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十:ザ・シューティング・バトル(後編)

【確認ですが、楓。貴方は緊張しない、そうですね?】

「うん。それは問題ない」


 僕は意識すれば「緊張」というストレスを和らげることができる。

 詳しく言えば、緊張の元となるノルアドレナリンや、それに付随していくつかの脳内ホルモンを抑制、あるいは分泌することで制御しているらしいけれど、細かい事は良く知らない。


【なら、今回もその状態をキープしていてください。貴方の手元がぶれない確率が高くなる程、勝率も上がります】

「いいけど……アイはどうやってサポートしてくれるの?」

【先ほど確認しましたが、ボウガンに付いているデジタルスコープを、CMSUとつなぐことができるようです。既に接続は完了していますので、スコープの中を覗いて、一度打ってみてください】


 へぇ、そんな事ができるのか。

 アイに言われた通り、まとに向かってボウガンを構え、スコープの中を覗いてみる。

 上下左右から一本ずつ線が入っただけの、簡単なデザインだ。この真ん中に的が来るようにして、トリガーを引けばいい、ってことだよね?

 試しに青色の動かない的を照準に合わせようとする。


「っ……難しいな、これ……」


 自分が思っている以上に、手は小刻みに揺れていて中々照準が定まらない。左手を添え、なんとか真ん中に的を持ってきたところで、トリガーを引く。


 バシュッ


 という空気の抜けるような音と共に、矢が放たれた。


「うわぁ……全然だめだなこりゃ」


 矢は明後日の方向……と言う程でもないが、的からは完全に外れ、遠くに落ちた。

 トリガーを引いた時に照準が下がり、更に打った瞬間の反動も加わり、僕が意図していた場所には当たらなかった。


【……射出口のずれ、反動の影響をアップデート、打ち方の癖をランダムファクターとしてプロヴィジョナルセット。楓、次は脇を締めて構えてください】

「こ、こう……?」

【そうです。体はもう少し斜めに、足は大きく開いて……そう、そうです。では、スコープの中央が赤くなったらトリガーを引いてください】


 言われるがままにフォームを直し、再度スコープの中を覗いて的に照準を合わせる。脇を締め、体勢が安定したためか、さっきよりもブレが少ない気がする。


「お……?」


 的をスコープの中に入れていると、アイの言った通り中央が赤くなった。

 反射的にトリガーを引く。

 さっきと同じく射出口から飛び出した矢は、今度は的のふちをかすって、また地に落ちた。


「い、今のは……?」

【楓のボウガンの打ち方や癖をデータ化し、射出される矢の軌道を予測、「今」打ったら八割以上の確率で的に当たるという計算結果が出た時のみ、スコープ中央に赤色のポイントを出しました。まだ情報が少ないため、データのバリアンスが広いですが、打てば打つほど情報の精度は上がっていきます】

「なにそれすごい」


 なるほど、だからこそ「緊張で打ち方にムラが出る」様な状況は避けたかったわけか。

 うまいヘタはともかくとして、緊張しなければ、その分安定した打ち方をできる。もちろん素人だから、ゼロにはならないだろうけど。


「よし、今度こそ……っ」


 矢をリロードし、再び的を見据える。赤色のポイントがチカっと光った。息を殺し、そのポイントが消えない間にトリガーを引く。


 ぱりんっ


 という今まで聞いたことのない音と共に、青色の的が砕け散った。


「あ、当たった! 当たったよアイ!」

【ふふ、おめでとうございます、楓。その調子で本番もお願いします。大事なのは安定した射出体勢と、スムーズなリロードです。がんばりましょう】

「おっけー、了解。カイトさん、お待たせしました」


 随分前から準備を終えていたカイトさんは、僕の様子を見てにかっと笑った。


「いい腕前じゃないか」

「いえ、アイ……CMSUとAIのお陰です」

「それもまた実力の内だ。三度目で当てられるなんて大したものだしな。だが……」


 慣れた動作でボウガンを持ち上げ、カイトさんは定位置に付いた。


「勝つのは俺だ」

「負けません」


 僕も定位置について、ボウガンを構える。


 スコープの中にさっきまではなかった表示がついた。

 2:00とある。制限時間を示しているのだろう。


 青は五点、赤は二十点、緑色は五十点。

 青色は地上二メートル位の位置にランダムに配置され、赤色、緑色は小さなプロペラを回して、一定空間内を飛び回っている。 


 二分間で多く点を取った方の勝ち。

 

 うん、ルールはいたってシンプルだ。


『それでは始めまーす! よーい……スタート!』


 保育士さんの中の誰かがアナウンスをし、試合開始の合図の笛を吹いた。


 瞬間、ぱりんっ、と的の割れる音が響いた。

 僕はまだ、スコープをのぞいたばかりだ。


『おーっと、カイトさん早い! 早速青色の的を一枚奪取! 五点入ります!』

「――――っ」


 早い……!

 何がボウガンはそんなにうまくない、だ。十分やり慣れてるじゃないか。


【楓、落ち着いて。まだゲームは始まったばかりです】

「……うん、分かってる。まずは一枚、だね」

【はい、サポートはお任せください】


 今までで一番アイが頼もしく見えた気がした。内緒だけどね。

 僕は緊張を取り除き、リラックスした気持ちでスコープをのぞき、練習通りにトリガーを引いた。乾いた音が響く。


『楓さんも負けていません! お返しとばかりに青色の的を砕きました! 五点入ります!』


 矢をリロードし、再び的を見据える。

 動く赤色の的の方が点数は高いけど、あれを狙えるほどの技量は、今の僕にはない。

 想像していたよりもずっと早く動いている。しかもぱっと見、その動きに規則性がない。緑色に至っては残像しか見えない。この二色の的は、狙うだけ損と言うものだ。

 青色を着々と狙っていくのが、正攻法だろう。

 カイトさんも同様の考えらしく、青色の的を着実に取っていく。

 

 ばりん、ばりんと的を取るにつれて、僕はこのゲームのもう一つの側面に気付いた。

 それは、このゲームは点取り合戦であると同時に、陣取り合戦でもあるという事だ。


 一度砕いた的は、元には戻らない。

 つまり、カイトさんが手に入れた分の青い的は、僕の点数にはなり得ない。

 カイトさんが赤色を狙わないのであれば、より早く青色を砕いた方が勝利に近づく訳だ。


『おぉおお! 両者一歩も譲りません!』


 計二十枚あった青色の的は、残り九枚になっていた。

 カイトさんが六枚、僕が五枚。

 最初のスタートダッシュの差分が効いている。どこかで逆転しないと……。


【リロード時間と残り時間から計算すると、楓が打てる本数は残り六本です】

「オッケー」


 どこかで逆転の目を狙うにしても、一本も外すわけにはいかない。


 再びスコープをのぞき、これまでと同様に赤いスポットが出た瞬間にトリガーを引く―――― 


 瞬間、スコープの中の的が爆ぜ散った。

 僕の打った矢は、さっきまで的があったところを虚しく素通りしていく。


「なっ……!」

【先取りされましたか……!】


 青色の的の位置はランダムではあったものの、僕とカイトさん、それぞれに近い位置の的があった。

 カイトさんは左から順に、僕は右から順に、それぞれ自分の立っている場所から近い位置の的を狙っていた。

 しかし枚数が少なくなってきて狙う的の選択肢が少なくなってきたところで、カイトさんは僕に近い方の的を砕きに来た。

 僕の狙っている的と、撃つタイミングを予測して。

 

 結果、カイトさんの目論見通り、僕とカイトさんの点数差は的二個分となってしまった。

 点取りゲームでもあると同時に、陣取りゲームでもある。それはちゃんと分かっていたのに……っ!


『おーっとここで点差は十点になってしまったー! 楓さんは少し苦しいかー⁈』

「くっ……」


 リロードし直し、青色の的を再び砕くが、点差は当然縮まらない。

 カイトさんが四十点で、僕が三十点。青色二枚分の差。


 カイトさんのミスを待つか?

 いや……もし仮に運よくカイトさんがミスしたとしても、良くて同点。逆転する事はむずかしい。

 

 時間は無常に過ぎていく。


 点差は縮まらない。


 園庭にアナウンスが響く。


『さぁ、制限時間残り十秒! このままカイトさんの逃げ切りとなるのかー⁈』

「……っ」


 その時、胸の奥である感情が沸き起こった。


 それはあまりにも単純で、明快で、笑っちゃうくらいに子供っぽくて。

 そしてどうしようもなく力強くて、荒々しくて、暑苦しい感情。


 負けたくない、勝ちたいという想いだった。


(あ、はは……)


 僕は胸の内から湧き出たその感情を、優しくそっと抱きしめる。

 ()()()()()()()

 理屈も理由もないけれど、僕はこれが、自分の本当の気持ちだと確信できた。


(そうだよ、勝ちたいよ)


 だから僕は増幅する。その気持ちを強く、大きくし、体中に巡らせる。

 

 負けたくない。

 

 勝ちたい。


 勝ちたい!


 例えそれが、どれだけ小さな勝負であったとしても!


「アイ!」

【楓!】

 

 僕は矢をリロードし、ボウガンを今までよりも上に構える。


「赤を狙う!」

【赤を狙ってください!】


 赤い的は素早く動き回り、その動きを素直に追っていては絶対に外してしまうだろう。

 僕はボウガンを動かさず、スコープの中に出たり入ったりする赤色の的を見据える。



 ()()()()()()()()()()()()()



 時間がゆっくりと流れているような、僕だけが世界の流れから取り残されているような――――相変わらず不思議な感覚だ。


 赤色の的の動きすらも、ゆっくりと流れているだけの様に錯覚する。

 すーっと。滑る様に赤色の的が僕の視界に入り込んだ。


 刹那、姿勢を崩さず、僕はトリガーを素早く引く。




 ぱしっ




 スコープの狭い視界の中に、赤色の破片が散った。


『し、試合終了――――! 最終スコアは五十五対六十で、楓さんの勝利です! 滑り込みの大逆転勝利! お見事です!』


 スコープから目を上げた瞬間、どっ、と音と時間が戻ってきた。

 声援や野次、拍手が音の奔流となって僕にぶつかってくる。

 あぁ……やっぱり反動がでかいな……。


「負けたよ」


 目元をぐりぐりとほぐしていると、程なくしてカイトさんが手を差し伸べてきた。


「悔しいが、完敗だ。まさか赤色の的を壊すなんて思わなかった」

「あはは、たまたまですよ。正直、あのまま負けると思ってました」


 ちょっと反則技も使ったし、と心の中で付け足す。まぁそれはおまけしておいてもらおう。


「俺も勝てると思ってたさ。あの状況で赤い的を狙う判断力、そして当てる運と実力。どちらも素晴らしかった」

「あ、ありがとうございます」

「うむ、雫さんを任せるにふさわしい実力を持っているじゃないか! はは! これなら安心だな!」

「いやぁ……任せられても……」


 僕の右手を握り、ぶんぶんと握手をするカイトさんは、それはそれは晴れやかな笑顔をしていた。悪い人じゃないんだよなぁと、思わず笑いがこぼれる。


「楓、って呼んでもいいか?」

「えぇ、もちろん。楽しかったです、カイトさん」

「俺もさ! またやろう! ……お、マイハニーが呼んでいるな。慰めてもらうとするか」


 そう言うと元気に手を振りながら、カイトさんは金髪の鮮やかな彼女さんの元へ颯爽と歩いて行った……が、途中、こちらに歩いてくる雫とすれ違うと、だらしない顔で会釈をした。なんとも締まらない人だ。

 ただ、そんなカイトを、彼女さんは呆れた顔をしながらも笑って見つめていた。

 アイドルが大好きで追っかけをしてしまう彼氏を見ている、そんな気持ちなのかもしれない


「あらあら、勝っちゃいましたね」

「負けて欲しかったみたいな言い草だな」


 自分がけしかけておいて良く言うよ、ほんとに。

 くすくすと笑って、雫は続けた。


「しかし、感情制御コントロールっていうのは、ああいう使い方もあるんですねー」

「よく気付いたね……」

「アイさんの補助があったとはいえ、動かない的を壊すのが精いっぱいだった人が、いきなり赤色の的を壊したんですから、そりゃ何かやったなって思いますよ。馬鹿あなたじゃないんですから」

「今「馬鹿」に「あなた」ってルビが見えた気がするんだけど、気のせいだよね?」 


 ただ、雫の予想は当たっている。驚くほどに鋭い。地頭が良いっていうのは、こういう子の事を指すんだろうな。


 僕がやったのは、所謂「ランナーズハイ」と呼ばれる現象だ。「フロー」もしくは「ゾーン」、なんて言われたりもする。

 脳内のエンドルフィンとアドレナリンを極限状態まで弄り……要するに、超集中状態になったってことだ。

 その状態だと、時間の流れが少し緩やかになったように錯覚する。赤色の的を撃てたのは、これが原因だ。僕のポンコツ能力の……まぁ数少ない有用な技みたいなものだ。


「それ……ても……の能力……情の……御という……りは…………」

「ん、ごめん、なんて言った?」

「ちょっと一勝負勝っただけでいい気にならないでください、このベニガオザル、って言いました」

「だからそいつはどんな顔してるんだよ……。第一、僕はいい気になんてなってないし」

「あらそうですか。それならいいんです」

 

 肩をすくめ、雫は僕が使っていたボウガンを拾い上げた。近くにあった矢を拾い上げ、じゃこん、とリロードする。


「相手が弱かっただけで、貴方のボウガンの腕はまだまだ未熟です。この世界で生き抜くためにはせめて――――」


 のんびりと喋りながら、雫は流れるような動作でボウガンを片手で構えた。

 まだ片づけられていない的に向かって、すぐさま矢を打ち放つ。




 ばりんっ




 と的が割れた。()()()()()がぱらぱらと空中を舞う。


「――――これくらいの腕前にはなってもらわないと」

「……まじか」


 まだ残っていた園庭内の人達から歓声が上がった。

 僕とカイトさんが試合をしていた時よりも大きな歓声だ。別に悔しくはない。ここまで鮮やかに実力差を見せつけられては、そういう感情もわかないというものだ。


「ふふ……まぁ気分が乗れば、レクチャーしてあげないこともありません。気分が乗れば、ですが」

「未来永劫なさそうだな」

「失礼ですね。一年に一回くらいはあるかもしれませんよ。さ、後片付けをしちゃいましょう?」

「あぁ、そうだな」 


 僕は首肯し、地面に落ちた矢を箱に詰めていく。

 というか、雫はそもそも魅了と壊死の能力があればどんな生物相手にも勝てるんだから、ボウガンが上手い必要なんてないんじゃないのか……? 

 人類最強の力を持つやつが更に上を目指してどうするっていうんだ……。

 そんな事をぶつぶつと考えている時、ふと気になったことがあって僕はアイに質問する。


「そういえば……。アイもあの時、【赤色を狙え】って言ってくれたよね。どうして?」

【難しい話ではありません。あの段階で、赤色の的は一枚も破壊されていませんでした。的の動きはランダムでしたが、動ける範囲は常に一定です。つまり、枚数が多い程、密度が高い。適当に打った時、偶々的に当たる確率が、あの状況で最も勝つ可能性の高い手段だったので、作戦の一つとして提示しました】

「あー、そういうことか」


 というか、あの時点で僕の勝つ確率は相当低かったんだな……。


【楓の体の動きや筋肉量、体力、その他(もろ)(もろ)のデータはこれから随時アップデートしていく予定です。シューティング・バトルや戦闘においては今後もサポートできるかと】

「あはは、シューティング・バトルはともかく、戦闘は特に予定ないなぁ」


 後片付けをしながら、そんな反省会をしていると、雫が楽しそうに言った。


「うふふ、良いコンビですね。アイさん込みの実力があれば、連れて行っても大丈夫かもしれません。そうですね、そうしましょう」

「どこに?」

「決まってるじゃないですか」


 雫が親指でびしっと指し示したのは、はるか先、コロニーの入り口方面。


「コロニーの外。オーガ・インセクト狩りですよ」

「いや、謹んで辞退させていただきます」

「だめですよー、もう決めちゃいました」


 そう言いながら、くるりと回ってコートとスカートの裾をなびかせた雫は、なんだかとても上機嫌に見えた。


「後片付けが終わったら、帰って祝勝会にしましょう? 今日はおいしいお肉を分けていただいたので、うまく調理してくださいね?」

「何が悲しくて自分の祝勝会の料理を自分で用意しなくちゃ……まぁいいけどさ……」


 こうして。 


 この日の噂はゆっくりと広まっていって、一条楓は白絹雫の「護衛」としてそこそこできるやつ、という認識になったみたいだった。

 とは言っても、やっぱり時折、嫉妬みたいな視線は感じるし絡まれたりもするんだけどね。


 ただよく分からなかったのは「護衛」という言葉。

 機会がなくて誰にも聞けなかったんだけど、一体どういう意味なんだろうか。


【私のデータベースに該当する情報はありません】


 アイですら分からないその単語に、僕は頭の片隅で引っ掛かりを覚えた。


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