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ラノベ残酷物語  作者: 秋山完
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08●「昭和ノスタルジー」と「聡明な中高年キャラ」

08●「昭和ノスタルジー」と「聡明な中高年キャラ」



       *


 とはいえ「60代向けラノベ」です。

 もちろん、中身が完全に若者向けでいいと言うのではありません。


 たとえば、異世界に転生して、神様から無限のチート力をタダでもらって無双して魔王を倒して、カネも権力も仲間も手に入れて、美少女か美少年のハーレムでヒャッハー! ……で終わるだけの話は、さすがに高齢者には飽きられているでしょう。

 そんな主人公を高齢者の視点で現実にあてはめれば「親のカネで遊びまくっている生意気なパリピ小僧」あたりに成り下がってしまうのです。


 30代以下の若者向けのラノベに比べて、中高年以上を対象としたラノベには、そのための特徴が求められるはずです。


       *


◆「中高年ラノベ」の内容に求められる特徴



①「昭和ノスタルジー」が漂うこと。


 60代~40代はみな、「昭和生まれ」です。

 古くは『ウルトラマン』から、昭和の末ごろの『トップをねらえ!』まで、その間の『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』『マジンガーZ』、あるいはコメディで『うる星やつら』『みゆき』などが共通記憶となっています。松本零士先生の戦場まんがシリーズや新谷かおる先生の『エリア88』、また、手塚治虫先生や石森章太郎先生の円熟の労作、また萩尾望都先生や竹宮惠子先生の初期作品なども、オンタイムの共通体験に含まれます。

 年寄りだとナメてかかってはいけません。21世紀の現在では、まずお目にかかれない超傑作群を、お茶漬けのように日々サラサラと味わってきた、オタク年季の入った骨太の年齢集団です。

 そんな人々にとって、「昭和のあの頃」へ心の中で引き戻されるノスタルジックな作風は、郷愁と安心感をもって味わえる作品には必須でしょう。

 「昭和ノスタルジー」といえば、ジブリアニメ、そしてそれ以前のジブリ系アニメが、ことごとく「昭和ノスタルジー」を背景としていることに注目です。

 40~60代は、まさにその「昭和ノスタルジー」の世界で半生を過ごし、人格を形成してきた人々なのです。


 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の最終話、3月発売のDVDでやっと観ました。2021年の劇場公開時はコロナ禍の渦中だったので、観そびれていたのです。


※付記:DVD特典ディスクに収録された故・清川元夢さんのラジオコメント、その掉尾に添えられた庵野監督への心温まる一言……これ、今でこそ、泣けます…!


 さて本編は観てびっくり、“第三村”の風景に始まり、映るもの聴くもの、すべてが昭和ノスタルジー。冒頭の戦闘シーンで、ミズーリ級の戦艦群を遥か上空のヴンダーからピアノ線みたいなビームで“操演”するくだり、昭和の特撮のキモですね。いやもう脚本からBGM、挿入歌まであらゆる要素が昭和そのものです。『惑星大戦争』のテーマや『さよならジュピター』の主題歌といい、その地もろもろ、頭から尻尾まで徹頭徹尾、尾頭おかしら付きの「昭和ノスタルジー」作品ではありませんか。


 CGを手描きに変えれば、1980年代に制作されたアニメと言っても通りそうです。

 物語中で描写される人間模様、友情や愛憎の、令和の時代からみればベタベタで、かなりキツいセリフ回しも相当に昭和的。何かと曖昧でジトッと沈黙するシンジ君に対するアスカの“怒鳴りつけ方”が、見るからに昭和の“痛い”スポコン作品ですし、ラスト近くでシンジ君の母親のユイが、結局は夫よりも我が子に愛を注いで味方するあたり、これまた昭和なパターンです。

 全編、過去指向。あらゆる要素が徹底的に「昭和の残照」で構成された超大作アニメであることに、刮目したいと思います。

 「昭和ノスタルジー」を中心核に置いたマーケティングの代表例ですね。


 1995年の初回放映から思い返せば、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンそのものが、“滅びゆく昭和”の擬人化かもしれません。


 「昭和ノスタルジー」は商業的にも成功しているとみていいでしょう。このあと、『シン・ウルトラマン』『シン・仮面ライダー』と、昭和ノスタルジックな作品が続いたからです。そのブームを牽引したのは、おそらく60代を頂点とする人々ですね。 





②「聡明な中高年キャラ」が配されていること。


 上記の「昭和ノスタルジー」が漂うラノベやコミック、アニメなどの作品群には、21世紀ラノベではほぼ絶滅してしまった、「聡明な中高年キャラ」が、主人公の若者を引き立てつつ、活躍しています。

 『エヴァ』では冬月コウゾウ副司令と加持リョウジさんでしょう、ミサトさんも含まれるかな。


 そして『宇宙戦艦ヤマト』の沖田艦長と佐渡さん、『機動戦士ガンダム』ではランバ・ラルとドズル・ザビ、『不思議の海のナディア』のネモ船長とエレクトラ、『未来少年コナン』ではダイス船長とラオ博士、『風の谷のナウシカ』のユパ、『天空の城ラピュタ』ではドーラ。

 『トップをねらえ!』のコーチとタシロ司令、『カウボーイビバップ』のジェット・ブラック……、『明日のジョー』の丹下段平氏は、むしろ「ダサかっこいい」範疇でしょうか。


 特異な例ですが、小沢さとる先生のマンガ『サブマリン707』(1963-65)は、本当に空前絶後の傑作だと思いますが、「少年サンデー」連載なのに、主人公たるべき三人の少年は刺身のツマ程度の扱いで、実際の主役は中高年の艦長や船長たち。

 敵役のボスも渋い中高年で、いずれも男だらけ。とんでもないオッサンマンガなのですが、子供たちに大人気でした。中高年キャラだけど「賢くてカッコよかった」ことで、ヒーローになり得たのですね。

(女性キャラなんて、速水艦長の奥さんとムウ帝国の女王様と、ブラッド艦長の娘さんとドミンゴの奥さんの四人くらいで、登場したのは3年間の連載の全編で数ページでしたよ)


 とくにカッコいいのは、敵艦に砲撃され火だるまになっても突っ込んでゆく非武装のタンカー“コクテイル号”の老船長。天職に殉じる男の凄みは、これぞ昭和でした。


(敵艦がタンカーの油を要求していたので、言うとおりにすればいい……という見方もできますが、油をくれてやったら逃がしてくれるはずはなく、当然、口封じで撃沈されたでしょう。老船長はかつて第二次大戦を駆逐艦長として戦い、生き延びてきた男、直感的に最適解を導き出し、その結末を覚悟したと思われます。……にしても、これが小学生向けのマンガなんですから、たいしたもの)


 義理と人情、そして泥臭い正義感のオッサンたち。

 しかし、それはまた、時代をリードする、「昭和の父親像」でもありました。

 昭和時代の職場は、おしなべて「年功序列の終身雇用」でした。中高年のベテランが率先して汗水たらし、若者たちの良きリーダーやトレーナーとなって社会を引っ張り、年長者は先輩としてリスペクトされました。人間関係は粘っこくてベタベタでしたが、老いも若きも、未来への希望を共有できたのです。

 ともあれ、それが「会社仲間のよき伝統」をヌカミソ的に醸成したと思われます。

 それを「働かない中高年」などと手のひら返しで侮蔑する令和時代。現在のラノベでは絶滅種におとしめられた「聡明な中高年キャラ」ですが、昭和の当時は社会の屋台骨として、好意的に受け止められていたことも事実です。


 イメージしてください、昭和の銀幕に大活躍した、三船敏郎、石原裕次郎、二谷英明、小林旭に宍戸錠、そして丹波哲郎……それらの諸氏は、悪役もこなしつつ、賢くて情け深い正義をなすオトナのヒーローでもありました。1950年代は青二才の役柄でも、70年代には重鎮の風格を兼ね備えた「聡明な中高年キャラ」に大成されたと思います。


 21世紀の今、「年功序列・終身雇用」を捨てた職場には「能力主義・成果主義」なるものがはびこり、中高年は若者からナマケモノ呼ばわりされる苦難の時代(これは多分にマスコミを利用して作られた意地悪なプロパガンダだと感じます)を迎えておりますが、なぜか一方で能力も実力も、なによりも人間的魅力が乏しい役員部長など経営層が平気で君臨している例も少なからず……。


 「年功序列・終身雇用」は、一口で言うと、「採用した以上、仲間なんだから、裏切りや下剋上などの悪さをしなければ置いてやる。そのかわり先輩は安心して、お前を教育する。今の仕事に合わなければ適材適所を配慮して、定年までいられるようにする。だから会社を愛して働け」といった、ある意味、戦国大名的な滅私奉公の思想が漂う人事システムです。ニッポン人にはこれが合っていたのでは。

 しかしそれでは若手社員の意欲や能力が発揮できないので「能力主義・成果主義」が取って代わるべきだ……と唱えるクビキリエージェントがバブル経済崩壊後の企業を毒していった結果、ベテラン中高年が撲滅されていったのですが……

 じつは「年功序列・終身雇用」でも、若手はのびのびと活躍していました。若者のアイデアを採用した「プロジェクトチーム」を組織外に立ち上げ、成功すれば子会社に独立させていったのです。その手法は邦画『クレージー作戦 くたばれ!無責任』(1963)に描かれています。喜劇なので、ちょっと皮肉な結末となりますが……。実例は、NHKの『プロジェクトX』に見られますね。


 ですから、「年功序列・終身雇用」のシステムは、現場叩き上げの“老番頭”ともいえる熟達の社員を育てることができました。彼らはときに、経営層に対して耳の痛い箴言しんげんも行なって、社業がおかしな方向へ暴走するのを防ぐ防波堤にもなったのです。

 20世紀末に「年功序列・終身雇用」を捨てたとき、同時に老練のベテラン社員が数多く捨てられる結果となりました。「年功序列・終身雇用」を信じて愛社心を燃やし、仕事に人生を捧げ、滅私奉公してきた人々がある日突然「能力主義・成果主義」のタテマエを告げられて、他社からやってきたクビキリエージェントの餌食となったのです。

 職場を追われた人々の多くは「話が違う!」と、悔し涙を流し、経営層に裏切られた思いを抱いたことでしょう。

 そしてこの国は、中高年の過去の貢献を踏みにじり、かれらの気力を潰し去って、国力を失いました。バブル崩壊の1990年頃を境に、前の30年と後の30年、その経済パワーを比較すれば一目瞭然でしょう。


 エヴァもヤマトもガンダムも、作中で描かれる組織はもともと「年功序列・終身雇用」の仕組みで成り立っています。詳述するのは別の機会に譲るとして、それらの作品は次のことを物語っていると思います。


 「年功序列と終身雇用」あればこそ「能力主義と成果主義」が生きるのだと。


 現実に21世紀の多くの企業を席巻する「能力主義・成果主義」なる評価システムは「従業員」に対してのみ適用され、《《なぜか経営層は除外される》》というトリッキーな仕組みですね。そんな人事評価制度がこの国の「失われた30年」を彩ります。良し悪しはともかく、それが21世紀的な人事制度の価値観ということのようですが、まさに貧富の格差と、弱肉強食による分断です。そりゃ国力が衰退するわ……

 中高年を斬り捨てておいて、2023年になって、今更「人出不足」を唱える企業、それこそ不条理に思えますが……


 そんな21世紀の風潮にあえて逆らう「聡明な中高年キャラ」。


 40~60代向けの「中高年ラノベ」には、読者の共感を得る上で、不可欠のキャラと考えられるでしょう。


       *


 「能力主義・成果主義」のもとで、同僚が疑心暗鬼で足を引っ張り、下剋上にびくびくする「毎日がデスゲーム」みたいな労働環境しか知らない20代以下の若者たちに、現代の年寄りたちがラノベを通じて堂々と教えてあげればいいと思うのです。

 「年功序列と終身雇用」こそ正しかった。バブル経済以前のすばらしい国力伸長を実現したのは、「聡明な中高年キャラ」を粗末にしない社会だったからだ……と。





  【次章へ続きます】





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