ヴィアンカ・ベルトワーズ 10
鼻血が出そうです。
いえ、いけません。そんなことになったらこんなにも美しいレースとビジューのほどこされた純白の衣装が血染めになってしまいます。
目の前には正装に身を包んだリオ様。
かっこいいです! 美しいです! 素敵すぎます!!
うっとりと眺めていたら思い切り視線が絡んでしまって、驚いて慌てて逸らしました。
「何で顔を逸らすんだ?」
にやり。悪い顔でリオ様が覗き込んできます。
この綺麗な人が今日から自分の旦那様だと思うととても心臓に悪いですね。鼻血で出血多量死とか女性の死に方としては最悪じゃないかしら。
「リオ様が格好良くて……」
リオ様が私の肩に手を置いて俯いたと思ったら大きなため息を吐きました。
「そういう顔は二人きりの時にしてくれ」
「?」
「そんなに美しい姿で煽るなと言っているんだ」
「え? あの、綺麗と思ってくれますか?」
「ああ。綺麗で可愛い。誰よりも何よりも。ヴィアンカが愛おしくて堪らない」
丁寧に施されたお化粧を気にしてかリオ様は優しく私の耳元を撫でました。
「お父様、私、そんなに公爵夫人として相応しくないですか?」
そう言って涙を零してしまってから二ヶ月。
どういう訳か憧れのジューンブライドが叶いました。
リオ様がお父様と婚姻の話を詰めると言って帰って来た時に、「どうでした」と聞いたらリオ様は優しく笑って頬にキスをして「ちょっと事情ができた」と言いました。お仕事関係でなにかあったのかと思いましたが、その後もなかなか話が進まず。相変わらずリオ様はお仕事が忙しくて思うように会う事も出来なくて。婚姻が成れば少なくとも朝晩は顔を会すことができるのにと悲しくて。思い悩む私にお父様が声を掛けてきたのです。
「リオナルド君にも事情があるんだよ」
「はい。わかっています。……でも、会いたいです……」
もともとリオ様のことは大好きでしたが、思いを交わしてからはその比ではなくて。リオ様も会えば「かわいい。愛している」と言ってくれて幸せで幸せで、ずっとずっと傍に居たくて堪らなくて。
「まだ婚姻は早いんじゃないかな」
肩を抱いて優しくそういうお父様にぴんときたのです。婚姻が進まない理由がリオ様ではなくて私にあるのではないかと。きっと今の私では公爵夫人となるには未熟なのだろうと。だからお父様に問いかけました。
「お父様、私、そんなに公爵夫人として相応しくないですか?」
言葉を失くしたようなお父様に更に問いかけます。
「何を学んだらリオ様と一緒にいられるのですか?」
いつの間にか涙が零れていました。こんなことで泣いていては益々リオ様に嫁ぐなんて無理だと思っても止めることは出来ません。そんな私をお父様は抱きしめてくれました。
「リオナルド君が好きかい?」
「はい」
「彼と生涯を共にしたい?」
「はい」
「そうか。わかった。婚姻を上げたいのは六月だね。その願いはリオナルド君ではなく私が叶えてあげよう」
その夜、リオ様が訪ねて来て出迎えた私をその場でぎゅうと抱きしめると「良くやった」と褒めてくれました。何が何だか分からない私の頭を撫で、かすめるように口付けると父の書斎に入っていきました。
そこからの二ヶ月はとても慌ただしくて。衣装に装飾品選びは勿論の事、招待客の厳選に大聖堂の予約などなど。正直なところ私は自分の事だけに集中していればいいと言われた為、その忙しさの半分も知りませんが。それでも、リオ様が私の好きなデザイナーを寄越してドレスをデザインさせてくれたり、お父様がそのドレスに合う様にとそれはもう大きな宝石でアクセサリーを作ってくれたり、ブーケや会場を飾る花は何がいいのかと問い詰められたりと大変でした。
そうして迎えた婚姻の今日。
衣装も装飾品も会場もそれはもう素晴らしいものです。私の憧れそのままの出来です。いいえ、それ以上です。……豪勢すぎてちょっと引き気味です。名立たる貴族、王太子殿下どころか国王陛下と王妃殿下も聖堂にいらしています。リオ様の立場からしたら当然のことかもしれませんが気後れしそうです。でも、私は直ぐに公爵家の嫡子リオナルド様の妻として神に認められるのです。背筋を伸ばしてリオ様を見上げます。
「ずっと傍に居て下さいね」
そうすればどんなことでも頑張れます。
「ああ。離さないから、ヴィアンカこそ覚悟しろ」
「嬉しいだけです」
微笑めば、そこには間違えようもなく嬉しそうなリオ様の顔。
「だからそう言う顔は二人きりの時にしろと言っているのに」
頬に触れるか触れないかの口付けがされました。
「これ以上は化粧がおちると咎められるからな」
「じゃあ、お式が終わったらたくさんして下さい」
「煽るな」
困ったように微笑むリオ様は格好がいいというよりはとても可愛いです。微笑み合って、リオ様の背後の窓に目を移します。
抜ける様な碧空です。
リオ様の瞳のようなとても綺麗な澄んだ空色。
この国の六月は気候が良くて快晴が多いのですが、更に私はこんな時こそと自分の占いの力を使って間違いなく晴れる日を選び、この日がいいとお願いしました。大聖堂は予約を取るのはが難しいと言われていますが急でもあるにもかかわらずあっさりと許可が下りたそうです。筆頭公爵家の力と思っていましたが、リオ様が私の父の力だと教えてくれました。お父様が何故そんな力を、と思いましたが深く追求しないようにとも言われたので素直にそうします。
先日、水晶でリオ様の未来を少し視てみました。
本当は近い身内の未来は見ないことにしているのですが、どうしても視てみたくて。これっきり、一瞬だけだからと決めて覗いたのです。
そこには精悍さが増したリオ様が幸せそうに微笑む姿が映されました。ほっとして占いを終えました。
その視線の先に自分がいることを信じて。
私は婚姻式に臨むのでした。
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