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リリアナは王立学園に通い始める

 いよいよ王立学園に通うことになった。

 ここでの立ちふるまいが私の運命を左右する。

 これまで以上に気をつけて、けれど青春を謳歌しようじゃないか。


 王立学園の正門は、相変わらず荘厳で威圧的だった。

 高くそびえる鉄製の門には、王国の紋章である金の獅子と銀の剣が輝いている。門の両脇には石造りの塔がそびえ、その上には王国旗がはためいている。

 国を象徴する学び舎だからとはいえ、元一般庶民の私には威圧されるように感じてならなかった。


 門をくぐると、向こうの端が見えないほどの広大な敷地が広がっていた。

 中央には白亜の校舎。三階建ての本館を中心に、いくつもの建物が配置されている。右手には実技棟、左手には寮棟。奥には広い訓練場と、大規模演習のための特別区画が見える。


 石畳の表通りでは新入生や在校生が行き交っている。皆、制服に身を包んでいる。男子は紺色のブレザーに白いシャツ、女子は同じ紺色のブレザーにプリーツスカート。統一された制服の存在は、身分には拘らないという校風が強く反映されている。


 私も再びこの制服を着ている。それから邪眼殺しの眼鏡も忘れていない。


 公爵家に引き取られてから結構の年月が過ぎた。

 その間に私は必死に勉強した。


 家庭教師から学び、セシリアお姉様からも指導を受けた。ヴィクトール様は定期的に訪れ、封印の状態を確認してくれた。ロゼリア様とは親友になり、一緒に勉強したり、お茶を飲んだりした。


 そして今日、十五歳になった私たちは王立学園に入学する。

 やり直し前の繰り返しだけれど、今度は違う。

 今度は誰も魅了しないし、誰も傷つけない。


 生徒らしく勉強に専念して、静かに三年間を過ごすんだ。


「肩に力が入っているわ。緊張しているの?」


 正門前広場から校舎までは、来賓を除いて馬車の乗り入れは禁じられている。生徒であれば王子や公爵令嬢も例外じゃない。

 なので、校舎までの少しの間、私はセシリアお姉様と一緒に歩いて向かう。


 隣を歩くセシリアお姉様が、優しく声をかけてくれた。

 最上級生のお姉様は今年で卒業だ。

 もっとも、お姉様は王立学園で学べる範囲は全て学びきっているので、本当なら通わなくてもいいらしいのだけれど。


「少し、緊張しています」

「大丈夫よ。リリアナならうまくやれるわ」


 お姉様の言葉には、以前のような警戒心はなかった。

 私が公爵家の令嬢になってから、私が異能を使わず、真面目に過ごしてきたことを見て、お姉様は私を信用してくれるようになった。

 完全に、とは言えない。でも、少なくとも現時点で敵対する意志は見られないから、味方だと思ってもいいでしょう。


「リリアナ!」


 後ろから声がした。

 振り返ると、ロゼリア様が元気よく手を振っているのが見えた。


「ロゼリア様! ここで待ってますから駆け寄らないで!」


 ロゼリア様がこちらに駆け寄ろうとするので、慌てて制する。ロゼリア様は周囲を伺いつつ、恥ずかしそうにわずかにうつむきながらこちらに歩んできた。


 ロゼリア様は、まだ儚さこそあれど、以前とは見違えるほど元気になっていた。頬には血色があり、歩き方もしっかりしている。体力もだいぶ戻っていて、運動をしなければ普通に生活出来るぐらいまで回復した。


 前回は病弱で学園に来ることさえできなかった。でも今回は私の励ましと、ヴィクトール様の献身的な看護のおかげで、入学できるまでに回復した。私が力になれたんだと思うと、感無量だ。


「遅くなってしまいました。兄が心配して、何度も確認するものですから」


 ロゼリア様が苦笑する。


 まだ見える降車場ではシュタイナー家の馬車の前でヴィクトール様が佇んでいた。相変わらず黒い軍服に身を包み、厳格な表情をしているけれど、初日とは言えロゼリア様の姿が見えなくなるまで見送るつもりだ、と思うと微笑ましい。


 そんなヴィクトール様は、ロゼリア様が私たちと合流したのを見届けると、わずかに表情を緩ませた。


「んもう、お兄様ったら。お仕事そっちのけで私を見送るために同行してきたんですよ。もう子供じゃないのに」

「ヴィクトール様はロゼリア様が大事なんですよ。自分を心配してくれる家族がいるってとても素敵だと思うんです」

「リリアナ、それはとても素晴らしいです。ええ、その通りです。そんなお兄様を悲しませないために、私はここで普通に学んでいかなければいけません」

「無理はしないでくださいね」

「大丈夫です。リリアナ様もいてくださいますし」


 ロゼリア様が私の手を握った。

 それが私には嬉しくて、思わずはにかんだ。


 ロゼリア様とも合流したので、そろそろ校舎へと向かおうとした時、周囲がざわめきだした。いや、正確には今日から通い始める新入生、それも女子生徒が主だろうか。在校生は何が起こったか確認して、すぐに普段通りに戻ったようだった。


 後ろを振り返ると、歓声が向かう先では金髪の青年がこちら……というより校舎へと向かっていた。左右に降車場で待機していた側近を従えている。


 深い青の瞳。端正な顔立ち。背が高く、堂々とした佇まい。

 そんな彼のことを、私が忘れる筈がない。

 私が毒牙にかけてしまった犠牲者、そして今回極力関わりたくない存在。


 クラウス・アルデリア。

 王国第二王子、前回お姉様の婚約者だった方のご登場だった。


「……逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ」


 大丈夫、心配要らない。

 私の魅了の異能は封じられている。

 前回は初めてお会いする際に見初められたけれど、今回は違う。

 動揺せずに普通にしていればいい。息を潜めて、過ぎ去るのを待てば。


「……」


 セシリアお姉様はクラウス殿下に構わず踵を返そうとし、しばし考え込んだ末にため息を付き、殿下へと振り返った。そして殿下が近づいてくると、恭しく頭を垂れる。


「おはようございます、第二王子殿下」

「おはよう、エルフリート嬢。どうしたんだ、今日はそんなに畏まって」

「本日は新入生の初登校日ですので。殿下より入学式の場で学園内では爵位にとらわれずに肩の力を抜くよう申していただければ、と具申いたします」

「そうだったな。ところで……そちらの令嬢のことは紹介してもらえるか?」


 クラウス殿下の視線がこちらに移り、反射的にびくっとしてしまった。

 変な目で……見られてもいいか。魅了された時の緩んだ目より百倍マシだ。


「私のすぐ隣が妹のリリアナです」

「初めまして、リリアナと申します」

「妹の隣がシュタイナー家のご令嬢、ロゼリア・シュタイナー嬢です。リリアナと共に今日から学園に通い始めます」

「ロゼリアより第二王子殿下にご挨拶いたします」


 私は大げさなほどに深く頭を垂れる。視線を合わせたくないのが主な理由だ。


「エルフリート嬢もさっき言ったが、学園内は爵位、身分にとらわれない。共に切磋琢磨して勉学に励もう、という理念で昔からそうなっている。次からはそんなに恭しくしなくても構わない」

「勿論、相手に失礼でない限り、ですけれどね」

「ようこそ王立学園へ。生徒を代表して貴女達を歓迎しよう」


 私とロゼリア様は「ありがとうございます」とお礼を述べた。

 すると、クラウス様は満足そうに頷きつつ、お姉様に爽やかな笑顔を振りまいた。


「それじゃあエルフリート嬢、私は先に行く」

「はい、私もすぐに向かいます」


 クラウス様は側近を引き連れて先に向かった。

 面を上げて見送った私は、安堵の吐息を漏らす。

 全く隠そうとしない私にお姉様は呆れた様子だった。


「原作……じゃなかった。本来ならここでリリアナはクラウス様に気に入られるのよね」

「はい。前回はそうでした」


 前回はお姉様の馬車に乗せてもらえなかったせいで、一生懸命走って学園に来たんだった。それで校舎が見えて油断した私は、自分の足に足を引っ掛けて転んでしまい、膝を擦りむいて痛がっていたところを、クラウス様から手を差し伸べられたんだ。


 それが今回はどうだ? 今回は気に留めていなかった。


「今回は上手くやり過ごせたようね。以降もこの調子でいきましょう」

「はい、お姉様」


 たった一回。たった一回やり過ごしただけ。

 それでも私はこの先への希望を見た気がした。

お読みいただきありがとうございました。

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