20:サブロウの置き手紙
『ヨーコ、ゴメン、ひっぱたいて、でもこれって仕返しだぞ、子供のころの。子供のころ、オレ、毎日ヨーコにひっぱたかれて泣いてた。だから一度ひっぱたき返してみたかったんだ。
ハハッ、今日の事は計画してたんだよ、たぶんその通りになるはずだ。
この手紙をおまえが読むころ、オレはあるところに向かって走ってる。おまえが来ちゃいけないところだ。どこかって? あとで分かる。
オレ、なんとしてもハリーを救わなきゃいけないんだ。あいつはオレの名前を絶対に言わなかった。こんどの事をオレがハリーに説明して、最初は冗談と思ってたみたいだけど、一生懸命説明したら、分かってくれて、おまえを信用して、自分の責任で協力してやるって言ってくれたんだ。
ハリーはその通りやってくれた。オレはこれでうまく行くと思った。ハリーの知名度はすごいからね。でもだんだん状況が悪くなってきても、ハリーは信義を崩さなかった。
ハリーがここまで追い詰められたのはオレの責任だ。ハリーを巻き込んじゃったオレは単純に、自分が名乗り出ればハリーが解放されると思って各局に手紙を出したわけだ。
ヨーコも知ってる通り、逆に火に油になっちやった。全然甘かったよ。
オレは考えた。どうしたらハリーを救えるか。いくら考えても打つ手がない。オレはバカだからアイデアが出ないんだ。
そうこうしているうちに、ハリーの事故だ。確かにあれは事故じゃない。間違いなく自殺だ。
ハリーはプライドの高い、すばらしい人物だ。オレとは天地の差だ。ハリーが警察の事情聴取を受けたって聞いて、最悪の事態が目に浮かんだ。結局その通りになってしまった。
運よく、……運よくじゃなくて、軽いけがで済んだので、それは最悪じゃなかったってだけ。
オレは分かる。ハリーは必ずまた自殺する。彼は自分の美学を大切にする人間だから。
ハリーが死んだら、オレは生きていられない。ヨーコ、分かるよね。
バカなオレだが、必死で考えたら、ついにハリーを救う手立てを考え付いた。オレが極悪人になればいいんだ。ハリーは悪党に騙されて、あんな行動を取ったとすれば世間は納得する。その極悪人が反省して自殺するんだ。そこまでしないとこの状況は崩せない。
そう、オレはそこに向かってるんだ。もう戻れない。繰り返すけどハリーが死んで、オレが生きてるってのは絶対に許せないことなんだ。
それで、それでだが、この事件、悪いのはオレたちじゃない。危険なタワーを立てたヤツだ。それを知らせようとした人が次々死んでゆく。そんなことがあっていいのか! 亡くなった人はみな、文字通り命がけでそれを知らせようとしたんだ。しかし死んだ。おまえがこの手紙を読んでいる今ごろはオレも死んでいるだろう。
オレがこの件を先生から聞かされた時、たまたまおまえは仕事が目いっぱいで来れなかったな。先生もこの件は自分たちだけで済まそうとしていたんだ。オレは情報だけを受け取って、もし先生の計画が失敗したら、「あとで何らかの方法でこの件を世間に知らしめてほしい」先生の希望はそれだけだったんだ。だけどオレは直感で危険を感じた。だから、おまえにはこの件に関わってほしくなかったんだ。
先生の孫娘さんから聞いたように、オレは人質救出をやったよ。先生から誘拐の話を聞いたとき、オレは珍しく論理的に考えた。人質さえ救出できれば、先生は動けるはずだ。だけどこれは絶対に無理だと思った。なにせ現場は中国だからな、ところが偶然居場所が判明した。それがオレのヒロイズムをちょっと刺激してくれた――うまくいったらヒーローになれる――それで思い切って中国に飛んだんだ。
もちろん先生の計画の手助けができるというのが本来の動機さ。だけど今思うとよく行ったもんだ。なぜか怖さは感じなかった――もう一人のオレが、「サブロウ、恰好いいぞ」って後押ししたんだな。
結果は大成功、帰りの空港ではオレは有頂天だった。ところが日本に帰ってからの運命の大逆転――運命ってこんなにも振れるものかって驚いたよ。
肝心の先生たちが殺されてしまって、オレは考えた――オレに先生の代わりができるはずがない。そこでハリーの知名度に頼ったわけだ。ハリーが発言すればみんなが注目するとね。……ここまでが本当の成り行きだ。
オレが死んだあと、どうなるか? 想像してみた。
まず、希望的だけど、ハリーは精神的に少し楽になって、自殺は思いとどまってくれる。そして彼へのバッシングは収まるんじゃないかな。
肝心な事、ここからが本題だ。この手紙も含めて、ヨーコ、おまえは全体が掴めたと思う。オレは分かるさ、おまえがオレに代わって必ずこの事件に挑戦するって。
ヨーコ、な、そうだろ? もう遠回りな話はしたくない、後を頼む。絶対にこの事件を解決してくれ、絶対に。おまえならできる、だけど死ぬんじゃないぞ、オレみたいに。
オレができる最後の事、オレの知ってる限りの情報を伝える。
まず、御殿場のロボット工場に行ってくれ。そこにタワーの危険性に関する資料がある。先生の部屋、そこに入るにはカードと暗唱番号が必要だ。それはオレの机にある。御殿場工場の今井さん、技術の山崎さんを頼ってくれ。二人ともいい人だ。ただ、事件の事は全く知らない。先生も完全に伏せていたようだ。彼らからはロボットの動作について説明をうける必要がある。
なぜロボットって思うだろ? ロボットに何をさせるのか、ちょっと説明の順が悪かったが、驚くと思うけど、事故でタワーが倒壊する前に、先生が自ら倒壊させて、将来必ず起きる事故の被害を防ぐ。それをロボットにやらせるってこと。とてつもなくて、にわかに信じられない話だよな。だけどタワーの危険性について、先生は論理だけでなく、実際にタワーの脚部を自分で見て、危険性を確認しているんだ。太い脚の裏側に亀裂があることを。
ヨーコ、この作業、人気でいつも観光客がいっぱいのカジノタワーを、一人の犠牲もなく倒す。そんなこと神様でも出来ないと思わないか?
それが、先生の計画を読んでいたら、出来そうなんだ。ただ、オレの解析は道半ばだ、重要なところが解明できていない。その解析も含めてヨーコに頼みたい。やってもらえるか?
とてつもないことにおまえを巻き込んでしまうことになる。もし、もしというより、全部がうまくゆく可能性はすごく低い。その通り失敗に終われば、多くの犠牲者が出て、おまえは大犯罪人になる。こんなにリスクの高いことを、おまえに頼む。……バカを通り越してるよな。
だがな、ヨーコ、先生の予言通り、台風や地震でタワーが倒れたら。同時多発テロを遥かに超える被害になる。タワーの周りのビルが最大七棟巻き込まれて、被害者数は一万数千人になる計算だ。それを知ってしまって傍観していられるか? ヨーコ、どう思う?
ゴメン、聞くまでもないことだな。
オレが解析したことを、順に説明する。
まず、実行日は十一月十一日だ。この日に向けて、すでに先生のプログラムはスタートしている。あとで気づいたことだが、先生は事故の直後、最後の力を振り絞って、ロボットにネット経由でスタート信号を送っている。そしてオレには実行日を知らせるメールが届いていたんだ。ロボットにはRD4というプログムが仕込まれているはずだ、確認してくれ。それは予定日に自動的に動き出す。おそらくロボットはその前に、タワー近くのコンベンションセンターに準備されているだろう。
実行に使われるロボットは四台、R1~R4だ。R1とR2が脚を破壊するロボットだ、海側の脚を二本同時に破壊して、タワーを海側に倒す。そうすれば他の建物に被害が及ばない。ただ、何を使って脚を壊すのか、それが最後まで分からなかった。ロボットだけの力では脚は到底破壊できない。それはMDという略称で書かれている。消火器に似ていると書いてあるが、爆発物ではない。
一番重要なのが、観光客やタワースタッフの避難だ。それについてはR3が最上階にSKS(煙幕)を運び込む。煙幕で火事を装って、EA(避難勧告)を出す。タワーが倒れる前に全員が避難したことを確認するために、先生は最上階に留まらなければならない。おそらく最上階は煙幕で一杯になっているに違いない。だからその時点から下に降りることは出来ないだろう。そこでR4が運び込んだLB(救命ボート)に乗って、タワーが倒れた時生き延びる算段だ。だが、「助かる保証はない」と書いてある。……それでもヨーコ、やってくれるか?
この手紙を書き始めて二日目だ。これ以上分かっていることはない。悪いが、資料を見直すことと、御殿場の工場でロボットの知識を得てくれないか。
大事なことは書き終えた。ホッとしたら、ヨーコとの思い出がグルグル出てきたよ。
子供のころ、横須賀の走水だったかな? みんなで海水浴に行った時、オレが溺れて、バタバタやってたらヨーコが頭を「バンッ」て叩くんで、冷静になったら足が立つ場所だって分かったんだ。カッコ悪かったな。みんなに笑われて。
自転車に乗れるようになるのもヨーコの方が全然早かったな。オレがガチャンガチャン自転車を倒して乗れないのに、ヨーコはスイスイだったもんな。オレ、うらやましいというより、あこがれだった。
中学生になると、オレ、とぼけてたけど、お前の胸が急にデカくなって、気になって、気になって、会うたびに胸、見ちゃうんだ。「オー、あれ、何カップっていうんだろ」なんてね、本で調べたりして。
高校では学校が別だったからスレ違いが多かったけど、やたら男どもがヨーコの家に来てたな。ウロウロして、ヨーコを待ってたんだろうな。オレ、あんなブスで男っぽい女がなんでモテるんだか不思議だったよ。……ウソ、実は、やや美人に近いと思ってた。
オレが大学に行ってからは話す機会は減ったけど、おまえが大工で頑張ってるのを、実は応援してたんだ。ヨーコ、スゲエなって思いながら。
今の会社に就職したら、けっこうきれいな娘がたくさんいてさ、何人か付き合ってみたけど、結局、全然本気になれないんだよな、結婚なんかありえない。
ヨーコ、おまえはどうだったんだ? オレ、おまえが彼氏連れてきたら、きっと応援してやったと思うよ。でも、話を聞いたことがなかった。
考えてみると、おまえの相手をできる男って、相当な豪傑じゃないと無理だよな。ちょっとそこらには、いそうもない。
それでさ、オレ、バッグをプレゼントしたじゃない、驚いたろう。あれって中国に行く前だった。中国に行く間際になって、不安で不安で仕方なくなったら、急におまえのことが気になってきたんだ。もしかして、もう会えなくなるんじゃないかって思ったら、急にヨーコが大切な存在に思えてきたんだ。
横浜公園に行ったよな。あのとき暴走族の邪魔がはいらなければどうなったかな? ……ヨーコ、おまえどう思った?
ヨーコ、おまえ、いい女だ。告白するよ。おまえが好きだ。
ヘヘッ、死ぬ前の告白になっちゃった。オレってダサイやつだな。
ヨーコ、きっと生き延びてくれ、たのむよ。
ヨーコ、ヨーコ、ヨーコ、これでお別れだ』




