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短編03 ウサギ娘 (1/4)

とりあえず出来た分だけ更新

20130305 タイトル修正

 最初の切っ掛けはなんだったか。もう記憶も定かじゃない。


 ただ、僕は当時彼女達よりも彼女達の母親に出会っていた。


 近所のお姉さん、と言っても良いほどに美人で若く、仕草一つ一つが可愛らしい。幼心にも魅力的だった。同じ団地の同じ棟に住んでいたからか、何度か見かけて目で追いかけていた。


 その日、僕は家の鍵を忘れた。まだ冬も終わりかけで、寒い日だった。学校から帰ってきて、鍵がない事に気付いたのだ。仕方なくドアの前でしゃがみ、両親を待っていた。


 共働きだ。何時になるとも分からぬ帰りを寂しく待っていた記憶がある。


 幸運、だったのだろう。お姉さん、と当時は思っていた女性に声を掛けられた。


「どうしたの?」


 大きく膨らんだスーパーのビニール袋を片手に持ち、高いブランド物に身を包んだ、憧れの人という言葉が似合う女性だ。僕は答えにくくて、つい俯いてしまった。


 彼女は暫くそこにいて僕の答えを待つ。その時は多分、はやく何処かへ行って欲しかったのかもしれない。けれど、もう忘れてしまった。


 一際冷たい風が吹いた後、僕は鍵を家の中に忘れて、両親が帰ってくるまで入れない、と答えた。細部は不確かだけど、その様なことを答えたのは確かなのだろう。


 彼女は「じゃあ、ウチに来る?」と僕に聞いた。それになんて答えたのかは忘れたけれど、きっと頷いたのだろう。僕は彼女の部屋に招かれた。


 同じ団地の、同じ棟の、同じ階。右隣のも一つ向こう。今もそうだ。僕はそこに招かれ、二人に出会った。


 **************************


 私の娘、と彼女を紹介されたとき、僕の初恋が終わった。本当に初恋だったのかは分からない、けど今ではそう思っている。というか失恋に気付きすらしななかったのだろう。


 そこから数秒だけは今でも鮮明に覚えている。


 薄暗い部屋だった。彼女は窓から外を見ていたのだろう。明るさを抑えた蛍光灯が照らす室内で、ぼんやりと光を放つような白くふんわりとした、長く豊かな髪の毛が流れる背をこちらに向けていた。


 頭の上の、彼女の母親と同じ耳がぴくりと揺れる。お姉さん、……彼女の母親に促され、僕は部屋に歩みを進める。足を進めると同時に彼女がゆっくりとこちらに振り向いた。


 桃色が透ける透き通るふっくらとした頬が髪の向こうから見え、ついで柔らかな鼻梁が見える。


 彼女が顔をこちらに向けるにつれ、部屋の中も明るくなるように感じた。

 肌は当時ならソフトクリーム、今なら求肥と表現するだろうほどに、透き通るように白く、見ただけで柔らかさを感じる。

 そして、白い雪のなかで両の瞳だけが鮮烈に紅い。


 雪うさぎ。部屋の暖かさに溶けてしまいそうなほど美しく白い少女だった。


 おばさんの「しいな」と彼女を呼ぶ声だけがやけに大きく聞こえ、彼女の名前を、今も僕に強く刻みつけている。


「ママぁ」


 柔らかさや甘さすら感じさせる声。彼女は微笑んだ。その笑顔だけで部屋が明るくなったよう。

 両手を軽く合わせて胸の前に置き、首を少し傾げた笑顔は僕を強く魅了してしまう。


 彼女は駆け、僕の横を通り過ぎて母親に寄り、両手を賢明に母に向けて伸ばした。


「ね、ママ、ママ、そのおにーさんどうしたの?」


 おばさんはその手を取り、笑顔を娘に向ける。


「んーとね、遊び相手」


 おばさんは少し考えてからそう言う。僕に顔を向け、「いいよね?」と聞くようにウィンクする。僕は首を縦に振り頷いた。


 彼女を見ると、僕の顔を見つめている。笑顔だ。僕に笑顔を向けてくれている。僕は彼女に手を伸ばす。


 何て言って良いか分からず、ありきたりな挨拶をした記憶がある。


 彼女が僕の手を取った。この頃から小さくて、柔らかな手だ。ろくに運動していないのだろう、細く頼りない手首を見えた。


「この子ね、体が弱くて外で遊べないの。何か相手してやって?」


 僕はおばさんに頷いた。


「あそぼ、あそぼ!」


 しいなは僕の手を握ったまま振り返り、奥の部屋に向け引っ張るように駆け出す。彼女自身の勢いで腕を痛めないよう半ば無意識的に僕は追いかけるように歩く。


 奥の部屋は何かフィルムが貼ってある大きめのガラス窓から入る暗い光によって明るさを得ていた。

 学習机やテレビ、化粧台があり、しいなの遊び場兼勉強部屋、というわけではないようだ。

 化粧台の上には高そうな化粧用品が並んでいた。

 しいなのものではなく、おばさんのものか。

 中央に背は低いが大きめのテーブルがある。団欒の場、なのだろう。

 学習机はなぜか二つある。

 不思議だと思ったのが顔に出たのか、僕の手から離れたしいなが「こっちがわたしの」と行って白いランドセルが置いてある方に歩み寄って手を机に乗せた。


「あっちがみのりの!」


 と、しいなは続けてもう片方の学習机を指さす。そして説明は終わりとばかりに僕に駆け寄ってきた。


 「なにしてあそぶ?」


 遊び道具は何があるのか、と部屋の中を改めて見回すと、テレビゲームや積み木、パズルといったような運動しない遊び道具や本が多い。


 僕が遊びたい物を選ぶわけにはいかない、と幼心に思ったのだろう。どれがいい、としいなに聞いた覚えがある。


 なにがいいかな、と遊び道具が纏めてあるところでしゃがみ、悩み始めるしいな。

 僕がその様子を眺めていると、おばさんが部屋の中に入ってきて僕の名前を呼んだ。


「わたしね、これから出かけなきゃいけないの。おうちには伝言を郵便受けに入れておいたから、パパとママが帰ってきたら電話が来ると思うわ」


 僕は、「ありがとう」と答え、頭を下げる。

 おばさんは僕の頭が上がるのを見届けてから、


「それじゃあ、しいなのこと、お願いね。もうそろそろしいなの妹の、みのりが帰ってくると思うわ」


 おばさんはそう言い、化粧台の前の丸く小さい椅子に座り、化粧を始める。


 しいなは何にするかなかなか決まらないのか、まだ選びあぐねていた。

 それから数分くらい迷い続け、ゲームソフトを一つ選んだ。


 その時だった。

 

「ただいま」


 しいなによく似た声が玄関のほうから聞こえてくる。元気はないようだ。


「おかえり!」


 しいなは耳をぴくりと動かして玄関の方へ顔を向けてしいながら声の主に応える。


 僕は誰だろうと玄関の方に顔を向けた。


 部屋に入ってきたのは女の子だ。

 しいなと同じくらい。顔も似ている。

 ただ、しいなと同じくウェーブの掛かった髪の毛は黒く、肩のあたりで切りそろえている。


「おかえり、みのり」


 お化粧をしながらおばさんが女の子に言う。


「今日も私行かなきゃならないの。ご飯はお総菜が冷蔵庫にあるから」


 当時は仕事か何かかなと思っていた。


 女の子はおばさんに応えない。そのまま学習机の上に黒いランドセルを置いた。

 そこでようやく僕に気付いたようだ。

 ランドセルのベルトを持ったまま、僕の顔を見て止まる。

 目を見開き気味なのは驚いているのだろう。

 しいなとは違って瞳は黒く、肌も血色が良い。


 確か挨拶を軽くして自己紹介をした。すると彼女は顔を逸らしてしまう。


「わたし、みのり」


 とだけ言って、学習机の椅子を引き、こちらに背を向けて座ってしまった。


「あ、そうだ」


 後からおばさんが声を掛けてくる。


「あなた、たしか上級生よね? しいな達より先に小学校に行っていたから」


 僕はおばさんに向きなおり頷いた。


「しいなとみのりのお勉強も見てもらっていい? 時々でいいから」


 聞いた瞬間、僕の胸は決まっていたと思う。

 しいなと一緒にいられる時間が増える、というのは嬉しかった。


「しいなは学校にあまり行かないし、みのりもあまり得意じゃないみたいなの」


 おばさんはその後も言い訳のように続けた。今思えば、本当に言い訳だったのだろう。

 本音はきっと彼女が愛人に会いに行くときにおいていく二人が心配だったのだ。


 彼女の言い訳を、大半覚えていない。

 途中で遮って、やることを伝えた記憶がある。

 それを伝えたすぐ後に、横から何かもの音がした。


 そちら見ると背の低いけれど広いテーブルに教科書やノートが広げられており、その前にみのりが座っていた。


「……はやく」


「まあ珍しい。みのりがやる気ね」


 ちょっと驚いたようにおばさんは少し微笑んだ。

 そうして化粧台の横に置いたブランド物のバッグを手に取り、クローゼットから高そうなコートを出して身につける。


「それじゃあ、私いかなきゃならないから」


 二人をよろしくね、と僕に言って出て行った。

 いってきます、というおばさんに二人が行ってらっしゃいと見送る。

 僕もそれに続いた。


 二人を改めてみると、しいなは胸の前にゲームソフトを持ち、少し不機嫌そうに顔を歪めているが、だけど、みのりは心なしか表情が明るい。

 その時は理由が分からなかった。


 僕はしいなに勉強をやろうかと促し、テーブルの前に座る。

 しいなは少し嫌がった。けれど、


「おねーちゃん」


 とみのりの一言で、しぶしぶ自分の机から教材を取ってきて、テーブルの上に広げる。

 しいなとみのりが広げた教材は同じ物だった。

 後で知るが、二人は双子だからだ。


 僕はその当時、勉強はあまり得意ではなかったが、二人はまだ小学四年生だった。

 六年生の僕の前に二人が広げる教材は2年前にやった物ばかりだ。

 教えるのはスムーズだった。


 しいなは頭が良いのだろう。

 本当に学校に行っていないのかと思うほどよく出来た。

 みのりは理解力が足りないわけじゃない。

 当時既におぼろげだった自分が四年生の時のことを思い出しても似たような感じだったと思う。

 今はもう思い出せないが。


 ただその時からだ。教えるのが楽しくなったのは。

 もっとも、その時はまだ「二人に」限定ではあった。


 ともかく、どんどん先に進むしいなのために復習したり今やってることを完璧にしたり、時折つまずくみのりのために分かりやすくしようと頭を悩ませたりした。

 そうして二人に教えるために、僕はもっと勉強するようになった。


 二人のために。

 この時から僕はそうやって生きている。


 時間が無いおばさんに代わり二人のご飯を作るようになったし、しいなに嫌われないよう身なりにも気を使った。


 二人のお陰で今の僕がいる。

 そうして、時間は今に至る。


 僕はしいなに好意を伝えず、二人の気持ちを知ろうとせず。

 二人に勉強を教えるお兄さん、としての立場に甘んじて、7年、経った。

続きは暫くお待ちください。


今回、改行を多めにしてみました。好評でなければ次回から前のように戻します


(改)場面転換時に記号の羅列を追加。

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