7.口づけ※
梓娟は頭の中が真っ白になっていた。
自分が口づけられていると理解できた頃には口の中に柔らかな何かが入り込んでいた。
「ッ……!?」
これは小説の中で行われた『口づけ』とは全く違った。小説ではもっと唇に軽く触れるようなものだった。
息が苦しくて逃れようとしても、眞佳の抱き締める力があまりにも強すぎて身動ぐ事も出来ない。
息苦しさに頭がぼんやりとしてきた頃、体がふわりと宙に浮いた。
眞佳が体を抱きかかえていたのだ。驚いた梓娟が思わずその首筋にすがりつくと、眞佳は歩き始めてしまった。
抱える腕の力は逞しく、歩調がどこか早く感じるのは気の所為か。
着いた先は寝台で、眞佳は優しく下ろすとそのまま梓娟の顔のそばに手をついた。
──……どこまても綺麗な顔立ち。
間近で見た眞佳は美しく、陶然と見上げていた梓娟だったが……
──って、これって組み敷かれている!?
ようやく状況を察して、近付いてくくる眞佳の胸元を力強く押して遮った。
「し、眞──んッ」
待ってと言おうとした声は呆気なく飲まれてしまう。そして遮ろうとした手は寝台へと押し付けられてしまった。
細指に骨張った指を絡ませて、固く繋いできた手は離れる事を頑なに拒んでいた。
与えられる口づけはどんどん深くなっていく。
──苦しいっ……。
名を呼ぶどころか呼吸すら出来ない。そんな激しい口づけにまた頭がくらくらとしてきた。
──そ、蒼眞佳は聖人じゃなかったの!?
あの誰よりも清らかな存在が。
どこよりも格式高い一族の男が。
──一体どこでそんな口づけを覚えたのよー!
予想外の展開と意外な強引さに梓娟は眞佳に翻弄されていた。
存分に唇を堪能されて、開放された頃には梓娟の瞳は落ちていた。
虚ろげな眼で乱れた呼吸を繰り返していると、滲んだ視界の中で眞佳は青衣を脱ぎ捨てていた。
優雅な彼にしてはどこか早急な様子で、衣が床へと落ちてしまっても事にも気にしていない。
青衣で隠されていた肌は、魔物退治で各地を巡っているのに羨むような白さだ。
そして鍛え上げれた体は見事なもので、くっきりと筋肉の形が見え、筋が浮かび上がっていた。胸元は広く厚く、腹は薄くも見事に割れている。
衣を纏っている時は痩せ細って見えたが、五門家で体躯の良さを争う黒家と赤家に引けを取らない体だ。
──いやいや、何見つめてるのよ。
眞佳の体をうっとりと見つめていた梓娟は我に返ると恥ずかしさが込み上げてきた。
そして狼狽えていると下衣一枚となった眞佳が再び覆い被さった。
耳に柔らかな感触が当たる。
「……延芳」
「ん……」
なんて甘い声。
そして熱く湿った吐息に擽ったさで思わず声が零れ、背筋がぞわぞわと震え上がった。
初めての感覚に恐る恐る見上げれば、菩薩の微笑みがあった。
けれど目にはぎらぎりとした光があり、まるで獲物を狙う獣のよう。その目で見つめられ、胸がどきどきと大きな音を立てていた。
「延芳……」
耳元で囁かれた声は少し掠れていて、どこか切なさを感じる。
また新たに知る彼に胸が高鳴った。
──怖い…⋯でも嫌じゃない。
梓娟の中で不思議な気持ちが芽生えていた。
しかし瞬く間に進んでいく状況に、梓娟は「待って」と声を絞り出した。
「わ、私、初めてなの……だから、もう少し、ゆっくり……」
不安げな表情で見上げる。
すると眞佳は少し辛そうながらも微笑んで、「君が望むなら」と返した。
求め繰り返し呼ぶ声は愛しげで、愛おしい人へ向ける声色だと梓娟は錯覚を起こして胸を擽られた。
あまりにもそんな風に呼ぶから、拒む事が出来なかった。
──⋯…ずっと、って言ってたけど、それは、どういう意味、なのかしら……。
頭の片隅で考える。
「──────ッ」
眞佳が切なげに名を呼んだ気がした。




