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なら僕は君の事など好きにならないと、何度でも誓おう  作者: 玄武 聡一郎
序章:巡り合うべくして巡り合う二人
10/22

八:ハロー・アゲイン・ニューワールド(後編)

【……はい?】


 それが悪い事なのは重々承知だ。

 普段の僕なら決してこんな思考回路に至ったりはしないし、至ったとしても実行はしない。

 だけど、どうしても確認しておきたいことがある。


「ハッキング、と言うよりは、確認して欲しいデータがあるんだ。一つだけ。それだけでいい」

【……内容によります。このパソコン内にはいくつものセキュリティがかけられています。おそらく全て解除することは可能ですが、物によっては時間がかかるかと】

「そんな大した内容じゃない。昨日烏丸さんが雫に送ったメールが見たい。できるか?」

【メール、ですか? それでしたらすぐに表示できると思います。個人情報を許可なしで閲覧することになりますが……】

「ごめん、アイ。頼む」

【……分かりました。表示します】


 間を置かず、CMSU上にメールが表示された。

 一条楓様、から始まり、一字一句たがわず、昨日見た文面そのままだった。

 確かに烏丸さんは、雫にこのメールを送信している。


「ありがとう。でも本当に見たいのはこれじゃないんだ」

【……?】

「このメールの前に雫が烏丸さんに送った文面が見たい。あるかな」

【……はい、このメールが送られてくる三十分ほど前に、雫さんから烏丸さんへとメールが送られています――――っ、これは……】

「見せて」

【……表示します】


 烏丸さんからのメールが消え、新しい文面が画面上に踊った。

 内容は実に端的で、そして分かりやすかった。



『烏丸さん

 お世話になってます。一条楓、というスリーパーを保護しました。この人物に対し、私の家に住むよう促すメールを作成し、私に送信してください。今すぐに、お願いします。

 あ、センチピードは駆除しました。また何かあれば狩猟センターの方へどうぞ』



【楓……これは……】

「なるほどね……」


 おかしいとは思っていた。

 東京ディズニーリゾート並みの規模の敷地があり、かつ高低差も加わって建造物を建てるスペースはふんだんにあるはずだ。

 それなのに、たかが一人のスリーパーを受け入れる余裕がないわけがない。

 そこには何かしらの意図があると思っていたが……雫が発端か。


「わけ、わかんないな……」


 アイにお礼を言って、パソコンとの接続を切り、僕は烏丸さんの部屋を出た。

 途中すれ違う研究員さん達に会釈をしつつ、研究所の廊下をこつこつと歩く。


 あれだけ罵倒し、けなし、ゴミだ駄犬だと評価した僕を、わざわざ家に置きたがる理由は一体なんだ?

 料理ができるのが分かったのは、メールを送った後の話だろう。

 

 何か気に入った点でもあったのか? 

 ならもっと優しくしてくれてもいいだろう。あれか? ストレス発散の道具が欲しかったのか? 


 けど、それこそいくらでも探せるだろう。「魅了チャーム」の力があれば、彼女は万人から愛されるのだから。僕を指名する理由にはならない。

 

 すっきりしない。

 納得できない。

 胸の奥に真綿が詰まっていて、呼吸がスムーズにできないような、そんなもどかしさを感じる。


【不可解な点はもう一つあります】

「なに?」

【先ほどメールのデータを照会した際に、たまたま目に入ってしまったのですが……】


 おい、とツッコみたい衝動を抑えつつ、僕は黙って続きを促す。

 そもそも、原因を作ったのは僕だ。


【雫さんは、ある時期から、スリーパーに対する交付金の受け取りを拒否しています】

「……」

 

 雫はカテゴリーⅠ、交付金の額はカテゴリーによって異なってくる、という話だったから、相当の額がもらえるはずだ。それこそ、働かなくてもいいくらいの金額が、生きているだけで入ってくるのではないだろうか。


 だが、雫はそれを拒否している。

 おそらく狩猟センター、という所で働いていて、そこで得た賃金を元手に生活していると考えられる。生活に困っている様子はなかったが、高級な嗜好品には手が届かない。現に、人類衰退前の野菜は買えていかった。


 美味しくないと言いながら、それを我慢しながら、許容しながら、二年近くも生きてきたわけだ。


「変だと思ったんだ。スリーパーの中には、僕程度の料理スキルがある人間はごまんといるはずで……。昨日僕がやったことくらい、AIの力を借りれば誰にだってできる」

【誰にでも、かどうかは分かりませんが……】


 だが実際にはスリーパーは、この時代の野菜など口にしていなかった。

 口にする必要がないのだ。

 交付金があって、手に職をつけていれば、恐らくこの時代の調理の難しい野菜を買う必要はない。


「雫は交付金を受けていなかった。それに、AIの電源も切っている」

【……】


 さすがにAIの力がなければ、昨日の方法は使えない。CMSUの検索機能を使えるとは言っても、限界があるだろう。だから彼女は、うまく調理ができなかった。


 アイと会話を交わしていると、研究所の外に出た。

 春風みたいな温度の風が、頬を撫でた。


「雫、君は……矛盾している」


 好きでもない相手を家に置き、湯水の様なお金を自ら手放し、便利な機能を有するAIの機能すら使わない。

 恵まれた環境にありながら、自らそれを放棄しているように見えてならない。


【気になる……のですか?】

「そうかもしれない」


 雫は正直いけ好かない。

 顔を見れば罵倒してくるし、性格に難はありすぎると思う。


 けれど、どこか放っておけない気もした。

 放っておけば、いつの間にか消えてしまいそうな、そんな危うさを感じる。


 万人に愛され、敵などいない。

 そんな彼女に対して、カテゴリーOの僕なんかがそう思うのは、馬鹿げてるとは思うけれど。


【私は構いませんが……ですがこれだけは覚えておいてください。彼女とは番になれません】

「まぁ、なるつもりはさらさらないんだけど……どうして?」

【彼女の壊死の能力はもちろん人間にも働きます。つまり性行為に伴うありとあらゆる粘膜接触の際に――――】

「おっけー、アイ。それ以上は具体的過ぎるからやめておこうか。まだ朝だし」


 まったく、気を抜いたらすぐそういう方向に持って行こうとするんだから……。まぁそれが使命として課せられてるから、仕方ないのかもしれないけど。


 しかしそうか……あいつ、誰とも子供を作れないのか。


【でしたら楓、あなたの好みの女性のタイプを教えてください】

「えぇ……それも子作りのための調査なんでしょ?」

【もちろんです。あなたの好みとぴったり合いそうな子を街から探し出し、あなたにお知らせします。現存するスリーパーの情報はすでに私のデータベースの中に入っていますので、そちらはすぐに照会が可能です】

「なんかこう……出会い系アプリ、みたいな機能だよねそれ……」 


 ゆっくりと坂道を降り始めると、コロニーの街並みが視界に入った。

 これから僕が生きていく街を、ゆっくりと眺める。

 

 日も高く昇り始め、街全体に活気があふれつつある。

 子供が元気に走り回っていた。幼い笑い声が、淡く耳に届く。

 老夫婦が手を取り合いながらゆっくりと歩いてた。散歩中だろうか。あれくらいの歳まで生きられる位には、医療が発展している、ということだろうか。

 屈強な若者たちが、町の外へと足を向けていた。狩りにでも出かけるのかもしれない。

 店を開けた主人同士が談笑している。雰囲気の良い店だ。いつかお邪魔させてもらおう。


 人類が衰退してもなお、こうして人は生き続けている。

 街の風景は、そのことを改めて実感させてくれた。

 小さく、か弱い存在だけれど、知恵を駆使し、策略を練り、こうして根強く、粘り強く、確かにその存在を守り続けている。


 沢山の物が消え、新しい物が生まれたのだろう。

 壊れては造り、作っては壊れ、そんな気の遠くなるようなサイクルを繰り返して来ていて。きっと今はまだ、そのサイクルの最中さなかで。 

 人類が衰退した後、独特の文化を再び作り上げたこの世界で、雫は一体どんな生き方を見つけたのだろうか。

 

 僕はどう、生きていけばいいだろうか。


【それで、どんな女の子が好みですか?】

「もう言ってあるんだけどな……」

【……? すみません、良く聞こえませんでした】

「何でもありませーん。そうだなー、まず年下で――――」


 ゆっくりと探していこう。探っていこう。

 この世界での僕の生き方も。有り様も、そして……雫という人間の、正体も。


 僕は改めて、心の中でつぶやく。

 ハロー、ニューワールド。

 今日からどうぞ、よろしく頼むよ。


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