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花火  作者: あさひ
第二章 鍵屋玉屋
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鍵屋玉屋⑤



「もしもし」数回のコールでダム主任の実方につながった。


「もしもし、実方さん? 朝比奈ですが」

「ああ、ちょうど今さっき掛けたところなんですよ。折り返しありがとうございます」


 駐車した日産ノートから降り、歩き出す。


「いえいえ、それで、どうですか」要件は分かっている。

「技術者は今足りていまして、それに数年資格が取れないとなると、残念ながら」

 

 まあそうだよな。半ば予想していた結果だ。


「そうですか。仕方ないですね」

「ええ、ただ仕事を選ばないなら、もう一つあるんですよ。正門の守衛なんですが。どうですか」


「本当ですか。何でもやると本人も言っていたので、是非お願いします」

「わかりました。手配しておきますね。守衛で三年も勤めてもらえれば、ね、技術者にもなれますし」


「お気遣い、ありがとうございます。さっそく本人にもそのように伝えておきます」

「いえいえ、朝比奈さんにはこっにもお世話になっているんで、お互い様ですよ。それでは、お待ちしてますね」


「ありがとうございます」扉の開いた風除室の中で、電話を切る。勇への連絡は、この後にしよう。

  

 受付で名前と行き先を書き入れ、目的の病室へ向かう。エレベーターで上階に上がり『須夜崎』のネームプレートを認めると、そっと入った。


 ベッド脇のパイプ椅子に腰掛けた背中が見えた。


「どうだ、調子は」と声を掛ける。

「ああ、来てくれたのか」


 眠れていないのだろう。目が滲んだように充血している。

 横になった光の光景は、同じ子を持つ親として胸が苦しくいたたまれない。


「絶好調だよ。今日も光は元気いっぱいだ」と須夜崎は硬く笑い、ちょっと出ないかと立ち上がった。


 廊下に出て先を行く須夜崎に着いていく。通路の行き止まりまで歩くとそこで止まった。


「勇、覚えてるか? あいつ今色々とあってな──」いつも通りの調子で話しかけると、須夜崎ははめごろしの窓に向かって口を開いた。


「小児がんはな、医療の進んだ現代じゃ七〇パーセント以上が治るって言うんだ。知ってたか。大人がなるような肺がんとか胃がんとか、臓器に出来る腫瘍じゃなくてな、白血病や悪性リンパ腫は血液とか骨に出来るんだ。大人のがんよりも治る可能性が高いんだと。光もそうだ、言ったよな。悪性リンパ腫だ。治ったと思ったよ。現に二年半も何にも無かったように元気だったんだよ。なのに再発だ。それでいて、子供のがんは進行が早いんだと担当医は抜かしやがる。でもそれは、表面じゃない深いところで発生するからじゃ無かったのか。上手く言葉に出来ないから発見が遅れるって事じゃ無かったのか。術後も毎月毎月かかさず検査して、あいつが忙しいって言った時はおれが来て、忙しいのがなんだってひどく喧嘩になったよ。たった一回だったんだけどな。許せなかったんだ。あいつと最後に喋ったのがそれだ。抗がん剤治療も放射線治療もやった。白血病や悪性リンパ腫以外は、根治のために外科手術が必要不可欠らしいんだ。分かるか。光も手術してるんだよ。おかしいだろ。よくわかんないよな。だって光は、悪性リンパ腫じゃ無かったのか。なんで手術したんだよ。しかもしたのになんで根治してないんだよ。光は非常に稀なケースだって言うんだよ。百万人に一人も居ないんだとよ。おれにとっては、世界にただ一人の光が」


 握る拳から血が滴っている。差し込んでいた夕日が、徐々に影をひろげていく。


「あいつもおれも必死になって働いたから金はあったんだよ。でも金がいくらあってもだめなんだ。規制産業だからな。代替医療を受けたいって担当医に言ったらな、効くかわからないって言われたよ。その上代替医療を受けると標準治療を受けるよりも二.五倍死亡リスクが上がるってよ。日本のどこの病院でも受けられる標準治療が良いって言うんだ。だから再発を知らされた時、聞いたんだよ。先生はがんの治療に慣れてるんですかって。タラソセラピーやアーユルベーダみたいな代替医療はどうなのかって。そしたら、聞いた事ないって言われたんだ。効果がわからないのに、知らないんだよ。アメリカでの研究結果を引き合いに出すくせに。漢方を処方するくせに。免疫療法も放置療法も、悪性リンパ腫に有効だっていう遺伝子治療も全部だめなんだよ。ずるずると、引き延ばしてるだけなんだ。光は母親も失ったんだぞ。あんまりじゃないか。諦めたくないよ。諦めたくないけど、なあ、おれはどうすれば良いんだ」


 振り返った須夜崎に、生きる匂いがしなかった。


 暗い。瓦解が絶している。

 失意のどん底で、黒のグラデーションだけが眼の中に差し込み、地続きの夜となっている。


 言葉を掛けようとした時「ちょっと須夜崎さん!」と突然看護師が現れた。


「また血が出てますよ。ほら見せてください」と須夜崎の手を開き、ガーゼで拭いている。

「須夜崎さん、探しましたよ」看護師の後ろから、中年の医師まで覗くように出てきた。


「少し良いですか、光君の事で」ぼそりとつぶやいてこちらに視線をうつしてくる。


「悪いな、光に会いにきてくれたのに」と須夜崎は言い、医師と連れられて行った。その声の輪郭にはまだ、希求を含んだ感情を感じた。


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