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花火  作者: あさひ
第一章 しかけは爆弾です
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しかけは爆弾です⑰



「なんだ、また五倍速で観てるのか」


 バスローブを巻いた石渡が、ソファに腰掛けタバコをつけている。


「だってわたしせっかちだし、時間がもったいないじゃん」


「それをおれに言うのか」と外科医の石渡は笑う。首からは防水ケースに入った携帯が下げられていた。

 

 シャワールームにまで携帯を持って行くのかと呆れる。いつだか映画館に行った時も、上映中にも関わらず忍び足で出て行く石渡を見送ったことがそういえばあった。

 

「それで内容が分かるのか」煙を吐きながら、目の横に皺を作る。相変わらず、胡散臭い顔だな。

 こいつももうすぐで五〇のおやじか、わたしはこんなやつに、いつまで良いようにされるのだろう。


「はじめは全然わからなかったから、どうでもいい映画を流したの。そしたらね、そのうちに言葉が聞き取れるようになったの。人間の慣れる力は凄いんだから」


「それでも演出や挿入歌が台無しじゃないか」

「別に分かるからいい」そう言いながら、動画サービスが観られるテレビを消した。


 この男の倒錯した癖に合わせる為の、くだらないコスプレが散乱したベッドから出た。


「わたしは温泉入って来るから」


 仙石原の旅館に泊まりで行こうと言ったのは、石渡だった。

 この間、若い新人と当直室から出て来るのを目撃して何も言わずにいると、後日あれは違うんだ、相談に乗ってただけだ、何もしてない、と縋るように言い訳を並べ、媚びるように小田原行きの新幹線のチケットを渡してきた。


「なにこれ」

「温泉にでも行こう」

「なんで電車なわけ? いつものアウディでいいんじゃ無い。それとも何、もうあれはあの新人専用車?」

「そんなんじゃない、嫁が三日だけ貸してくれって言うんだ。代車の無いところで車検通しちゃったみたいで」

「ふぅん」

「嘘じゃないって。関本とは何もないって」

「関本っていうんだ、あれ」

「勘弁してくれよ」


 内科からICUに配属されて七年。今年で三六になる三上はる菜も、配属早々、当直室のシャワールームで石渡に手を出された事を思い出す。


 業界ではよくある事で、看護師も満更ではないとばかりに、ほいほいと付いていく。ひとえに、金を持っているからだ。


 多忙すぎて帰るのは月に二、三日。金だけ家に入れてくれる男なんて、理想中の理想で、結婚願望が強いはる菜としては、申し分が無かった。


 ただ、甘い夢はいつまでも見られない。都合の良い時だけ呼ばれ、妻子がいる事を知った時には、注ぎ込まれたブランド品や自分の年齢を翻ってそれも諦めた。


 今ではこうして、たかだか国内の、しかも手軽な距離の旅行に連れて行かれるだけで、気を良くしていると思われている。

「身近な旅行しかいけないのは、外科医の宿命だよ」いつも石渡は、言い訳じみた事を言った。



 自分の安さに嫌悪するかたわらで、石渡との逢い引きを自慢げに語る新人を見て、嫉妬している自分も嫌になる。


「ステーションでやめな。そんな話」

「あ、すみません。こないだ海外行かせてもらったんで、ちょっとジェットラグかも」

「友達と行くという事にして、旅費だけ出してもらって、実は彼氏と言ったんです。三上さんはこの辺だけですもんね。気を悪くしたなら謝りましょうか」

 

 口の軽い石渡の事だ。迫られたらわたしとの写真まで見せるのだろう。

 

「あ、関本さんさ、今度のパーティー、呼ばれてないよね? ドレス持ってたら貸してくれない? わたし毎回呼ばれるから被っちゃってさ」

「えー三上さんって何色が好きですか。やっぱ純白の? あ、着たことないんでしたっけ」

「それにたぶん、合わないですよ」と続けて、胸元に視線を合わせてくる。


 こんな若い女に、何を対抗しているのか、「そうだね」とだけ言い、馬鹿馬鹿しくなってやめた。



「三上さんは受け持ち、最近ちゃんとやってる?」と師長に呼び出された時も、何もかもどうでも良くて、「はあ」とだけ力なく答え続け白い目で見られた。


「三上さんがそうだとか言ってるんじゃないけど、前の患者さんの事だってあるし、次は噂だけじゃすまないかもしれないの」

「はあ」

「ICUに来て何年目?」

「七年です」

「ほら、主任にだってなれる経験が三上さんにはあるんだから、下の子達の面倒も見て欲しいし、頼むわね」


 前の患者の事、夜間に運ばれて来た患者の受け持ちになった後のことだった。

 意識が戻らないまま、六時間が経過した。

 覚醒したとしても良くて麻痺、悪くすれば植物状態の後遺症リスクがあった。

 SpO2は65%を切った。もう回復は難しいだろうな、と思っていた。医者や看護師は、奇跡を起こせる神や天使じゃない。トリアージもあるし医療行為は結局ビジネスだ。どんなにがんばったとて救えない命もある。


 その患者のパルスオキシメーターが50%を下回り、容態が急変した。

 大学病院からアルバイトで来ていた当直医が、CPRを繰り返している後ろで、わたしのせいじゃないと何度も自分に言い聞かせた。



 陽が出ていれば、仙石原のすすきが見える露天風呂の中で、このまま溺れてしまいたいと思い、死ぬ孤独は怖いと思い、そうやって死ぬまでわたしは、だらだらと欲情に塗れた惰性を繰り返していくんだな。


 部屋に戻ると、石渡はすでに居なかった。

 広縁の丸テーブルに『オペが入った。戻るけど、はる菜はゆっくりしてって』と一枚のメモと帰りのチケットが置かれていた。


 今わたしは、この感情を迎合したくない。無感情のスイッチを入れ、テレビをつけて動画を五倍速で流す。スマホを開き、現実味のないアプリを開いた。顔をろくに見ずに、地図に表示された全員に同じメッセージを送った。誰でもいい誰でもいいから、わたしと一緒に居て。


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