八:ハロー・アゲイン・ニューワールド(後編)
【……はい?】
それが悪い事なのは重々承知だ。
普段の僕なら決してこんな思考回路に至ったりはしないし、至ったとしても実行はしない。
だけど、どうしても確認しておきたいことがある。
「ハッキング、と言うよりは、確認して欲しいデータがあるんだ。一つだけ。それだけでいい」
【……内容によります。このパソコン内にはいくつものセキュリティがかけられています。おそらく全て解除することは可能ですが、物によっては時間がかかるかと】
「そんな大した内容じゃない。昨日烏丸さんが雫に送ったメールが見たい。できるか?」
【メール、ですか? それでしたらすぐに表示できると思います。個人情報を許可なしで閲覧することになりますが……】
「ごめん、アイ。頼む」
【……分かりました。表示します】
間を置かず、CMSU上にメールが表示された。
一条楓様、から始まり、一字一句たがわず、昨日見た文面そのままだった。
確かに烏丸さんは、雫にこのメールを送信している。
「ありがとう。でも本当に見たいのはこれじゃないんだ」
【……?】
「このメールの前に雫が烏丸さんに送った文面が見たい。あるかな」
【……はい、このメールが送られてくる三十分ほど前に、雫さんから烏丸さんへとメールが送られています――――っ、これは……】
「見せて」
【……表示します】
烏丸さんからのメールが消え、新しい文面が画面上に踊った。
内容は実に端的で、そして分かりやすかった。
『烏丸さん
お世話になってます。一条楓、というスリーパーを保護しました。この人物に対し、私の家に住むよう促すメールを作成し、私に送信してください。今すぐに、お願いします。
あ、センチピードは駆除しました。また何かあれば狩猟センターの方へどうぞ』
【楓……これは……】
「なるほどね……」
おかしいとは思っていた。
東京ディズニーリゾート並みの規模の敷地があり、かつ高低差も加わって建造物を建てるスペースはふんだんにあるはずだ。
それなのに、たかが一人のスリーパーを受け入れる余裕がないわけがない。
そこには何かしらの意図があると思っていたが……雫が発端か。
「わけ、わかんないな……」
アイにお礼を言って、パソコンとの接続を切り、僕は烏丸さんの部屋を出た。
途中すれ違う研究員さん達に会釈をしつつ、研究所の廊下をこつこつと歩く。
あれだけ罵倒し、けなし、ゴミだ駄犬だと評価した僕を、わざわざ家に置きたがる理由は一体なんだ?
料理ができるのが分かったのは、メールを送った後の話だろう。
何か気に入った点でもあったのか?
ならもっと優しくしてくれてもいいだろう。あれか? ストレス発散の道具が欲しかったのか?
けど、それこそいくらでも探せるだろう。「魅了」の力があれば、彼女は万人から愛されるのだから。僕を指名する理由にはならない。
すっきりしない。
納得できない。
胸の奥に真綿が詰まっていて、呼吸がスムーズにできないような、そんなもどかしさを感じる。
【不可解な点はもう一つあります】
「なに?」
【先ほどメールのデータを照会した際に、たまたま目に入ってしまったのですが……】
おい、とツッコみたい衝動を抑えつつ、僕は黙って続きを促す。
そもそも、原因を作ったのは僕だ。
【雫さんは、ある時期から、スリーパーに対する交付金の受け取りを拒否しています】
「……」
雫はカテゴリーⅠ、交付金の額はカテゴリーによって異なってくる、という話だったから、相当の額がもらえるはずだ。それこそ、働かなくてもいいくらいの金額が、生きているだけで入ってくるのではないだろうか。
だが、雫はそれを拒否している。
おそらく狩猟センター、という所で働いていて、そこで得た賃金を元手に生活していると考えられる。生活に困っている様子はなかったが、高級な嗜好品には手が届かない。現に、人類衰退前の野菜は買えていかった。
美味しくないと言いながら、それを我慢しながら、許容しながら、二年近くも生きてきたわけだ。
「変だと思ったんだ。スリーパーの中には、僕程度の料理スキルがある人間はごまんといるはずで……。昨日僕がやったことくらい、AIの力を借りれば誰にだってできる」
【誰にでも、かどうかは分かりませんが……】
だが実際にはスリーパーは、この時代の野菜など口にしていなかった。
口にする必要がないのだ。
交付金があって、手に職をつけていれば、恐らくこの時代の調理の難しい野菜を買う必要はない。
「雫は交付金を受けていなかった。それに、AIの電源も切っている」
【……】
さすがにAIの力がなければ、昨日の方法は使えない。CMSUの検索機能を使えるとは言っても、限界があるだろう。だから彼女は、うまく調理ができなかった。
アイと会話を交わしていると、研究所の外に出た。
春風みたいな温度の風が、頬を撫でた。
「雫、君は……矛盾している」
好きでもない相手を家に置き、湯水の様なお金を自ら手放し、便利な機能を有するAIの機能すら使わない。
恵まれた環境にありながら、自らそれを放棄しているように見えてならない。
【気になる……のですか?】
「そうかもしれない」
雫は正直いけ好かない。
顔を見れば罵倒してくるし、性格に難はありすぎると思う。
けれど、どこか放っておけない気もした。
放っておけば、いつの間にか消えてしまいそうな、そんな危うさを感じる。
万人に愛され、敵などいない。
そんな彼女に対して、カテゴリーOの僕なんかがそう思うのは、馬鹿げてるとは思うけれど。
【私は構いませんが……ですがこれだけは覚えておいてください。彼女とは番になれません】
「まぁ、なるつもりはさらさらないんだけど……どうして?」
【彼女の壊死の能力はもちろん人間にも働きます。つまり性行為に伴うありとあらゆる粘膜接触の際に――――】
「おっけー、アイ。それ以上は具体的過ぎるからやめておこうか。まだ朝だし」
まったく、気を抜いたらすぐそういう方向に持って行こうとするんだから……。まぁそれが使命として課せられてるから、仕方ないのかもしれないけど。
しかしそうか……あいつ、誰とも子供を作れないのか。
【でしたら楓、あなたの好みの女性のタイプを教えてください】
「えぇ……それも子作りのための調査なんでしょ?」
【もちろんです。あなたの好みとぴったり合いそうな子を街から探し出し、あなたにお知らせします。現存するスリーパーの情報はすでに私のデータベースの中に入っていますので、そちらはすぐに照会が可能です】
「なんかこう……出会い系アプリ、みたいな機能だよねそれ……」
ゆっくりと坂道を降り始めると、コロニーの街並みが視界に入った。
これから僕が生きていく街を、ゆっくりと眺める。
日も高く昇り始め、街全体に活気があふれつつある。
子供が元気に走り回っていた。幼い笑い声が、淡く耳に届く。
老夫婦が手を取り合いながらゆっくりと歩いてた。散歩中だろうか。あれくらいの歳まで生きられる位には、医療が発展している、ということだろうか。
屈強な若者たちが、町の外へと足を向けていた。狩りにでも出かけるのかもしれない。
店を開けた主人同士が談笑している。雰囲気の良い店だ。いつかお邪魔させてもらおう。
人類が衰退してもなお、こうして人は生き続けている。
街の風景は、そのことを改めて実感させてくれた。
小さく、か弱い存在だけれど、知恵を駆使し、策略を練り、こうして根強く、粘り強く、確かにその存在を守り続けている。
沢山の物が消え、新しい物が生まれたのだろう。
壊れては造り、作っては壊れ、そんな気の遠くなるようなサイクルを繰り返して来ていて。きっと今はまだ、そのサイクルの最中で。
人類が衰退した後、独特の文化を再び作り上げたこの世界で、雫は一体どんな生き方を見つけたのだろうか。
僕はどう、生きていけばいいだろうか。
【それで、どんな女の子が好みですか?】
「もう言ってあるんだけどな……」
【……? すみません、良く聞こえませんでした】
「何でもありませーん。そうだなー、まず年下で――――」
ゆっくりと探していこう。探っていこう。
この世界での僕の生き方も。有り様も、そして……雫という人間の、正体も。
僕は改めて、心の中でつぶやく。
ハロー、ニューワールド。
今日からどうぞ、よろしく頼むよ。




