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目覚めの日

 ある晴れた日、多くの鳩のような鳥が飛び交う公園を一人の少年が歩いていた。背丈で言えば百六十センチあるかどうか、燦々と降り注ぐ光を吸収しているかのように耳にかかる程度の髪は金色に輝いており、俯く顔すらも幼げをわざと残した造形品のようにも見える。


 だが、そのような褒め言葉は彼には届かない。

 歩く速度は変わらずとも、雨粒が一つ二つと地面に落ちてしまう。雲一つ無い公園には似つかわしくない大雨が局所的に降り注いでいた。不意にその表情を歪ませたかと思うと、ハァと小さく溜め息を吐いて近場のベンチに腰掛ける。そんな彼の姿を見て走ってくる男がいた。


「ヴィルじゃねぇか! 何してんだ?」

「ああ……ライアンさん」

「……すごい顔だな。何かあったのか」


 二足歩行の狼のような男、ライアンだ。

 その体躯は大きく、項垂れるヴィルの隣に座っただけで三人用のベンチの殆どが埋まってしまう程だ。普段であれば「狭い」等と意地の悪い言葉を口にしていただろう。だが、少しも視線を上げない姿を見てライアンは軽く頭を撫でた。


「言わなくても分かる……騎士試験、落ちたのか」

「……違うよ。取られちゃった」

「そうか……推薦枠か。本当に愚かだな」


 推薦枠、貴族の子息に与えられた特権だった。

 王国騎士採用試験……通称、騎士試験は多くの男子が憧れる仕事である。人によっては憧れから、人によっては平穏な暮らしのために、人によっては良い家系と繋がりを持つために……理由は多くあれども夢見ない男子はいないと言った方が正しい。


 ヴィルも、その中の一人だった。

 ヴィルには物心ついた時から夢があった。亡き父と同じく騎士となり、夢物語のような人々を守る存在となりたい。そのための力や知識だって確かにあったのだ。そんな事はライアンがよく知っている。


「おかしな話だな……筆記も実技も一位通過した存在を落とすとは。まるで狙ってやったかのような汚いやり口だ」

「……うん、バリオス家の三男だってさ。小耳では聞いていたけど僕の事はよく思っていなかったみたい」

『調子に乗るなよ! 庶民風情が!』


 不合格と共に吐き捨てられた言葉だ。

 多くの騎士を排出していた自負、そのようなちっぽけなもののためにヴィルの夢が殺された。貴族からすれば有能過ぎる存在は敵にしかならないのだ。それはヴィルにも分かっていた事ではあった。だからといって、そんな事のために……。




「はぁ……半年前の依頼か。分かりやすく攻撃してくるとは冒険者ギルドを敵にしたいみたいだな」

「大丈夫だよ。もう……諦めたからさ」


 ライアンの毛が逆立つのを見てヴィルは制した。

 分かっていたのだ。このまま、暴れ始めた瞬間に王都の三分の一は半壊してしまう、と。それだけ強力な力を持つからこそ、ライアンは齢三十二という若さで王都冒険者ギルドのギルドマスターへと上り詰めていた。そしてヴィルもライアンに目をかけられるだけの存在でもある。


「今後はどうするんだ。バリオス家と言えば名門中の名門だ。伯爵家の名前を使えば確実に仕事なんてものは無くなるだろう。ギルドとしては直属の冒険者となって欲しいが」

「……やめておくよ。こんな場所に居たくない」

「だよな。惜しい奴を無くしたぜ。十二歳という若さで単独Sランク冒険者となった男を失う事になるとは。きっと、皆も悲しむぞ」


 冒険者ランク、それはG~SSSまである。

 その中でのSランクというのは人外に足を踏み入れた者達だ。以前まででは最年少記録として二十五歳が最短であったが、それを塗り替えたのは他でもないヴィルだった。今年に入りSランク冒険者となり、その知見と能力で騎士として八面六臂の活躍をするというのは誰もが想像していた事。


 惜しむらくは、今のヴィルには興味が無い事か。

 既に騎士となる夢は潰えた。試験を受けようとも貴族家に邪魔をされ、仮になれたとしてもどのような無理難題を吹っかけられるか分かったものではない。現に冒険者としての指名され、普通の人間では達成出来ない依頼を与えられていた。無理難題とまで行っていないのはライアンがいたからでしかない。


「……何時、出るんだ」

「とりあえず、田舎に帰るつもりだから……馬車の手配とかも含めて三日後かな。なに、お別れ会でもしてくれるの」

「して欲しいならする。ただ、今は違うだろ」


 ただの冗談、ライアンには分かっていた。

 それ程までに憧れて、冒険者になったのすらも夢を叶えるための土台作りのためだったのだ。多くの冒険者と関わり、可愛がられ、そして応援されてきた。そんな中でどのような顔をしてお別れ会に参加出来ると言うのか。


「ごめん……ギルドには明日、行くよ」

「ああ、今日はゆっくり休め」


 席を立ち、トボトボと帰路に着くヴィル。

 見慣れた光景、流れる雲さえも恨めしく思えてしまう。そんな矢先に微かに耳が動いた。咄嗟に腰に差した剣に軽く手をかかってしまう。普段であれば即座に向かっていた。だが、悩んでしまうのは今のヴィルに高尚な理由が既に無いからだ。


 それでも強く顔を左右に振って強化をかけた。

 夢破れた今であっても困っている人を助けたいと考えていた過去までは否定出来ない。喧騒が強くなっていく。人集りだって出来始めていた。その大半が門の奥から来ているものだと理解した時点でヴィルは呟く。


飛翔フライ


 王都を囲う大きな門、超える必要は無い。

 五十メートルはある壁の上を越えようとしても弾かれてしまうのだ。故にヴィルの狙いは人集りよりも少し上の空いた空間、そこを勢いよく飛んでいき外へと出た。逃げ惑う声の中でヴィルには聞こえていた事が一つある。


「助け……!」


 グリフォンに襲われている馬車が一つ。

 骨組みは壊され、下敷きとなっている女性がいた。そして横ではグダリと死んでいてもおかしくない少女がいる。本来であれば門の近くにいたはずの兵士が、駐在の騎士が倒すべき相手だというのに誰もいない。そう、守るべき者達を捨てて逃げ出したのだ。


「魔物風情が……調子に乗るなよ……ッ!」


 どうして自分は落ちて、アイツらが受かるのか。

 苛立ち、その刃は誰よりも鋭かった。鋭利でありながらも助けを求めていた女性は小さく笑顔を浮かべる。死への恐怖等ではない……助かったのだと即座に理解したからだ。同時にグリフォンが一瞬で燃え尽きる。


「雷炎の独裁者、か……」


 自嘲、それでも今はどうでもよかった。

 単独で成果を上げ続け、その後背すら許さなかったというのに夢は叶わなかったのだ。それでも確かに夢は叶っていた。誰かを守るために役職等は付属でしかない。少なくとも下敷きとなっていた二人は救えたのだ。


「……回復はかけました。後に騎士が来ます」

「貴方は……!?」

「もう、大丈夫です。では」


 残骸は全て破壊されている、傷だって完治しているのだ。残る理由等はヴィルに無かった。仮に魔物がまた来ようとも張られた結界を壊せる存在なんて近くに居やしない。英雄願望なんてありはしないのだ。だが、ヴィルの裾を掴んで逃がさない存在がいた。


「あの……!」

「……」

「ありがと!」


 その一言、それがどれだけ欲しかったのか。

 死にかけていた少女、その子が笑っていられる状況がどれだけ幸福なのか……それを実感させられたのだ。もしも、彼を物語として描くのであればきっと、こう続くだろう。在り来りで有り触れた言葉ではあるものの、彼が本物の幸福を味わえるような言葉だ。






 ───これは騎士となる夢に破れた最年少Sランク冒険者が【稀代の英雄】と呼ばれるまでの、ヴィルヘルム・ヴァン・ドルニロスの成長と成り上がりを描いた物語である、と。

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