人にさえ思えるが…
殴ったり蹴ったりって話しは多い様だが、
さほど血なまぐさい話が全く無いのが、
流石に、妙に引っ掛かる…
なのに…短気で粗暴だと?フッ…隠蔽だ。
やはり色々とおかしいな…
完全に隠蔽したのか、或いは本当に無いのか?
多くの目敏い商人を全て騙し、
全く気づかれる事なく完全に殺戮を隠蔽しているのであれば、
それすなわち、相当に厄介な相手だという事。
そして今、自身を囮に、敢えて道化を装っているという事か?
なる程…雑魚を釣るなら、これ以上ない良い囮だ。
同時によほど、自分の強さには自信があるのだろう。
なる程…決して油断は出来んな。
――そして最大の疑問は…当たらず、切れず…か。フム…
だが、それは一体、なんだ?
魔法…と、考えるのが自然だが…
時空や空間を歪める類の魔法なのか?
そうなると、相当に位階の高い魔法使いの仕業だが…
その様な者の、名は勿論、存在噂さえ聞いた記憶も無い。
いや、そもそも…悪魔には実態が無いのかも?
それはつまり、幻術の類なのか?
やはり、それなりの位階の神族の、その可能性を感じるが…
それでチンピラを操っていると考えても良さそうだが…まだ答えを導くには早計だ。
――全く足りん。
やはり、所詮は人間の情報だな…
判断するにはあまりにも精度が低過ぎる。
欲しい情報や確信出来るモノが全く無いとは…
だから知能の低い人間如き、我は嫌いなのだよ。
完璧な策を練る為にも、もう少し情報を集めよう。だが…
――ああ…実に愉しいな、
この組織や仕組みも、非常に面白い。
手に入れて、我がもっと有効に使ってやろう。
フフフ…実に良いな…
この緊張感も含め、もっともっと、楽しませてくれよ、
――我が麗しの…悪魔さんよ…




