クエスト・2
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宿屋の主人に鍵と荷物を預け、二人は街道までやって来た。下級モンスターが出るという噂の為か辺りに人影はない。それどころかモンスターの姿すらなく辺りは不気味なまでに静まりかえっている。
「いないね、モンスター。もう帰っちゃったんじゃない?」
「んなわけあるか」
どっかに隠れてるんだろといいながらユーリエは辺りを見渡す。しかしそれらしきものは見当たらない。今日は空振りかと気を緩めた時だった。
「避けろ、フローディ!」
ユーリエの声が辺りに響く。咄嗟に反応して屈んだフローディは見上げた。そこにいたのは全長三メートルほどある巨大なトカゲの形をしたモンスター。その大きな口が先ほどまで立っていたフローディの頭があった場所に食らいつく。何もしていなければ痛いと感じる暇もなく確実にあの世逝きだった。恐怖で声にならず、ぱくぱくと口を開閉させる。その間にもモンスターは少し後ろに下がり、フローディの姿を視認した。もう一度とばかりに、がばりと口を開けたモンスター。その舌を、走ってきたユーリエが切り落とす。大きな雄叫びを上げてモンスターは少し後退した。
「大丈夫か?」
「うん、平気」
油断なく剣の先を相手に向けながらユーリエはフローディに尋ねた。ぱんぱんと服の裾を叩いてフローディは立ち上がる。びりびりとした緊張感に体を震わせながらたまを握り直す。恐怖はあるが、まだ動ける。
「なにあれ」
「あれはサラマンダー。下級どころか中級モンスターだよ」
「倒せそう?」
「今のオレたちにはたぶんまだ無理。隙見て逃げるぞ」
フローディはこっくりと頷く。痛みはだいぶ収まったのかサラマンダーは恨めしげにこちらを見る。グルグルと唸り声を上げてぐばあと口を開く。喉の奥からぼわぼわと音が鳴り、口の中に火の塊が生まれていく。ある程度の大きさになった瞬間、その塊が飛び出した。フローディは右に避け、ユーリエはぎりぎりのところでかわし顔に向かって斬りかかる。サラマンダーは少しも怯まず顔を振り、ユーリエを叩き落とした。
「ユーリエ!」
「大丈夫だ、来るぞ!」
「うわっ!?」
サラマンダーはフローディに向かって火を吹いた。その瞬間にユーリエはサラマンダーの顎の下に潜り込み、剣を上に突き刺す。強制的に閉じられた顎から剣を外そうとサラマンダーはのたうちまわる。その巨体を避けきれず、ユーリエの左腕から嫌な音が響いた。サラマンダーの怒声と、ユーリエの悲鳴が辺りに響く。サラマンダーの巨体がユーリエを吹き飛ばした瞬間、フローディは頭の中が真っ白になり呪文を唱えた。
繰り返し放たれる氷の魔法。その量に比例して、サラマンダーの体力は奪われる。爆音と砂塵の中でユーリエは捨て置かれた剣を拾い、左腕を庇いながらフローディのところまで走った。
「落ち着け、フローディ。大丈夫だから」
ユーリエの声を聞いて、フローディはふっと意識を取り戻す。ユーリエの惨状に泣きそうになって顔を歪めた。
「今のうちに一旦退くぞ。まだ魔法力残ってるか?」
「大丈夫」
「じゃあ『ブラインド』使え」
ブラインドは文字通り相手から一定の時間姿を隠す魔法だ。フローディは頷いてすぐにブラインドを発動し、二人の姿を隠した。これでしばらくはサラマンダーに見つかることもない。足音やほかの音は砂塵に紛れるため、気配を消すこともなく走って逃げた。
街道の入口付近までなんとか逃げた二人。息も絶え絶えに振り返るが、サラマンダーの姿はない。追いかけるつもりも無いのだろう。
「ここまで来れば大丈夫だろ」
「ユーリエ……大丈夫?」
「あぁ、これくらい平気……」
言って腕を動かそうとするが激痛が走りその場に蹲ってしまう。慌ててユーリエに駆け寄りその身体に触れれば尋常ではないほど熱かった。フローディは泣きそうになりながらも、ここで立ち止まるわけにはいかないと涙をこらえる。
「町まで歩ける?」
「大丈夫だって」
「ちょっと待って『ハルト・トリート』」
フローディが唱えたのは治癒系初級のもの。動ける程度に回復したユーリエに肩を貸し、町へ向かう。
***
町の入口まで辿り着くとついに限界が来たのかユーリエは気を失ってしまった。傷ついているユーリエを引きずって行くわけにもいかず、道の端までなんとか運ぶ。その身体は先ほどより熱かった。
「フローディ?」
聞いたことのある声に振り返ると、そこにいたのはロゼだった。隣にはエルもいる。見知ったその顔に安心しながら、フローディは力を抜いた。
「ライバルさん?」
「ロゼだと言っているだろう。どうしたんだ……ユーリエ?」
「どうかなさったんですか?」
ロゼはユーリエに気づき側によると、症状を確認する。左腕が折れているのを確認するとエルに治癒術をかけさせてユーリエを担ぎ上げた。
「泊まっている宿まで案内したまえ」
顔色の優れないフローディの背中をエルはそっと擦った。よっぽど怖かったのかその体は冷え切り、がたがたと震えている。二人に礼を告げてフローディは先頭を歩き出した。
「ありがとうございました」
宿屋まで到着し、ユーリエをベッドに寝かせ、医者まで世話してもらった礼をロゼに告げると気にするなと笑い椅子に座った。エルとフローディもそれに続く。
「何があったんだ?」
「実は――――」
フローディはクエストの内容と街道であったことを全て話した。話が終わるとロゼは渋い表情で言い放つ。
「そんなクエストは破棄するべきだな。そもそも内容が間違っていたんだ」
「そうですわね。下級モンスターのはずが中級、しかもサラマンダーだなんて……」
「ギルドに報告しろ。私が付き合ってやろう」
「でも……ユーリエをこんな目に合わせたあいつをボクは許せない」
フローディは断言した。こんなところで途中放棄はしたくない。はじめは嫌々ではあったけれど、退けない理由も出来てしまった。傷ついたのがフローディであっても、ユーリエは同じことを望んだだろう。
「なら、仕方ないですわね。お手伝いいたしましょう? お兄様」
「エルリア?」
「幸いながらユーリエさんの怪我も明日いっぱいで回復するとのこと。痛みも残らないようですし、リベンジですわ」
「しょうがないな」
めらめらと燃える妹を見て、ロゼは呆れたように笑った。お人よしな妹は一度言い出すと聞かないのだ。それに断る理由もない。
「いいんですか?」
「ああ。それに、私たちはその街道から続く村に用があるのだ。目的が同じなら、手伝わない道理はないだろう?」
にっこりと笑うロゼにフローディは硬いけれど、確かに笑顔を返した。
***
翌日、ロゼは必要なものがあると出かけて行った。ユーリエの看病をエルに任せ、フローディは町の外に出る。ルースターに続く道に立って考えるのは、サラマンダーとの戦いのこと。
自分にもっと力があれば。護りたいものを護れる強さを手にするために旅立ったのに、まだ何の力も手にしていない。力が、欲しい。フローディは初めて自分からそう望んだ。
森の中まで歩いて下級モンスターを探す。飛び出して来た森ネズミは火系の魔法を使い一撃で倒していく。何度かそれを繰り返し、レベルが一つ上がったころ、後ろから呼ぶ声が聞こえた。振り返ってみれば立っていたのはロゼ。ふっと肩の力を抜いて見上げた。
「何をしているんだ?」
「……レベル、上げようと思って」
「そうか……。ならせめてパーティ登録して行け」
「あー……」
「なんだ、まさか知らないのか?」
「ユーリエがやってくれてたから」
ステータス帳を出せ、というロゼの言葉にすんなりと自分のものを差し出す。それを受け取って少しいじられた。これでいいと返されてパーティの欄を見ればロゼとエルの名前が追加されていた。
「ありがとう」
「いや。それより、魔法の練習はしないのか? どうせ旅に出るまで使ったことなんかなかったんだろ?」
「そう、だけど……」
こんなことはできるか? とロゼが見せたのはただのファイア。しかし魔法陣は空中に現れまっすぐ前に飛ぶ。敵の足元にしか魔法を発動させたことのないフローディは驚いた。
「すごい!」
「これくらいなら、今のフローディにもできるさ。ようはイメージの問題だ」
「イメージ……」
空中に魔法陣を固定するイメージを持って魔法を発動する。それは成功して、目の前にある岩に命中した。
「なんだ、上手いじゃないか」
「できた……」
「それを活用すれば他の魔法も有効に使える。新しい魔法も覚えやすくなるはずだ。ま、せいぜい頑張るがいい」
満足したら戻って来いと告げ、ロゼはその場を後にした。ぶんぶんと手を振って見送ったフローディは先ほどの感覚を忘れない内にと練習を再開する。心配で見に来たロゼだったのだが、フローディにその思いが伝わるはずもなく、結局何しに来たんだろうと思われていたなんてことは、本人が知らなくて本当によかった事実である。




