短編02 コウモリ娘 後編
やっと出来ました。大変お待たせして申し訳ありません。
夜。
僕も彼女も俯き、湯飲みを抱えて会話が無かったところに父さんが帰宅。そのままてきぱきとコンロや鍋の用意をして整えてしまった。
「お嬢さんはお箸使えるのかな?」
「はい、故郷ではお箸を使っていた物ですから」
彼女によると落下しても割と安全だかららしい。逆さで食べる事も多く、落とした時の安全確保は必須。だからお箸が集落に入ってからはお箸を使っていたようだ。
鍋の中は昆布と鰹節で出汁を取り醤油で味付け、あとは肉と白菜が煮えつつある。いわゆる寄せ鍋だが、我が家ではこれを肉鍋と呼称している。肉と白菜しか入れないからだ。牛肉を使うのは珍しい。だが父さんの機嫌が良いから、というだけの理由では無いだろう。彼女のレジ袋に入った肉も、牛肉だった。
と、思ったら父さんは豆腐とかまぼこを鍋に投入した。僕が不思議な顔をしていると、父さんはたまには良いだろ、と呟いた。普段はめんどくさいと言って肉と白菜しか用意しないのに、かまぼこは等間隔の厚さで切られ、豆腐は食べやすい一口サイズ。父さんの後にあるお盆を見ると、他にも様々な材料が下ごしらえを済ませて載せてある。普段の父さんからは考えられない程、手間がかかった材料だ。あと3人で食べるには多い気がする。
どれだけ機嫌がいいのだろう。そしてその理由は何だろう。
「もう少しで肉が煮える。好きなだけ食べていいんだぞ」
肉を勧めるのはいつも通りだった。
「はい、ごちそうになります」
そういえば彼女はどうやって箸を持っているのだろう。彼女の手は普通の指が2本しかない。気になって彼女の手元を見ると、2本の指で挟んで持っていた。箸自体も普通の2本使う箸ではなく、1本の竹ひごを中央で曲げてピンセットのようにしたものだ。これなら楽に使えそうだ。
先割れスプーンをプレゼントしたら喜ぶかもしれない。
肉が煮えたようだ。父さんが蓋をあけ、彼女の器に肉たくさんと少しの白菜を取り分ける。開いたスペースに肉や肉以外の材料を入れた。
「お前は勝手に煮えたやつとって食えよ」
父さんは僕にそう目で示した。仕方ないので自分でよそって食べる。
食事中、僕や父さんが質問した彼女が答える、というような会話が続いた。どこに住んでたのか、どんな暮らしだったのかとか。それに、日本に来た理由も。
彼女、彼女達は留学生だったのだ。故郷じゃ前時代的で不便な洞窟暮らし。だから建築学を学んで、故郷で彼女達にも建てやすく住みやすい家を考えるのだそうだ。彼女の友人達も、日本だけじゃなくアメリカの学校に留学し、それぞれ学ぶべく故郷を発った。
「の、ですけど、まさか普通の住居がこんなにも暮らしにくいとは思わなかったんです」
彼女は器と箸をテーブルの上に落とし、俯いた。
「空を飛べる亜人用の住居は天井が高いから暮らしやすいと思うが、そちらは借りれなかったのかな?」
父さんが彼女に質問をした。この街の外れになってしまうが、亜人用のマンションがある。そこの部屋は天井が高い作りで空を飛ぶ亜人にも優しい作りになっているという話だ。そういえば、あそこを借りると。
「補助金もあるって話だけど」
僕は思考から漏れた言葉を言う。部屋が広いので、どうしても賃料が高くなる。だが体が大きかったり空を飛ぶしか出来なかったりで普通の部屋に暮らせない亜人が借りれないでは本末転倒だ。だからか、あのマンションは国から補助金が出る、と聞いた。
「補助金の条件に合わなかったんです。鳥系の獣人、もしくは身長が250cm以上。コウモリは鳥じゃないですから」
哀しそうな顔で言い、彼女は肉をほおばる。少し、表情が明るくなったようだ。肉、好きなんだな。眉尻が下がり落ち込んでるのは変わらないが、肉で機嫌が良くなっているのか。
しかし、鳥系の獣人という条件だったとは。空を飛べるなら、とは思ったけれど鳥系が条件なら、仕方ない。変な条件だなと思うが、鳥系獣人はほぼ全て飛べるし、他の獣人はコウモリ人を除いて飛べないのだからそういう条件になるのも、分かる。
僕がそうやって考え事に没頭仕掛けたとき、父さんが僕の名前を呼んだ。
「少し、出かけてくる」
そう言い残して父さんは立ち上がる。
「え、どこへ?」
「少し、な」
録に返事もせず、父さんはリビングから出て行った。
少しの間呆然として、僕が慌てて追いかけると父さんは玄関で靴を履いていた。
「どこに行くのさ?」
「少し借りてくるだけさ。それよりお前のお客さんの面倒を見てやれ」
父さんは玄関に置いてある鞄を持ち、出て行った。彼女を放って追いかけるわけにもいけない僕は、音を立てて締まった玄関の戸を少しだけ見て、彼女の所に戻ることにした。
彼女の器もそろそろ空になる。彼女は座った状態から自力で立てないため、鍋からよそうのは難しいはずだ。お肉を煮すぎて硬くしたものを食べさせるわけにはいかないだろう。
「あの」
呼びかけられ、僕は彼女に顔を向ける。
「何?」
僕は短く続きを促した。彼女の顔は俯いたり僕の方に向いたりと、迷っているのかも知れない。少しの間、彼女が言おうとして止め、そしてまた言おうとする、というのが続いた。
「あの」
そして彼女の目がまっすぐ僕に向けられる。
「どうして、その、ここまで私に良くしてくれるんですか?」
どうして、か。
「同情……ですか?」
言うのは気が引けたのか声が弱々しくなり、再び彼女は俯いた。
「不自由な私に……」
その後は声にならなかったようだ。唇が弱々しく動いただけだ。
同情があったのは事実だ。それと下心が無かったわけでもない。
「その、困っている人を見つけたら助けなさいって」
「それだけですか?」
鋭い。彼女は、僕の胸の内を知っていたのだろうか。たしかに、理由としては弱いものだ。一つ大きなものをあげるとするなら。
「ただ、見過ごせなかったんだ」
彼女の顔は窺えない。
「その、可愛い女の子が困ってて、それを見過ごせなかったんだ」
仮に、彼女が男だったら助けなかったかも知れない。助けたかも知れないが、確かなことは言えない。確かなことと言えば、
「僕は君が困ってたから助けたんだ。君だったから、なんだ」
「それって……」
言って、気付く。これを説明するのに、一番簡単な言葉があった。
「一目惚れ、というやつですか?」
たぶん、正確には違う。きっと、声を掛けたときは善意だった。鈴みたいにころころと高い声を聞いたり、他愛ない話で喜んでくれたり。そういうのの積み重ねだと思う。
「そうかも」
けど僕は彼女の言葉に頷いた。出会って一日経っていない。この速さなら、一目惚れと差して変わらない。
「だから」
そう。好きな女の子が、
「君がその、大変そうなのが見てられなくて」
辛そうにしているのが嫌だから。
「僕は君が好きだから助けた。それじゃあ、納得出来ない?」
彼女は僕から視線を逸らし、首を縦に振って頷いた。そして、不意に、呟く。
「……悔しいな」
「悔しい?」
僕はオウムのように、返してしまった。彼女はまた頷き、少し考えるようにしながら話し出す。
「好意を利用してしまう自分が嫌なんです。普通に暮らすだけなのに、こんなにも外の世界は不便で」
そこで彼女は顔を上げ、僕の目を見て続ける。
「私が困ってたら誰かが助けてくれる。甘えてしまう。それを当然に思いかけて。でも、あなたの好意がなければ今もあのお店の前にいたんでしょうね。……一人でも大丈夫って言って出てきたのに。出来てないじゃないですか」
ふるふると震え、泣き出したいのを抑えているのか。それでも抑えきれずに、目の端から頬の中途まで涙が流れた。雫が大きくなって顎の先まで落ちていく。
「頼らないと生きていけないは、いや」
耐えられなくなって、僕は彼女を抱きしめる。追い詰めたのは僕だ。泣かせてしまった。
「ごめん」
彼女の頭を胸に抱きしめて、小さな背中を撫でる。彼女の熱と震えが服越しに伝わってきた。
「あやまらないでください」
彼女にそう言われても、堪えられない。
「ごめん」
僕はもう一度、謝った。
「やめてください。自分が嫌になります」
「僕は好きだ」
壊してしまわないように、すこしだけ力を強くした。僕の脇に細長い感触、これは彼女の指だろうか。自分の腕越しに見ると、彼女の手が僕の脇に添えられている。
「だから嫌いにならないで」
自分自身と、少しだけの願いを込めて僕を。
「優しくしないで。あなたの優しさにつけ込みたくない」
彼女の長い羽が僕を包み込み、痛いほどに掴まれる。
「つけこむ、じゃなくて甘えるでいいんだ。僕は君に尽くしたい。甘えて欲しい」
「頼り切ってしまいます」
「頼ってほしい。頼られて、君を助けてあげたい」
嗚咽が聞こえてくる。少しまっても彼女は答えない。女を泣かせるなんて、最低だな、僕。
彼女を抱きしめたまま暫く経った。時計を見ると、結構時間が経っていたようだ。彼女は泣き止んだみたいで、体の震えも嗚咽も止まっていた。
折角なので彼女のぬくもりを楽しんでいると、彼女は僕の背中に回した手、というか翼を畳んた。
「ありがとうございます。もう平気です」
口調はしっかりしている。すぐに泣き出す、みたいなことはないだろう。
「だからですね、その」
と思ったら、その後に続いた声は少し震えていた。
「恥ずかしいので、離して……ください」
鈴が転がるような声で言われては仕方ない。彼女の背に回した手を解き、体を起こす。彼女の熱が無くなり、腕が冷めていくような錯覚を覚えた。
彼女の目は少しだけ赤く腫れていた。すぐに収まるだろう。眼の周りが湿っていたが、見ている内に乾いていく。自分の胸を見ると濡れて色が変わっていた。よほど多くの涙を流させてしまったのか。少し、哀しくて凹みそうだ。
何を言おうか迷う。彼女を見ると、彼女も何を言おうか迷っているようで視線があっちこっちに彷徨っている。
何も言わず、言われず、何をどうすればいいのか考えていると、玄関の戸が勢いよく開くガラガラ、という音が鳴った。
「帰ったぞー」
父さんが帰ったきたみたいだ。直後、戸が力一杯に締められ両開きの戸がもう片方の戸にぶつかって大きい音が出た。たぶん跳ね返って少し開いた状態になっているだろう。
いつもよりせわしい父さんの生活音にあっけにとられていると、いつもより大きい足音がどん、どん、と2,3回なって、居間の入り口から父さんがってくるなり僕の名を呼んで、
「明日から実家を出なさい」
と宣った。
「は?」
頭の片隅で冷静な自分が、気の抜けた応答だと思った。
「親元を離れて暮らす経験というのもいいんじゃないか?」
そのままこたつまで歩いて来て、天板の上に適当にスペースを作る。それから手に持っていた書類の束を置いた。それと鍵も。
「部屋は借りてきた」
思わず視線が書類に行く。
「ここって」
僕と同じように書類をのぞき込んだ彼女が呟いた。
書類は地図と、何だろう。地図は、ここから近いな。街の、外れ? もしかして、ここ。
「折角だから誰か女の子連れ込んでもいいんだぞ?」
地図をめくり、その下の紙を見る。間取り図だ。それもかなり部屋が広いマンション。
「……なにしてんのさ」
「いやさ、そろそろ俺やかあさんに頼らない生活も経験させておこうと思ってな」
絶対建前だ。
「思い立ったが吉日。借りてきた」
吉日すぎる。
「彼女作って同棲してもいいんだぞ」
彼女をチラ見する父さん。魂胆が見え見えすぎる。彼女は彼女で書類の中からチラシらしきものを見ている。間取りやコンセプトが書いてあるチラシで、案の定亜人向けマンションのようだ。時々この行動力の源は何かと考えるが大体分からない。
チラシを凝視する彼女を見ていると父さんが俺の耳元に口を寄せ、
「さあ彼女を誘うんだ」
と小声で言って来た。これが据え膳というやつなのだろうか。
父さんがあつらえた状況なのはとても情けないけど、ここは親に甘えることにしよう。
「分かったからちょっとあっち行ってて」
僕は小声で父さんに頼むと、父さんは僕に親指を立てた右手を見せてから立ち上がる。
「よっしちょっとトイレ行ってくる」
そういうと父さんは開けっ放しのドアをくぐって出て行き、その向こうの壁に隠れてこちらを伺って来た。
彼女をこれ以上待たせるのもいやなので気にしないことにして、僕は彼女に向き直る。
「ね、ねぇ」
すこしどもってしまう。彼女はチラシをこたつの天板において僕に顔を向ける。やっぱり期待しているのだろうか、彼女の目は真摯に僕を見つめる。
「その、お願いがあるんだ」
自分でも回りくどいと思う。率直に言えば良いのに。
「はい。なんですか?」
間髪入れない応答に、思わず目を逸らしてしまう。何をやっているのか僕は。そう思い直して改めて彼女を見つめ、彼女が座っている座椅子の向きをずらして僕と正対するようにする。それから僕は彼女の両肩に手を置いて、少しだけ息を吸った。
「一緒に、暮らそう」
「はい!」
僕の予定を語るかのような提案に、すぐに彼女は応答してくれた。
「こちらこそ、お願いします」
展開が急だったりするのは反省点。
もうちょっと構成を考えないといけませんね。




