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19:サブロウの平手打ち

『最初はハリーのいう事を信用してたよ、「えっ、タワーが危ない」って、でも全然出まかせじゃないですか』

『タワーの人が言ってたように、証拠を出さなきゃ』

『ハリーがあんなに暴力的だなんて思ってもみなかった、私、もうハリーのコンサート行きません』

『アーティストなんて言われてるけど、なによ、ただのチンピラじゃん』

 しばらく録画が続いたが、みな同じような反応だ。ハリーを擁護する意見はまったくない。

『どうも世論の大勢は、ハリーに分が悪いようですね。やっぱり暴力がいけません。なにかまた、新しい展開が出ましたら取り上げたいと思います。……ではきょうはここまでです』

 ナイトニュースは完全にハリーが悪いと断言している。陽子はいたたまれない。ひどい。なんとかしなきゃ……といっても、いっしょに活動できるのはサブロウだけだ。サブロウが気力を取り戻すまで待つしかない。陽子はもどかしかった。

 やっぱり聞いてみよう。陽子は夜遅くなってから、サブロウの家に行き、玄関から声をかけた。「サブロウ、また話があるんだけど、入っていい?」……返事がない。

 少し待って、もう一度呼んでみた。「サブロウ、返事してよ……」

「いいよ、入れば……」しかたなく返事がきた。

 遠慮してる場合じゃない。部屋に入ると、すぐに陽子は今日の訪問者について聞き始めた。

「あなたがいない間に二人の娘さんが来たのよ。あなたに正式にお礼が言いたいって。知ってるわよね、福田さんの娘さんと先生のお孫さん。」

「えっ、」

 サブロウは驚いたようだ。

「二人はあなたがこの間テレビに出たのを見たらしいの。それですぐにお礼に行こうって決めて、電話したけど出ないから直接来たって言ってた」

「そうか……それでおまえ、中国の事、聞いたのか?」

「そう、全部聞いた。……先生がなぜ自分で声をあげなかったのか、それで分かったわ。あなたがそんな思い切った行動をしたなんて、思ってもみなかった。……だって失敗したら帰ってこれないか、それどころか命の危険もあったでしょう」

 首を少し傾けてサブロウを見上げた陽子は、生まれて初めてサブロウに尊敬の念を持った。

「二人が助かったのは良かったよ、全てが信じられないほどうまく行った。オレは成功にウキウキしたさ、だけど日本に帰ったら、すべてがすごい勢いで逆に回りだした。何をやっても悪い方に一直線に行く」

「サブロウ、もうちょっと聞きたい。私は手伝えるよ。タワーの危険って……」

「待てよ!」

 サブロウは陽子の言葉をさえぎった。

「これ以上は絶対言わない。これは全部オレの責任だ。おまえは関係ない。手伝う必要もない。悪いけど帰ってくれ」

 サブロウに取りつく島がなくなった。陽子は強引に部屋から押し出されてしまった。

 陽子を追い出したサブロウは机に突っ伏して目をつむって考えた。――陽子がかなり深く事件のことを知ってしまった。――これ以上知ると絶対に深入りしてくる。それだけはダメだ――絶対に。

 自分のすべきことは、まずは巻き込んでしまったハリーを、なんとしても救うことだ。何が出来るのか。しかしサブロウは考えれば考えるほど手立てがないことに絶望した。いまやハリーの事件は、マスコミの最高のネタになってしまっているのだ。ハリーが必死で戦っているのに自分は何もできない。サブロウは悶々とした一夜を過ごした。

 結局、ほとんど眠れなかった。ボヤッとしたまま、目を覚まそうとサブロウは缶コーヒーを買いにいった。

 家に帰って無意識にテレビをつけた。缶コーヒーの栓を開けたとき、映像が目に入った。出たのは「ハリー自殺未遂か?」の大きな文字だった。「隼……士……」、サブロウは声にならない声をあげた。缶コーヒーは床に落ち、「コクコクコク」と小さな音を立てて流れ、足元に広がった。

 テレビの音声は事故の様子を解説している。

『驚きました。ハリーさんが昨晩遅く、福岡の県道で、ガードレールを突き破って、ガケから転落しました。』

『福岡、よろしくお願いします』

『ハイ、福岡です。今、福岡記念病院の前にいます。ハリーさんは昨晩救急搬送され、即、入院しました。ケガの状況ですが、事故の割には軽く、意識は正常だとのことです』

『事故の状況なんですが、分かっている範囲で伝えてください』

『はい、警察の説明ですが、山道でカーブを曲がり切れずにというか、曲がらずにガードレールを突き破ったのではないかと言っています』

『ということは、故意に突っ込んだんでしょうか?』

『そうですね、その可能性が高いようです』

『はい、すみません、こちらに戻します』

 画面はスタジオに戻った。

『さて、この事故なんですが、少し前に福岡から詳しい情報が入っています』

『それによりますと、暴行事件の後、ハリーさんは警察で任意の事情聴取を受けまして、終わったら予定の場所に帰ってくるはずだったんですが、そのまま山の方に向かったようなんです。そっちには用事がないはずなんですが、ということです』

『それでこの事故となると、……あまり考えたくないんですが……自殺未遂、ということもありえますね』

『そうなんです、状況が状況ですから』

『暴行事件の事情聴取を受けて、発作的に……』

 サブロウはテレビを切った。一番危惧していたことが現実になった。「やるしかないな……」サブロウは小さくつぶやいた。

 陽子もこの番組を見ていた。「サブロウ!」と陽子は叫んでサブロウの家の玄関に飛んだ。

「サブロウ!」玄関のカギがかかっていた。サブロウの車があるということは、まだ家にいる。

「サブロウ!」大声で叫んで玄関の戸を叩くが、返事はない。

 本当に最悪になった。……どうしよう。サブロウが絶対ヤバイ。陽子は焦った。

 結局、いくら呼んでもサブロウの返事はなかった。落ち着くまで待つしかない。陽子は不安で胸が張り裂けそうだが、どうにもならない状況だ。

翌朝、陽子は起きるとすぐにサブロウを呼んでみた。しかし依然として返事はない。真夜中に車の音がしたので、ちょっと出かけたようだったが、きっと食べ物を買いに出たのだろう。それ以外はずっと家に籠っている。

 陽子はサブロウが精神的に追い詰められているのがなにより心配だ――自分の追及が状況を更に悪くしてしまったのでは、と気が気でない。

 二日目になった。相変わらず、夜中に食料の買い出しに出る以外、完全に籠ったままだ。

 三日目、陽子は意を決した。――夜、サブロウが出るのを待つ。

 午前一時、「そろそろだわ」、この時刻にサブロウが出てくるのは分かっている。陽子は自宅の玄関で、まんじりともせずサブロウを待った。

「あっ、出る」隣の玄関からサブロウが出る音が聞こえた。

 陽子は玄関から飛び出した。

「あっ、」なんと目の前にサブロウがいた。陽子は勢い余ってサブロウに突き当たってしまった。思ってもいなかったことで、一瞬陽子は動けなかった。

「なにっ?」サブロウは驚いている陽子を抱え込んでしっかりと抱きしめた――すごく強く。

「えっ、サブロウ……」

 陽子は戸惑って次の言葉が出ない。

「パンッ」サブロウは陽子を解放すると同時に、陽子のほほを平手打ちした。

「あっ」陽子はバランスを失って後ろに倒れてしまった。

 平手打ちのショックでふらついて、陽子はすぐには起き上がれない。

 サブロウは持っていた封筒を陽子のそばに置いて微笑んだ。

「陽子、いい女だな……」

 ひとこと言うとサブロウは陽子に敬礼をしながら車に向かった。もう振り向くことはなかった。車は猛スピードで走り出し、視界から消えた。

 しばらくして、ふらつきが収まった陽子は家に戻り、封筒を見つめた。

 サブロウがどこに行ったのかは分からない、しかしこの状況で封筒の意味するものは想像がつく。陽子はしばらく封筒が開けなかった。

「ヤダよ、サブロウ、こんなの置いてって……見たくないよ」

 陽子はすでに涙があふれている。

 涙が止まったころ、ようやく封筒を開いた。文書は一面びっしりと書き込んである。陽子は最初のページに目をやった。

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