リリアナは恋を自覚する(後)
「クラウス殿下のことなのだけれど、アレは駄目ね」
そして、お姉様はさらりと、とてつもなく不敬な発言をした。
私は思わず顔を引き攣らせてしまう。
気になってロゼリア様を見てみると、苦笑いでごまかしていた。
「私やエドヴァルト様がいくら言い聞かせても、カタリナさんが泣いて縋っても、彼はリリアナに惚れっぱなし。もう、あそこまで行くと、リリアナに魅了されたのではなく、実像の無い魅了に魅了されたようなものね」
「そんな……。それではどうすればいいんですか?」
「あの、セシリア様。いっそのこと、思いっきり嫌われるような振る舞いをしてしまったらどうでしょうか?」
「恋に溺れた殿方はね、自分に気があると思われるような刺激を与えては駄目なの。この一週間続けたように、クラウス殿下とは距離を置くのが無難でしょうね」
発端が私なのは否定しようもないし、そんな好意を植え付けたのも私が悪い。けれど、さすがにここまで行くともう私だけのせいじゃない気がしてきた。婚約者をないがしろにしてまで私を追い求めるのは違うでしょう。
「クラウス殿下には私やエドヴァルト様から引き続き言い聞かせるから、リリアナはもう少し我慢して頂戴」
「分かりました、お姉様」
「それから……カタリナさんには気をつけて。あの子、どうもリリアナが全部悪いって思っているようなの」
「それは、そうでしょうね……」
カタリナ・ベルンシュタイン辺境伯令嬢、今回はクラウス殿下の婚約者。
お二人はとても仲睦まじかった。互いに婚約相手を尊重し、学園内外で親交を深めていた。既に両思いにまで発展しているだろう、はお姉様談だ。
それが……あの件で全てが変わってしまった。
カタリナ様の嘆き、悲しみ、怒り、憎しみは他ならぬ私が良く知っている。前回はお姉様に告発されて処刑に追い込まれたけれど、もしお姉様がやっていなければ、カタリナ様がご自分の手で私を縊り殺していたに違いない。それほど苛烈な方だった。
前回は、ヴィクトール様に捕まるまで、カタリナ様ご本人と仲直りして、という体で実際は魅了して私を分かってもらえたけれど、そんな禁じ手を使うわけにはいかない。もし彼女が私を恨んでいるようなら、それは甘んじて受け止めなければならない。
「大丈夫です。きちんとお話すればカタリナ様も分かっていただけます」
「もし収集がつかなくなったら遠慮なく言って頂戴。しかるべき場を整えるから」
「はい、ありがとうございます」
「さて、気が重い話はこれっきりにして……」
急にお姉様の表情が変わった。
真剣なものから、いたずらっぽさが全面に出てきたような。
猛烈に嫌な予感がしたのでお開きにしようと口を開きかけたら、お姉様の方が早かった。
「シュタイナー閣下とリリアナ、本当に本当に仲が良くなりましたわね」
「い、いえ。それほどでもありません。普通ですよ普通」
慌てて否定したものの、私の反応を微笑ましくお姉様が見つめる。
「きっとヴィクトール様も、私を監視対象として――」
「監視対象に微笑みかけ、肩に手を置いたりしますの?」
ここでロゼリア様、まさかの援護攻撃。
頬が熱くなる。今鏡の前に行けば、向こう側の自分は顔を果実より真っ赤に染めているに違いない。
「リリアナ様、顔が赤いですわよ?」
そんな私をお姉様がからかう。
「そ、そんなことないです!」
「ふふふ」
確かに侯爵様の私への接し方は、とうに監視者としての義務ではなくなっている。気を許せる友人ぐらいになれたかな、と喜んだ記憶はあったのだけれど……。一体、いつから、私はあの方に惹かれたんだっけ? その境が曖昧なのだけれど。
ヴィクトール様の顔が、頭から離れない。
あの厳しい表情。でも時々見せる、優しい眼差し。
私の手を、肩を、そして全部を包み込んでしまいそうな、大きな手。
「……どうしたんだろう、私」
小さく呟いた。
ロゼリア様が、くすくすと笑っている。
「リリアナは、恋をしていますね」
「え!?」
図書館内なのに思わず声を上げてしまい、慌てて周囲に頭を下げた。
「分かります。私、兄のことをずっと見てきましたもの。兄も、あなたに特別な感情を抱いています」
「じゃあ、謁見の時のヴィクトール様は、やっぱり私の気のせいなんかじゃなくて……」
「大丈夫、私はお兄様とリリアナの恋を応援しますから」
ロゼリア様が嬉しそうに微笑んだ。
恋。
私が、ヴィクトール様に。
ヴィクトール様が、私に。
私たち、愛し合っている――!
「あくまで私の見立てですが、元気になるよう私を励ましている姿に段々と心惹かれていったようです。魔女や公爵令嬢といった境遇とは関係ない、素のリリアナを意識したのでしょう」
「でしたら、ロゼリア様はさながら恋のキューピット、と言ったところですわね」
「恋のきゅーぴっと? え、と、すみません、それはどんなお方なんでしょうか?」
「古の大帝国時代で信仰された愛の神で、この神の矢で射られた者を恋に落とすことが――」
確かなのは、侯爵様といると心が安らぐということ。
侯爵様の言葉が、嬉しいということ。
侯爵様に、ずっと一緒にいたいと思うということ。
「……これが恋、なのかな」
小さく呟いた。
お姉様とロゼリア様が、優しく微笑んでいた。
これは、きっと——。
「恋、ですよね」
ロゼリア様がお姉様に向かって、小さく微笑んだ。
お姉様が嬉しそうに頷く。
「ええ。素敵な恋ですこと」
どうやら、私の二度目の人生もまた、ヴィクトール様が中心にいるみたいだ。
前回とは違った、新しい関係で。
そして……思っていたよりも、ずっと素敵なものになりつつあるようだ。
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