26:死ぬってどうなるのかな?
現場でもスタジオでもいろいろな声が上がった。
じっと画面を見ていたコメンテーターが発言した。
「切れるかもな……」
「えっ、本当に?」
「私が学生の時、授業で鉄鋼会社の見学があって、その時アセチレン溶断の実演を見た。あれは自動切断の設備だったが、鉄の厚さは十センチ以上あった。切断の原理は一緒だ。だから切れる。……いま言いながら思ったんだが、あのタワーはボルトを使わないで、ほとんど溶接でできているんだ。その点は東京スーパーツリーと同じだな。溶かしてくっつけた物は、溶かして離すこともできるわな」
「倒れる……」
タワー倒壊が現実味を帯びてきた。聞いていた他のコメンテーターは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「よく見ろよ、切ろうとしているのはゴツいブーツと言われている脚じゃない、その上の普通の鉄骨の部分だ」
「ブーツの所は厚さ二十センチ以上と言われているが、あそこだったらそこまで厚くないはずだ。十五センチぐらいじゃないか?」
ここでワイドショーの司会が手を上げてコメンテーターの話を止めた。
「みなさん、話が錯綜していますが、ちょっとまとめてみたいと思います」
「現在進行中ですが、話をまとめると、ロボットが(アセチレン)というんですか、それを使って脚を切断しようとしている。……ここまではいいですね。切ろうとしている場所は太い脚のすぐ上、そこはそれほど鉄板が厚くない。だからおそらく切れるだろう。ここでちょっと考えたんですが、ブーツの所が問題だと言ってるんだったら、そこをズバッと切ってスッキリしたいんじゃないですか?」
コメンテーターが手を上げた。
「はい、山口さん、どうぞ」
「逆ですよ。あの女性の発言を聞くと、彼女はタワーを倒してあのブーツの中を見せようとしてるんですよ。だからブーツは壊さない」
別のコメンテーターが発言した。
「彼女のメッセージ、思い出してください。タワーを必ず海側に倒すと言ってるでしょう。ロボット二体、確かに海側の脚を切っていますよ」
司会がまた手を上げた。
「私、がぜん彼女の発言に真実味が出てきたと思うんですが、もし彼女の発言が正しいとすると、あの煙って、タワーの人を事前に避難させるための単なる脅しだったんじゃないですか?」
コメンテーターもうなずいている。
「私もそう思い始めました。避難した人の話で、(猛毒の煙だ)と思われていますが、被害者は未だにゼロでしょう」
他のコメンテーターも続いた。
「火が出ていない、煙の被害もゼロ……これって実に見事な避難作戦じゃないですか」
ワイドショーの雰囲気が陽子の擁護に変わってきた。
一方、タワー下では、白の独演会が続いていた。
「あのロボットは消防じゃなかったのね。いま何してるの、火が出てる。これは放火ね。重大犯罪を止めてください」
白は近くにいた警察官の幹部に詰め寄った。
「警察、何してるの。放火だよ、放火をだまって見てるの」
警官は答えた、「いろいろな可能性を想定しています」
「可能性じゃないでしょ、火をつけてるの、あなたも見えるでしょ、止めてください、すぐに」
「そうだ、あれはロボットです。人間じゃない。だから銃で撃っても構わないでしょ、なんでもいいからとにかく止めてください」
警官は冷静に答えた。
「狙撃みたいなことは簡単には実行できません。人命に危険が及ぶ場合じゃないと。今回はケガ人さえも出てませんから。それに現場の位置関係だと、ガスのタンクに当たってしまう可能性が高い。当たると大爆発になりますよ」
報道陣が白を呼び戻した。
「白さん、スタジオでは、あの女性を擁護する意見が高まっているんですが、どう思われます? いまのところ人的被害はゼロですけど」
白が眼をむいて怒り出した。
「タワーが倒れたら酷いことになりますよ、何千人も被害が出ます。それでもいいんですか、だからすぐ止めてください」
白の言葉に報道記者がすぐに反応した。
「白さん、あなた、ちょっと前にタワーは原爆でも倒れないって力説してませんでした?」
「ワウッ」
白は絶句した。
しばらく無言だった白が思いついたように騒ぎ出した。
「あの女、ハリーの仲間、これは私を貶める陰謀ね。あの女、いまどこにいるの?」
「五階からアナウンスした後、避難を確認に最上階に戻ると言ってましたね」
それを聞くと白が大声を出して走り出した。
「あの女、殺してやる!」
侵入禁止のテープの前で白は警官に制止された。
「これ以上入れません、いま煙の危険性を確認中ですので」
「危険、ないよ。私、ここのオーナーね、自分の建物に入る、許可いらないね!」
白は止める警官を振り切って商業ビルに入っていった。
ビルに入ると白は自分専用のエレベーターで最上階に向かった。
そのころスタジオではタワー倒壊の前提で論議が始まっていた。以前の台風の時の論議に使ったタワーの模型が持ち込まれている。
「いいですか、女性の言う通り、タワーを海側に倒してみます」
司会者がタワーを地図上に寝かせた。
「こうなりますね。タワーの下の商業ビルには全くかかりません。海側は道路だけですから、人や車がいなければ被害は出ません」
「うーん、ここまでは計画通り実行されているようですね。これは……これは私たちハリー騒動を見直す必要があるんじゃないでしょうか?」
「これで、もしですが、もしすべてが事実だったら私たち、私も含めてマスコミすべてが深刻に反省しなければなりませんね。特に、もう皆さん忘れてしまっていますが、ハリー騒動に関した田中三郎さんの自殺の件。それは私たちが追い込んだことになりますよ」
司会者の言葉に、皆押し黙った。
少しの沈黙のあと、司会者が腕を組んだまま発言した。
「この女性はだれなんでしょう? 一番肝心なこの女性の情報が全く出ませんね」
「あっ、出てますか、ちょっとすみません」
画面の外から合図があったようだ。司会者が画面から消えた。
しばらくして司会者が中央に戻った。
「わかりました、ロボットの製作会社の担当者からの情報です。女性は(星 陽子)、なんと自殺した田中三郎さんの隣に住む女性です。職業は大工、田中さんの幼馴染という関係です」
「確かにメッセージの中に、タナカサブロウという名前がありました」
「見えてきました。彼女は田中さんの意思を継いだということですね」
「諸々の事が分かってくると、ある意味不謹慎ですが、私、タワーが倒れてほしいなんて、少し思っちゃうんですがいけませんかね?」という司会者の言葉に反論がない。
ロボットR1、R2による切断作業は続いていた。切断はすでに外周の約半分に達した。
一方、陽子は全ての階の避難を確認しながら最上階に達した。
よかった、だれもいない、先生の作戦は完璧ね。だれでもあの煙見たら逃げ出すわ。
そうだ、この上にもう一部屋があったわね。白が降りてきた階段はそのままになっていた。陽子は階段を登って部屋に上がった。部屋は円形で窓から三百六十度が見渡せる。
ここが白さんの特別室ね、天守閣ってこと。
「シューン」音に陽子は振り返った。エレベータが到着したのだ。
ドアが開くと白と目が合った。
「おまえ、とんでもないことした。すぐにロボットを止めろ。止めないと殺す」
白が鬼の形相で陽子に迫った。
「ロボットは脚を切り終えるまで止まらない。あれは自動運転よ」
「嘘だ、停止させる手段が必ずあるはずだ」
そう言った白はちょっと思い直したように態度を和らげた。
「あなた名前は?」
「陽子よ」
「陽子さんか、お願いだ。そう言わないでなんとかロボットを止めてくれないか。礼はする。あなたまだ若いじゃないか。金は天井知らずに出す。金だけじゃない、なんでもやりたい事を言ってくれ。どうだ、人生が変わるぞ」
その言葉を聞いて陽子は白を睨み返した。
「そうやってあなたは何人もの人生を変えてきた。……取り返しのつかない方向にね」
「ロボットを止める方法?」
「そう、あった……あったわ」
「あなたが殺した山神先生、事故の時、遠距離用リモコンを持ってたの、あれがあればロボットを止められた。あなたが止められなくしたのよ」
「山神先生、……おまえどこまで知ってる?」
「孫娘さんの誘拐のことも聞いた。あなたの悪事はほとんどね。タワーが倒せたら、危険性が暴露される。そうなれば私の言う事が通るようになるわ。もう少しよ、楽しみにしてなさい」
白の目が吊り上がった。
「殺してやる!」
そう叫ぶと、いきなり陽子につかみかかってきた。
「ハッ」
その一声で白の巨体が宙に舞った。陽子は容赦なしに合気道の大技を掛けたのだ。
「アウッー」
全身を床に叩きつけられた衝撃で白は動けなくなった。
もう時間がない。予定ではそろそろロボットが脚を切り終わる時刻だ。陽子は白の巨体を引きずってエレベーターまで引っ張り込まなければならない。
そのころテレビ局のスタジオでは、模型を使ってさらに突っ込んだタワー倒壊のシミュレーションが進められていた。
「この海側の二本の脚が切られるとします。そうするとまず海側に少し傾きます。そして重心は海側に移ります。タワーは支えがなくなってグラグラになってしまいますね。この状態で海から陸に風が吹くと、タワーはちょっと陸側に傾いて、戻る時が危ない。戻ったとき切れている脚は突っ張れないから、切断箇所が必ず海側にズレてしまいます。それで一気に倒れる……」
「警察と消防はどのくらい把握していますかね?」
「画像を見るとかなり前から周辺の人がいなくなってますから、同じような見込みじゃないですか?」
「警察も、倒壊は近いと判断していますね」
「あっ、海の方に艦船が集まってます。やはり海側に倒れると見ているようです」
「うーん重い」陽子はようやく白さんをエレベーターに運び込んだ。一人が立って乗るプライベート用のためにエレベーターは非常に小さい。白さんを座り込んだ格好で納めると、陽子の乗る余地がない。
「ダメ、私は乗れない」陽子はとりあえず白さんを先に地上まで送り出して、自分はメインのエレベータで降りることにした。
一階のボタンを押して扉が閉まった。急がなきゃ、陽子は振り向いてエレベーターを離れた。その瞬間、
「パンッ」、「パンッ」
乾いた銃声が響いた。白は意識のないふりをしていたのだ。
「あっ」
一発の弾丸が陽子の太ももを貫通した。陽子は大きく転倒した。間を置かず、かなりの勢いで血が流れだした。
「グッバイ陽子、タワーはお前にくれてやる」
陽子に弾丸が当たったのを確認した白は、あらためてエレベーターの下りのボタンを押した。「シューン」エレベーターは下降に入った。
「ガクン」大きな音がしてタワー全体が地震のように一度大きく揺れた。
一瞬意識を失った陽子だったが、その揺れで気が付いた。「血を止めないと」陽子はストッキングを脱いで、止血のため太ももの根本をきつく縛った。
陽子は倒れたまま思った。血は止まったけど足がしびれて動けないや。万事休すね。タワーが傾いたのが分かるわ。もうすぐタワーが倒れる……死ぬってどうなるのかな……たぶん痛くないね。一瞬だから。




