記憶B-1 -fragments of memories-
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――――とが。
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――――お――――る。
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――――おとが、――――る。
【脳波を確――――。-^4@;:3k@pき続@@3p2:――――】
――――音が、聞こえる。
【音声への応答、及び言語認識に伴う前頭葉の活性を確認。おはようございます。白絹雫様】
な……に……?
あさ……?
声を出そうとしたけど、喉からひねり出されたのは自分の物とは思えない、声とも言えないようなしゃがれた音だけだった。
え、っと……。ここ、どこだっけ。なに、してたんだっけ……。
笑ってしまうくらい働かない頭で、私はぼーっと思考する。
そうする間にも、無機質な音声は淡々としゃべり続けた。
【コールドスリープからの覚醒直後は、記憶の混濁が生じている可能性があります。状況確認のため、これからチュートリアルを開始します】
音声の言葉の意味をゆっくりと理解し、なんだ、じゃぁしばらくじっとしていようと、ひとまず私は機械的な音声に耳を傾けた。
数分の後、自分の置かれた状況をようやく思い出す。
二一五二年、人類が六度目の大量絶滅に直面した事。
その三年後の二一五五年には八十%以上が死滅することが予測された事。
人類の保全のため、「コールドスリープによる人資源の保存、及び人口の削減」という名の政策が進められた事。
「適性検査」で適正有りだった人間は、近しい人間をコールドスリープに入れることができる特典付きで、遺伝子導入の手術を受け、スリーパーとして長い眠りについた事。
そして五千年ほど経った今、私は再び覚醒したというわけだ。
……うん、大体思い出した。
五千年、経ったのかぁ。
あまりにも桁が多すぎて実感がわかないけど、とりあえず私の知り合いはみんなもう死んじゃってるわけだ。
はは、笑える。こっちは一晩寝て起きたみたいな感覚なのにさー。起きたらみんな死んじゃってました、とか、SF映画かよって。
……まぁ、いいんだけどね。覚悟は、決めたはず。シャキッとしろ、私。
【――――チュートリアルは以上になります。現在人類は『コロニー』と呼ばれるドーム状の建造物の中で生活を進めております。貴方の体はコロニー内にある、人類保護機構の研究センターに保管されています。コロニーでの生活や、その他の注意事項に関しては、研究センターの職員、並びに担当研究員から、説明があります】
はいはい了解でーす、と心の中で相槌を打ちながら、私は手足の感覚を確かめる。五千年も経っているという話だったけど、触った感じ肌や筋肉に衰えは感じられない。
良かった、毎朝毎晩頑張って保湿クリームでケアしてきた肌が、かっさかさになってたらどうしようかと思った。
……五千年経ってもまだ保湿クリームとかあるのかな。空気とか乾燥してたら嫌だなぁ……。
【それでは、機体の扉を開きます。その後は外に待機している職員の指示に従ってください】
がこんっ、と何か重いものが外れるような音がして、扉がゆっくりと横にスライドし始めた。
同時に、大量の光が機内に入り込む。
あまりの眩しさに目をぎゅっと瞑り、そして徐々に徐々に明るすぎる外の世界に視界を慣らしていく。
暗闇から、鮮やかな色彩溢れる世界へ。私は約五千年ぶりに、機内から足を――――。
「――――じゃなくて! ちょ、待って! 私、裸! 裸だから!」
外に職員さんいるんでしょ⁈ そんな中真っ裸で登場するって何の罰ゲームよ!
リアル・ヴィーナスの誕生ごっこ、みたいな?
機体から出てくるところと、貝から出てるところがそっくり! みたいな?
やかましいわ!
何ならストールみたいなのが真横で用意されてる分、あっちの方が状況はマシでしょうが!
と、心底下らないツッコミが頭の中を駆け巡っている間にも、容赦なく扉は開き続けた。私は観念して、とりあえず大事なところだけ手と腕で隠して、恐る恐る辺りを見渡す。
「おはようございます、白絹雫様。雫様のお目覚めを、人類一同、心よりお待ち申し上げておりました」
「あ、おはようございます。あの、着るものいただけます?」
数名の研究員が、深々とお辞儀をして私を出迎えてくてれた。
全員女性であることを確認して、私は少し安堵する。
顔を上げた髪の長い女性の一人が、間を置かず言った。
「あぁ……なんとお美しい……。まるでサンドロ・ボッティチェリのヴィーナスの誕生の様……」
「あの、すみません。その件は私の中で、もう一段落着いてるので、とりあえず服を……」
真ん中の女性が頬に手を当て、うっとりとした声音で答える。
「いえ。立体的である分、こちらの方がより美しく、艶めかしいですわ……。これが噂に聞く『魅了』の力……あぁ私、見ているだけで「いって」しまいそうですわ……」
「どこへなりとも勝手に行ってください……じゃなくて――――」
「雫様」
「はい」
最後に、メガネをかけたきりっとしたキャリアウーマン風の女性が言った。
「今日から私たち三人で、雫様の身の回りのお世話をさせていただきます。喋った順に、『雪菜』『葉月』『凛花』です」
「はぁ、どうも……」
「恥ずかしながら、雪月花、の文字を冠した三姉妹です。覚えにくければ、雪、月、花、とお呼びいただければ幸いです」
「いえ、それはちゃんとお名前で呼びますけど……」
「スリーパーの中でも数えるほどしか存在しないという、「カテゴリーⅠ」。その一人である雫様のお世話をさせていただけること、身に余る光栄に存じます」
「あー……別に私はそんな大した人間じゃ……」
「人類は衰退し、文明レベルは低下、色々と戸惑うこと等あるかと存じます……。ですが! 雫様にできうる限り快適に過ごしていただける様、私たちが全力でサポートさせていただきます!」
「ありがとうございます」
「ですので、分からない事、必要なモノ等ありましたら、いつでもお申し付けください!」
「あの、じゃぁそろそろ服をください」
「お呼びいただければ、即刻駆けつけますので!」
「あはは。私の声届いてます? もしかしてホログラムか何か?」
その後、「雫様はありのままの姿でもお美しいのに……」とかなんとかぶつぶつ呟く凛花さんが用意してくれた服を急いで着て、私はようやく一心地ついた。
この人、私が何も言わなかったら服用意してくれなかったんじゃないかな……。
◆◆◆
裸の王様ver.女、みたいな状況を回避した私は、次に「担当研究員」という人と会うために別の部屋へと足を運んだ。
建物の中の様子は私がコールドスリープの時に居た研究所とあまり変わらない感じがして、文明の衰退をそこまで感じなかった。
部屋に着くと、メガネをかけた丸っこい人が待っていた。この人が担当研究員らしい。
「烏丸翔太と言います! よろしくお願いします、白絹雫さん!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「いやぁ、しかし……何と言いますか……」
「……? なんでしょう?」
メガネをくいっと上げ、ジーっと私を見つめた後、しみじみと烏丸さんは言った。
「愛娘を見てる気分です」
「それは娘さんに申し訳ないと言いますか……」
「あ。僕、独身です」
子供いないんかい!
「それもう、本当に気分だけじゃないですか」
「いやー、そうなんですよねー。ふしぎだなぁ……。これが『魅了』……。人類最盛期の技術は本当にすごいなぁ……」
ほー、はー、と何度も頷く烏丸さんは、何というかすごく無害そうな男の人だった。
私が後天的に得ることになった『魅了』の能力は、男女問わず、なんなら生物種問わず、効力を発揮する。
その効果の出方には個人差があるけれど、所謂「繁殖期」にある男性には「異性」として、小さな子供には「母」として、そしてある程度歳を重ねた人からは「娘」として、私は愛される。
烏丸さんはぱっと見、私より少し年上、くらいにしか見えないんだけど……これも個人差というものだろうか。
「おっと、いけない。本題を忘れるところでした。白絹さんにはこれから、今の時代の『いろは』を知っていただきます。コールドスリープから出たばかりでお疲れの所すみませんが、少しお付き合いください」
「あ、分かりました。よろしくお願いします」
そうして一~二時間、私は烏丸さんから、文明衰退後の人類の歴史、そして「コロニー」内のあれこれについて教えてもらった。
基本的にスリーパーは優遇されるし、交付金なんかも出るらしい。
コロニー内で経済は回っているけど、他のコロニーとの交流とかもあって、そこで情報や物資のやりとりをすることもあるんだとか。
農業、畜産業みたいなものはコロニーの面積的に大々的に行う事はできないから、コロニーの外へ採集、狩りに行くことが多いらしい。
そこで問題になるのが、オーガ・インセクト、と呼ばれる、お化けみたいに大きい昆虫。写真を見せてもらったけど、あまりの迫力とグロテスクさに失神しそうになった。
「あはは、虫、苦手ですか?」
「いや、ゴキブリとかムカデとかなら、しせ……家に出てた事もありましたし、よく退治してましたよ。でもこーれはちょっと……」
規模が違いすぎる。
虫っていうのは小さいからこそまだ許せたわけで、でかくなったらもうアウトでしょ。
アウト寄りのアウト。超アウト。
「あはは、きっとその内慣れますよ」
「慣れ……? 私、外に出ないといけないんですか?」
運動神経は悪い方じゃないと思うけど、さすがに狩りはやったことがない。
できれば保育士とか先生とか……そっち方面で生計を立てていきたいと思ってたんだけど。
「そうですねー。言いにくいんですけど、できれば白絹さんには、オーガ・インセクトを駆逐していただきたいんですよね」
「おーが・いんせくとヲくちくシテイタダキタインデスヨネ」
「はい、『魅了』と『壊死』があれば、それができるはずだと、コロニー内は今湧いてるんです!」
勝手に湧かないで!
いや、確かに「魅了」は全生物に適用されるし、オーガ・インセクトも私を攻撃してくることはないだろう。懐いてきた所に唾でもかければ、一瞬で駆除する事もできる。
それにもう一つの能力、「無血」だってある。
狩りに向いてる能力なのは間違いないし、オーガ・インセクトを駆除すれば、食料調達の効率が格段に上がるのは私にだってわかる。でも……。
「む、無理無理! 無理ですよ! こんな気持ち悪い生き物に懐かれるとか考えただけで鳥肌が立ちますもん! ていうか、私の、その……だ、唾液? とか、かけようと思ったら、近づかなくちゃいけないじゃないですか! めちゃくちゃ近くに! 襲われないと分かってても無理です!」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと護衛もつけますから」
「そういう問題じゃ……ま、愛娘をそんな危険なところに送り込むんですかっ⁈」
こういう言い方はちょっと卑怯な気もするけど……でも行きたくない物は行きたくない!
情に訴えかける私の言葉に、烏丸さんは目を瞑って、しみじみと言った。
「昔の人は、言いました……」
「……はい?」
「かわいい子には、旅をさせよ」
「……」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす、って」
「ライオンの方がまだ生ぬるいわ」
烏丸さんは一生結婚しない方がいいと、私は思った。生まれてくる子供の為に。
その後、駄々をこね続ける私をなだめながらも、烏丸さんは「じゃぁやめておきましょうか」とは言わなかった。
それはきっと、オーガ・インセクトを駆逐する、ということが、私がこの世界で求められている役割だからなのだろう。
だって私は、スリーパーとしてのもう一つの役割を果たすことが、できないから。
「さて、そろそろ時間かな」
そう呟くと、烏丸さんは小さな端末を取り出した。
型は古いけど、携帯電話のようだ。へー、電波、通ってるんだ。
「あ、もしもし凛花さん? お疲れですー。終わったので「彼」を呼んで……え? 変な事? してませんよ、やだなー。どっちかっていうと娘みたいな感じで……え? そういうジャンルもある? 凛花さん、ちょっと知識が偏りすぎじゃ……あぁ、はい、はい。えぇ、連れてきてください」
後半の内容は一先ず置いておくとして……「彼」って誰だろう……?
疑問が顔に出ていたのか、烏丸さんが笑って言った。
「あぁ、「彼」っていうのは白絹さんの護衛です。この街で一番腕の良い狩人です」
「護衛?」
「えぇ、雪月花三姉妹は身の回りの世話を、狩人の「彼」は一番近くで、身の回りの警備をしてくれます」
「そんな王女様みたいな……大袈裟ですよ」
「あはは、王女様ですから――――っと来ましたね。こんにちは、天宮君」
「ちっす……」
「紹介します。こちら天宮君。天宮史郎くん。歳は十八、だったかな? 天宮君、こちらが噂の白絹雫さん。綺麗だよねー」
「……ちっす……」
十八、二歳年下か。
短く切った茶色い髪は清潔感があって、顔立も中々整っている。
ただ惜しむらくは目つきが悪い。というか、仏頂面? 悪ガキがそのまますくすく育ちました、みたいな感じ。
なんだかあの子たちを思い出してしまって、思わず笑みがこぼれる。
「こんにちは、天宮君。護衛、だっけ? まだあんまりよく分かってないんだけど……これからよろしくね?」
「……よろしく」
「んー? 声が小さくてよく聞こえないなー?」
うーわー! このつれない感じ、かわいいなぁ! ずっとこっち見ないし。
というか、この子「魅了」かかってないのかな?
話では、「視界に入った瞬間から効力を発揮する」って聞いてるんだけど……。
相変わらず下を向いたまま、私と視線を合わそうとしない天宮君と顔を覗き込む。
「……っ。ちけぇよ……」
「あ、顔真っ赤。あはは、なんだ。ちゃんと「魅了」かかってんじゃん」
「るっせぇな……不可抗力だっつの」
「ふふふ、お姉さんが魅力的過ぎて、顔も直視できなかったんだ? かわいいなぁ、天宮君は」
「そ、そんなんじゃねぇよ! てか、自分の事、魅力的とか言うなよ気持ちわりぃ!」
「お、ようやくこっち見たね。初めまして、天宮君。これからよろしくー!」
「~~~~……。んだよ、ペース狂うな……。よろしく」
口早に、ぼそっとそう言うと、天宮君は部屋を出て行こうとした。
んー、やばい、可愛すぎる。私この子の事散々いじり倒しちゃうかも。ごめんね天宮君。
「……何ぼーっと突っ立ってんだよ。行くぞ」
「ん? 行くってどこに?」
「家だよ、家! お前はここで寝るのか?」
「あ、そっか。なーに? 案内してくれるの? やっさしー」
「一々絡んでくんな! 仕事だからしょうがねーだろ!」
一々絡むのは一々突っかかってくるのが面白いからなんだけど、まぁそれは言わないでおこう。このつんつんした感じがたまらない訳だしねー。
烏丸さんにお礼を言って、研究室の外に向かう。「お気をつけてー」と言われた。どういうことだろう?
聞けば、凛花さんたちは先に家に向かい、色々と準備を整えてくれているらしい。すごいVIPサービスだ。
スリーパーはみんなこんな手厚い歓迎を受けてるのか、と聞くと「は? んなわけねぇだろ。あんたが特別なんだよ。嫌味か?」と言われた。何かと一言多い子だ。
私は良いけど、ちゃんと友達とかいるのかな? それはさすがに心配しすぎか。
エントランスロビーらしき所を過ぎ、私は外に出た。
そう言えば、起きてから初めての外の世界だ。
「え……?」
研究所は、街の中で一番高い丘の上にでも建っていたらしい。
コロニーの中が一望できた。
上を見上げれば、天井を覆う半透明の膜があった。なるほど、ドーム型にすることで風を凌ぎ、且つ熱効率も最大限まで上げてるってことか。
街並みは少し古めかしい印象を受けた。金属の加工技術が大幅に衰退しているという話だったから、木造建築が多めなのだろう。これはこれで統一感があって、美しさすら感じる。
私が驚いたのは、そこではなかった。
「おー! 出てきたぞー!」「きゃー! 綺麗!」「うっわほんとだすっげー!」「なんだこの感覚は……これが……恋っ⁈」「ちょっと押すなって!」「見えないんだよ、どけよ!」
凄まじい量の人、人、人……。テレビで見た、芸能人の出待ちをしているファンの群れを彷彿とさせた。
「なに、これ?」
「カテゴリーⅠが目覚めることは、ちょっと前から分かってたからな。どこから情報が一般人に漏れたんだか知らねぇけど……」
「え、私を見に来たの?」
「ま、そうなるな」
嘘でしょ……。
沢山の人の声が、視線が、熱が、エネルギーの塊となって私を襲った。思わず一歩、後ずさる。
レンズのついた機械が目に入った。大分旧式だけど……あれはカメラ、かな? もしかして中継? これテレビみたいに放送されてるの?
ちょっと前まで一介の大学生に過ぎなかった私にとって、こんなのは未知の経験だ。どう対応すればいいか分からない。
研究所の職員さんと思しき人たちが、野次馬たちを押さえつけて道を作ってくれてはいるけれど、私はその場から中々動くことができなかった。
そんな私を横目で見ていた天宮君が、鼻で笑いながら言った。
「はっ……」
「な、何よ……」
「びびってんのか?」
「び、びびってなんかいないわよ!」
「じゃぁ、怖気づいたか?」
「怖気づいてもない! ってか、その二つ大体意味一緒だから!」
「じゃぁ堂々としてろよ。これが、この世界でのあんたの価値だ」
「……」
私の価値。
私が存在する意味。
私がこの世界で生きる意味。
想像していたよりも遥かに大きくて、重くて、思わず面食らってしまうけれど。
「そうだよね……」
それでもあの時決めたじゃないか。
私は前を向いて、明るく、楽しく、この世界で生きていくんだって。
「うん。ありがと、天宮君」
「はっ……世話の焼ける、めんどくせぇやつだぜ」
「言っとくけど君も相当だからね?」
「んだと⁈」
ちょっと変だけど、私を迎えてくれる三姉妹もいる。びっくりするくらい生意気だけど、多分性根は優しい男の子もいる。
うん、大丈夫、きっとやっていける。
私は顔をしっかりと上げて、人ごみの中に一歩、足を踏み入れた。
ハロー・ニューワールド。
そう心の中で、小さく挨拶をして。




