リリアナはヴィクトールたちの訪問を楽しみにする
季節が移り変わり、秋の気配が王都に訪れていた。
公爵家の庭園では木々が紅葉し始めている。風が吹くたびに赤や黄色の葉が舞い散る。朝晩は冷え込むようになり、メイドたちが暖炉に火を入れる時間も早くなった。
私たちが公爵家に来てから、三ヶ月が経った。
その間、私は約束通り定期的にシュタイナー家を訪れ、診察を受けた。
異能の力が安定しているので、いずれはペースを落とすのかな、とも思ったのだけれど、ロゼリア様へのお声がけを続けるにあたって、今でも二週間に一度は足を運んでいる。
それとは別に、私が行かない週の週末には、逆にヴィクトール様とロゼリア様が訪問するようになった。
「そろそろロゼリアを外に連れていきたいと考えている」
「なるほど、それはいい考えです」
「それで、訪問先はエルフリード家にしたい」
このようにヴィクトール様から提案を受けた時はとても驚いたものだ。
ロゼリア様の体調は三歩進んで二歩下がる、が例えとして最適だろうか。ある日は庭を散策しても平気なのに、ある日は一日中寝込んでないといけなかったり。けれど、着実に改善へと向かっているのは確かだった。
「それはまた、どうしてですか?」
「馬車での移動も体力を使う。まだ市場や公園といった人がいる場所は無理だろう。病弱だったために交友関係も無くてな。リリアナが最適なのだ」
「はい。私もリリアナともっと頻繁に喋り合いたいのです」
私個人としても公爵家の娘になってからの交友関係は乏しかったので、この提案は大歓迎だった。ロゼリア様ともっと親密になりたいと思っていたし、ヴィクトール様と一緒の時間を過ごすのも悪くないと感じ始めていた。
「……分かりました。父と相談してみます」
とはいえ、私の一存で決められる話でもない。ヴィクトール様に先触れを出していただけばいいかも、と思いもしたけれど、事前に話を通しておくに越したことはないでしょう。
「まあ! リリアナにお友達が? それはとても嬉しい話ね」
「ほう、シュタイナー家といえば王国きっての名門。当主交代してから年は浅いが、中々しっかりした方だと聞いている。これからも仲良くやっていくのだぞ」
その話を公爵様と母様にすると、意外にも歓迎するようだった。とはいえ、母様は私が生活環境をがらりと変えたことで寂しい思いをしているのでは、と純粋に心配していたためで、公爵様は家同士の繋がりを重視しているみたいだけど。
私は横目でセシリアお姉様を窺った。シュタイナー家の名を私が口にしても特に反応しない。邪視殺しの眼鏡を疑われていたから、私とシュタイナー家の繋がりにも何か勘づくと思っていたのだけれど……杞憂? それとも素知らぬ振り?
「ところで、まだ社交界にデビューもしていないし、他の家のお屋敷にも行っていないのに、どこで知り合ったの?」
「あ、え、ええと……。目と体調のことで相談に乗ってもらって、それから定期的にあちらにお邪魔するようになったの。でね、今度はこちらに来たいんですって」
「なるほど、そうだったのか。ではエルフリート家をあげて持て成そう」
「そういうことだったのね。そんな素敵な出会いがあったなら言ってくれれば良かったのに」
喜び合う公爵様と母様に私は胸が痛くなる。
嘘は言っていない、嘘は。ただ真実を全部喋っていないだけだ。
もう一度セシリアお姉様を見つめた。お姉様はナイフで切り分けた肉をフォークで口に運んでいた。特に何か意見を述べようとしない。私の視線に気付いても軽く微笑んで「どうしたの?」と声をかけるだけ。腹の底が読めなかった。
いよいよヴィクトール様とロゼリア様がいらっしゃる日がやってきた。普段から会っているのだけれど、自分の屋敷に招待するとなると緊張度合いが違うのか、待っている間ずっと落ち着かなかった。
窓の外で馬車が見えたので、私は部屋を出て玄関に向かう。あまりに楽しみだったものでつい廊下を早歩きしたものだから、私付きの侍女から「お嬢様、はしたないですよ」と注意されてしまった。赤面ものだ。
「ロゼリア様!」
「リリアナ、お久しぶりですわ」
馬車からまずヴィクトール様が降り立ち、彼にエスコートされてロゼリア様が降りる。
ロゼリア様は相変わらず白いドレスに身を包んでいるが、以前より顔色が良く見える。歩き方も、前と比べればしっかりしている。
「今日は体調が良さそうですね」
「ええ。明日は元気でありますように、と神に祈ったからでしょうか。それとも普段からリリアナが「大丈夫」、「元気になる」とおっしゃってくださるから、心の支えになっているのでしょうね」
その言葉に、胸が温かくなった。
あの時から始まった励ましが本当にロゼリア様の力になっているのなら、この忌まわしき魅了の異能も、使い方次第なのかもしれない。
もしも、この異能を完全に封印するなら、前回のように治らない傷を負うことになるだろう。普段通りの生活を送れる程度に弱体化させた状態を維持するなら、一生付き合わなきゃいけない。前向きな活用法は考えておいて損は無いでしょう。
「今朝は妹がいつになく落ち着かなくてな。初めてのことで驚いてしまったよ」
「お兄様!? リリアナに暴露しなくても良かったじゃないですか……!」
「そうは言うが、アレを私の胸の内に留めるのはあまりに勿体なくてな」
「んもう……、私が子供みたいじゃないですか。恥ずかしい……」
侯爵様の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
三人でソファに座る。私付きの侍女が紅茶とお菓子を運んできてくれた。さすがは侯爵家に雇われるメイドだけあって、物音一つ立てずに皿やカップがテーブルの上に置かれる。湯気が立つカップから茶葉のいい香りがやってきて、鼻を擽った。
「リリアナ、公爵家での生活はいかがですか?」
ロゼリア様が紅茶を口にしながら尋ねた。
「はい。勉強が大変ですけど、充実しています」
「勉強がお好きなのですね」
「ええ。知らなかったことを学ぶのが楽しくて」
「素敵ですわ。私ももっと勉強したいのですけど、この体では体力が保たなくて。けれど前よりは本を読めるようになったのですよ」
それはとても良いことだ。本を読めるようになれば世界がうんと広がっていく。自分の足でその場に行って目や耳で確かめられなくても、だいぶ違ってくる。
……そう思うと、前回は学べる環境がありながら、なんてもったいないことをしたものだろうか。今度は自分の無知が破滅に繋がらないよう、しっかりと学んでおかなきゃ。
「このままロゼリアの体調が改善していくようなら、王立学園にも通わせることも視野に入れている」
「ふふっ、そう出来るなら私はリリアナとは同級生ですね」
「互いに本格的に勉強するようになったのはここ最近だ。分からない所があれば相談し合いながら勉学に励めば良い」
「はい、お兄様」
そうなのだ。ロゼリア様の年齢を聞いて驚いたところ、なんと私と同じらしいのだ。ヴィクトール様の仰る通り、このまま順調にいけば私はロゼリア様と一緒に王立学園で学んでいくことになる。
頼もしい、と思う反面、王立学園で本格的に魔女へと堕ちたかつての私をロゼリア様に見せたくない、と恐怖してしまう。ヴィクトール様が異能の封印を保証してくださっているのに、私はまだこんなにも不安が拭えていない。
「心配するな」
そんな心の底を見透かすように、ヴィクトール様から声をかけられた。
これまでにない、とても優しい口調だった。
「ロゼリアもシュタイナー家の者。リリアナに異変があれば応急処置が出来るように、入学までに必要な技能を習得させておく」
「大丈夫です、リリアナ。今度は私が貴女の力になりますから」
「そして、学園内の問題だろうと、手に負えなくなったらいつでも私を呼べ。可能な限りすぐに駆けつけよう」
「兄もこう言っていますし、過去に怯えなくなっていいんです」
その心遣いが……身に染みるようだった。
「ありがとう、ございます……」
思わず涙がにじみ出てきたのを誤魔化すように袖で拭い取る。こんな姿をお姉様に見られたら、また叱られちゃうなぁ。
それから、私たちは楽しくお茶を飲んだ。
ロゼリア様は外の世界の話を聞きたがった。王都の街のこと、市場のこと、人々の暮らしのこと。ご自身がお屋敷の敷地の外に出る機会がほとんど無く、もはや憧れに近い念を抱いているようだった。
私は知っている限りのことを話した。とはいえ、公爵家に来てから教育づくめの毎日だったもので、かくいう私もシュタイナー家のお屋敷とここと往復するぐらいでしか外出していなかったりする。
なので、もっぱら貧民街時代のことと、前回での殿方とのお遊びをオブラートに包んで説明した。ロゼリア様は目を輝かせて興味津々な様子だったから、喋ったかいがあったというものだ。
「いつか、私も街を歩き回ってみたいですわ。賑やかなところに連れて行ってください」
「ええ、勿論」
「リリアナは「くいだおれ」とは何だかご存知でしょうか? 使用人がたまに口にしますの。庶民にも出来る、とても満足する行為なのだとか」
「あー……。それはですね」
ロゼリア様が幸せそうに微笑んだ。
その横で、ヴィクトール様がじっと私を見つめていた。
その目には、私の気のせいだろうか、感謝の色があった。
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