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38/39

*38* 純愛症候群

 一度手を繋いだなら、雪はひとときも離れようとはしなかった。

 崩れそうなあたしに、寄り添ってくれる。

 そんな雪の優しさは、あたしが一番よく知っている。

 だからこそ〝今は息苦しいの〟なんて、口が裂けても言えない。


「今日は疲れたでしょ?」


 いつも以上にふにゃふにゃな笑顔で、雪はあたしをソファーまでいざなう。

 あたしは正面に立ちすくんだまま、1歩を踏み出せずにいた。

 乱された心が鎮まらないまま、彼のそばに行っていいのか……わからなくて。


「おいで、幸ちゃん」


 雪はあたしをいつでも受け入れてくれる。

 じゃあ……今のあたしは?

 まんまと罠にハメられて、きみじゃない男に唇を奪われてしまったあたしは、どうなの?


「……ムリ、だ」


 抵抗ひとつまともにできなかったクセに、なにも知らない雪に、のうのうと傷を癒してもらおうなんて。

 自己嫌悪で、死にたくなる。


 ならば、一息に白状してしまえ。

 ごまかし続けるより、ずっといいじゃないか。

 ……頭でわかっていても、口を開けても、声がかすれる。その根底にあるのは。


(……嫌われたくない)


 軽蔑しないで。

 見捨てないで。

 あたしを……独りにしないで。


 情けなくて笑えるような、弱いあたし。


「話したくないなら、無理をしなくていいんだ」


 それでも、雪は手を差し伸べることを、やめはしない。


「無理には聞かない。だからせめて、ぼくの大切なひとを、励まさせてよ」


 ソファーから立ち上がった雪は、あたしに歩み寄る。


「……ダメッ!」


 あと少しで頬にふれるというところで、伸ばされた右手が止まる。


「ふれちゃダメ……雪まで、汚れちゃう……」


 口を衝いて出た言葉で、雪がどれだけを悟ったかは知らない……けど。


「ううん。幸ちゃんは、とても綺麗だ」


「全然綺麗じゃないっ! あたしは……キスされてっ!」


 ……言った。

 相手が楓ではないことは、わかるだろう。

 一瞬の沈黙にキツくまぶたを閉じ、息を詰める。


「大丈夫だよ。……いや、大丈夫じゃない、かも……」


 見たくないから目を閉じたのに、困惑した雪が、思い浮かんでしまう。


「このままだと、ぼくもちょっと困るので……綺麗にしてあげようか」


「……え?」


 穏やかな声色とは裏腹に……猶予は、なかった。


 気づけば、やわらかい熱に唇を覆われている。そんな状況で。

 ここ? それとも……ここ?

 探るように、甘く食まれる。

 何度も、何度も。


「なにも考えなくていい……ぼくに任せて?」


 頬、背中、指先……唇

 ふれられた先から、洗われていくような感覚。

 まとわりつく汚れは取り払われ、傷跡をことごとく埋めるのは、純粋な愛情。

 最後にちゅっとキスを落とした雪は、そっと顔を離す。


「あのね幸ちゃん、ぼく、病気なんだ」


「病気……!?」


「うん。幸ちゃんの愛情が毎日投与されないと、死んじゃう病気。だからぼくね、一生懸命気を引いてるんだよ?」


 こつ、と額をくっつけられたら、墨色の黒髪がふわふわくすぐったい。


「ぼくから嫌うことはないよ。絶対に」


「……雪っ!」


 ……あぁ、バカみたい。

 雪を、もっともっと信じてあげればよかった。


「ごめん……ごめんね、雪……っ!」


「謝らなくていいよぉ」


「う、ひくっ……う、ん、セツ……っ!」


「よしよし、頑張った頑張った。泣いてもいいよ。ぼくがずっとそばにいるから」


「ふぇっ……雪のばかぁ! だいすきだばかぁ~っ!」


「えっ、ちょっと待って幸ちゃん! ぼくも泣きそう!」


 あわあわ戸惑い始めた雪の胸にしがみついて、もう号泣。


「うぅ……助けてあげられなくて、ごめんねぇ……」


「雪のせいじゃないだろーがばかぁ……仕事お疲れぇええ~!」


「ふぇぇ! ありがとねぇ~! 幸ちゃん大好きだよぉ~っ!」


 ぎゅうぎゅう抱きしめ合って、泣きじゃくり合う。

 バカみたいな時間が、最高に幸せだ。


 あたしは独りじゃない。

 そばにいてくれてありがとう、雪。


 大好き。

雪くんの包容力は、別名ホワイトホール。

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