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なら僕は君の事など好きにならないと、何度でも誓おう  作者: 玄武 聡一郎
序章:巡り合うべくして巡り合う二人
9/22

七:ハロー・アゲイン・ニューワールド(前編)

 次の日、僕はCMSUシームスのアップデートをするため一人、研究所に向かった。

 昨日のメールでは、朝一に来て欲しいとのことだった。

 

 早起きは得意だ。

 感情の制御をすれば、もう少し寝たい、という甘えを取り除くことは可能だし、その気になれば二徹三徹くらいは造作もない。

 といっても、当然最低限の睡眠は必要だから、あまり乱用はしないようにしている。


 因みに雫は、昨日の夕飯の残りを活用した朝ご飯をたっぷりと食べた後、二度寝をする為に寝室へと戻っていった。


 日中そんなに寝て一体どうやって稼いでるんだと聞くと、「昨日の私を見て推測する事とかできないんですか? その飾りの頭を使って少しは考えてみてはいかがですか?」と言われた。

 あいつは一日一回人を罵倒しないと死んでしまう病気にかかっているんだと思う事にして、僕は留飲を下げた。


「昨日の……猛獣ハンターとかかな」

【いわゆる狩人の様な職業が成り立っているのではないか、と推測します。食料調達を行う人たちのサポートとなるのでしょう】

「あぁ、なるほど」

 

 昨日使った食材はコロニーの外から採集したものもあったはずだ。

 採集に当たっては、センチピードのようなオーガ・インセクトは十分に脅威になり得る。要請が来た際に、それを狩る事で収入を得ているのかもしれない。


「ま、それもCMSUアップデートしたら分かるんだよね、きっと」

【恐らくは。今後は雫さんの手を患わせることなく、楓のサポートを行う事が出来ますね】

「あぁ、そいつはいいや。どこに行くにも雫のお守……じゃないな、同伴が必要だなんて、想像するだけでぞっとするもん」


 研究所は、このコロニーの中で一番高い丘の上にあった。

 階段や坂道を結構上る必要があり、少し汗ばむくらいの運動量だ。振り返ると、コロニーの街並みが一望できた。

 朝一ではあるものの、様々な人が建物から出たり入ったり、道の上を歩いたり走ったりしている。

 あぁ、細々と、けれどしっかりと、人類がまだ息づいているんだな、なんて当然のことに感動したりした。


「おんやぁ……?」


 もうすぐ人類保護機関の研究所に着く、という所で、一人の男性とすれ違った。

 いわゆるナイスミドル、というやつだろうか。重ねた歳の分だけ深みが増した、しっかり煮込んだミートソースをかけた、ラザニアみたいな男性だ。


「もしかして君……王女様の付き人?」

「はい?」


 何言ってるんだこの人は?

 王女様なんて心当たりがないし、付き人なんかじゃない。

 王女様なんて……


『竈の右後ろにありますよ。今デートイベント中なので、静かにしてもらえますか?』

『おーなーかーすーきーまーしーたー』


 ……ん?

 いやいや、そもそも僕は付き人なんかじゃ……


『はいはい……』

『もうすぐだから、ちょっと待ってて』


 ……いや、これ僕のことだ。


「多分そうです……大変遺憾ながら」

「あっはっは、そうかそうか! いやぁ、君も大変だなぁ!」

「どうも……というか、なんでそれを?」

「王女様から連絡があったそうじゃないか。多分、研究所の職員はみんな知っているよ」


 あー、なるほど。そういえば昨日研究所の人とメールしてたもんなぁ。……メール、か。


「っと、紹介がまだだったな。俺は池貝信弘いけがいのぶひろ。ノブ、とでも呼んでくれ」

「一条楓です。ノブさんも人類保護機構の研究員なんですか?」

「まぁ、昔な。今はこの丘の下で個人の病院やってんだ」

「あぁ、お医者さんなんですね」

「医者っつっても手術何かは無理だ。この時代の薬草とか調べて使える物を売ったり、カウンセリングみたいなのをしてる」


 いつの時代も、怪我や病気が絶えることはないのだろう。文明が衰退したこの時代、医療や薬がどのように流通しているのかは少し気になるところだ。


「なるほど。研究所には診察か何かで?」

「いや、よく研究員に頼まれて薬草を融通してるんだよ。研究に必要だとか何とか言ってな。ったく、あの野郎……こんな朝っぱらから呼び出しやがって、人使いが荒いったらありゃしねぇ……」


 っと、わりぃわりぃ。と、がしがしと頭をかいてノブさんは笑った。

 どうやら研究所の知り合いに呼び出されたらしい。


「会ったばっかりの相手に、愚痴言ってもしゃーねーわな」

「あはは、大変みたいですね」

「そうなんだよなぁ。俺の体は一つしかねーってのに……。んー……」


 ノブさんは唐突に黙り込むと、そのまま僕の顔をジーっと見つめた。

 大人の男性にまじまじと顔を見つめられるのは、なんというか……すごく落ち着かない。

  

「な、なんでしょう?」 

「お前さん……ちょっと、良さそうだな」

「何がですか?」

「いや、立ち話もなんだ。用事が済んだ後……まぁいつでもいい。気が向いたら俺の病院に顔出してくれ。青い屋根の『池貝医院』ってところだ」

「はぁ……分かりました」

「ま、暇になったらでいいからよ。引き留めて悪かったな。CMSU、アップデートするんだろ?」

「あ、はい」

「文明レベルはガクッと落ちたが……まぁこれはこれで悪くない世界だ。人生楽しんでいこうぜ、少年」

 

 ぐしぐしっと少し乱暴に頭を撫でられた。後ろ手に手を振りながら去っていくノブさんの背中を眺めながら、僕は呟く。


「大人の男性って感じ……かっこいいなぁ」


 研究所への道を再び歩きつつ、僕はノブさんとの会話を思い返し、ふと、あの人の胸ポケットにもCMSUが入っていたなと思った。

 池貝医院か……。病気になることなんて、これからいくらでもあるだろうし、後で顔を出しておこうかな。



◆◆◆



「ようこそ、人類保護機構、第二拠点へ。一条楓様ですね、担当研究員が参りますので、暫くお待ちください」


 そんな風に受付のお姉さんに言われ、待つこと五分。奥の方からどたどたとメガネをかけた丸っこい人影が現れた。


「お、お待たせしてすみません!」

「あ、いえ。全然待ってないです。一条楓です、初めまして」

「ご丁寧にどうも! 朝早くにお呼び出ししてすみません! 僕は烏丸翔太と言います! 一条さんの担当研究員を務めさせていただきますので、今後ともどうぞよろしくお願いしますね!」

「こちらこそよろしくお願いします。あの、担当研究員というのは?」


 満面の笑顔でぶんぶんと握手した手を振る烏丸さんは、体中からいい人オーラを放っていた。なんというか、いろんな意味で安心感のある人だ。ただちょっとそろそろ腕が痛い。


「あぁこれは失礼しました! スリーパーがこの時代に馴染めるよう、衣食住を始め、様々なサポートをさせていただくのが、担当研究員になります。一人の研究員が、複数のスリーパーの担当をしておりまして、例えば僕は白絹雫さんの担当もさせていただいてます」

「あ、じゃぁ昨日雫にメールを送ってたのは」

「そうです、僕です! いやぁ、本当に御不便をおかけしてしまって申し訳ないんですが、何卒ご容赦を……。でもまぁ王女様の家ですし、ラッキーという事でどうぞ一つ」

「まぁそれはもう諦めました……」


 っていうか、やっぱり、あの子と一緒に住むっていうのはラッキーっていう認識なんだなみんな……。

 CMSUシームスのアップデートをまずはしてしまおうという事で、烏丸さんに先導してもらいながら、研究所の中を歩く。

 他の建物に比べ、随分としっかりした造りだ。恐らくコロニーと同じく、人類衰退前の技術が詰まった数少ない建造物なのだろう。


「コールドスリープの機体、あれね、当初……まぁ五千年も前の話ですけど、その頃予定では各地の研究所で厳重に保護する予定だったんですよー。でも気候変動が激しすぎて研究所が崩壊したところもあって……で、そういう所に取り残された機体を回収する作業を行っているんですけど、楓さんの所まではまだ調査が行き届いていなかったみたいですね。いやーほんと、生きてここまでたどり着いてくれてよかったです! 雫さんに会えたのも、ラッキーでしたねー。あの辺をうろついてるセンチピードって大きなムカデの化け物みたいなのが居ましてね。あ、巨大化した虫の事を今はオーガ・インセクトって呼んでるんですけど、そいつもオーガ・インセクトでして。で、そいつの縄張りがその辺だったから中々調査ができなかったんですよねー! まぁ雫さんが駆除してくれたみたいなので、もう安心だとは思うんですけどね。あ、飴ちゃんいります?」

「い、いただきます」


 なんとか最後の言葉にだけ返答し、飴玉を受け取る。

 話し始めたら長いタイプの人……なのかな?


 ここが僕のラボです。と案内された部屋は、資料や本が壁一面にずらりと並んでいた。

 きちんと整理はされていて、烏丸さんの性格を反映しているのだろうと思った。

 部屋の奥には大きなディスプレイパソコンがあって、いくつかのディスプレイの中では何かしらのプログラムが走り続けているようだった。僕にはさっぱり理解できないけど、もしかしたらアイなら何か分かるのかもしれない。


「どこまで話しましたっけ。あぁ、そうそう。で、なるたけスリーパーの方には研究所内で目覚めてもらうのが理想なんですよね。外は今ほら、オーガ・インセクトとかうろうろしてますし、黒い雨……僕らは黒雨こくうって呼んでるんですけど、これも命に係わるくらい危険な現象ですし、なんせそんなこんなで危ないので。ほんと。後、CMSUシームスですね。CMSUシームスアップデートして最新情報にしないと色々不便でしょうし。あ、ここにそれ置いてもらえます?」


 く、口を挟む暇がない……。

 とりあえず言われた通り、僕はCMSUシームスを機械の上に置いた。ぴこん、という軽い電子音と共に、目の前のモニターに「Now Loading」の文字が映し出された。


「よしよし、これで五分もすればデータの転送は終わると思います。アップデートしてる間に、いくつかお渡ししたいものがありまして……はいこれ、お財布です。今の時代の通貨が入っています。単位は変わらず「円」、まぁ価値は結構変動してますけどね、コロニーによっても若干違ったりしますし。金属は貴重なので全部紙です。それで一~二か月は問題なく暮せると思いますので、その間に職を見つけて、自分で生活できるようになってください!」

「分かりました」

「あはは、そんな心配そうな顔しなくても大丈夫ですよ、何かしらの職は絶対見つかりますし。あとここだけの話……と言っても有名な話なんですけど、スリーパーの人は重要で貴重なので、交付金が出ることになってるんです。カテゴリーによって金額かわってくるんですけどね……。一か月に一回の交付です。だから食いっぱぐれることも、路頭に迷う事も、絶対にないと思います!」

「え……?」


 もらった黒塗の皮財布をコートにしまい、怒涛の様に流れてくる烏丸さんの情報を精査していた僕は、引っ掛かりを覚えた。


「ってことは……スリーパーは裕福ってことですか?」

「比較的そうですね。まぁ能力持ちの人に限っての話ですけど。能力なしのスリーパーの方への交付金はそこまで莫大じゃありませんし」

「トマトとか買えます?」

「トマト? それくらいならスリーパーの方はみんな買えますよ! トマトに限らず、牛や豚も買えますし、なんなら能力持ちの人は貯金すれば飼えると思いますよー、お好きなんですか?」

「あー、この時代の野菜はちょっと調理が難しくて……」

「あはは、そうだったんですね。人類衰退前の野菜はスリーパーの方が好んで購入されるって話でしたけど、そういう理由だったんですねー」

「……」


 なるほど、能力持ちのスリーパーは所謂富裕層であり、上客というわけだ。

 スリーパーを対象にしたビジネスがあり、それが経済を回す一端を担っている、と。

 しかし、それなら……。


「お、アップデート終わったみたいですねー!」


 ぽぴん、という可愛らしい音と共に、中央の画面に「Complete !」の文字が躍った。

 CMSUを取り上げ、僕は聞く。


「調子はどう? アイ」

【良好です。私の知識は全て、最新のものにアップデートされました。最早私に恐れるものなど何もありません】

「ふーん……じゃぁ、今から言う事繰り返してね。『生麦生米生卵』。はい」

【な、なまぐみなまごめなまちゃまご】

「『客が柿食や飛脚が柿食う飛脚が柿食や客も柿食う 客も飛脚もよく柿食う客飛脚』」

【きゃくがかききゅあ、か、きゃ……ひかくがかきくうひきゃきゃが……きゃきゃくがかききゅぁ……。ひきゃくも! かきやきくうきゅうきゃ!】

「うん、相変わらずアイはアイのままで安心した」

【ひ、非常に遺憾ですっ!】


 よかったよかった、アップデートしたことでアイがぽんこつ天然ちゃんじゃなくなってたらどうしようかとハラハラしたけど、全く持ってそんな事はなさそうだ。


 そもそもCMSUの役割に早口言葉を喋るなんてものは存在していないのだからできなくてもうんたらかんたら、と何か言い続けるアイをスルーしつつポケットに戻し、僕は烏丸さんにお礼を言った。


「ありがとうございました、これで無事この世界でも生活できそうです……どうかしました?」

「え? あ、いや……随分と感情豊かなAIだなと思いまして……。というかAIってセリフ噛んだりするんだ……どういうプログラムだ……?」

「あはは、変わってますよね。まぁ退屈しないので助かってます」

「さすが人類最盛期の遺産、興味深いですねぇ……っと。すみません」


 軽快な音が烏丸さんのポケットから鳴り響いた。CMSUシームスとはまた違う携帯端末のようだ。

 どうやら他の研究員からの通達らしく、二三度あいづちを打った後、「今から行きます」と烏丸さんは通信を切った。


「すみません、もう少しお話ししたかったんですけど、急用が入っちゃって……すぐ行かなくちゃ。何か質問があれば、いつでも連絡くださいね」

「え、あの。烏丸さんの連絡先って……」

「あー! えーっと、そこのパソコンの中にデータ入ってるので、AIに抜き取ってもらってください! 接続はさっき置いた場所にCMSU置けばできますから!」


 では今後ともよろしくお願いしますねー! と最後は走り出しながらセリフを残して、烏丸さんは去っていった。

 研究者の部屋に部外者を一人残していくって……それ、大丈夫なのか? きっと色々なセキュリティ保護がなされてるんだろうけど……。


「まぁ、言われたとおりにしようか。アイ、できる?」

【問題ありません。早口言葉は喋れなくても、データのピックアップは可能です】

「ごめんってば。じゃ、よろしく」


 拗ね気味のアイをなだめて、僕は再びCMSUを烏丸さんのパソコンにアクセスした。

 烏丸さん、いい人そうだったな……。人を疑う事とか、あんまりしなさそうだ。


【烏丸さんの連絡先を検索……該当データを確認、保存します】


 ところで。


 僕の感情制御にはいろんな使い方があったりする。

 例えば恐怖心をすべて取り除いて戦場の真っただ中を、リスクを顧みずに駆け抜ける事も可能だし、緊張を取り除いて穏やかな心で人前での発表を行ったりすることができる。

 少なくともこの能力を考えた人間は、そういう使い方を望んでいたようだ。だが。


「アイ」

【保存完了しました。何かありました?】


 良心を取り除くことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事には、気付いていたのだろうか。


「このパソコンをハッキングする事はできるか?」


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