クエスト・1
二人がルースターを出て一週間が過ぎた。
余談だが、この世界の一週間は六日である。一年は十二ヶ月で一月は三十日だ。
レベルを上げるという目的で野宿を繰り返し、本来なら三日で到着する次の町、フロンゲントに辿り着いた。まだ日は高く、町の住人が行き交っている。ルースターには劣るが、そこそこ大きな町だ。
現在二人のレベルは、フローディがレベル5、ユーリエがレベル16である。
「やっと着いたー」
「お疲れ」
感動に打ち震えるフローディ。しかしユーリエはあまり優しくなかった。そのことに不貞腐れて地面にのの字を書く。「頑張ったのに、すごい頑張ったのに……」と呟くフローディを視界に入れないようにして、ユーリエはキョロキョロと辺りを見渡した。この場所は町の入口である。とすればいるのはもちろん「村の旅人案内人」通称村人Aだ。
ユーリエはそれらしき女性に声をかける。
「すみません、いいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
ほんものの、村人さんだっ! フローディは心の中で喜びの舞を踊った。その間にもユーリエと彼女の話は進む。宿屋の場所にギルドの場所、道具屋の場所、武器屋の場所を聞いたユーリエは、まずはと宿屋の方向へ歩き出した。
それを見送って、村の旅人案内人が移動しようとした時だった。
「あのっ!!」
「はい?」
それを遮って声を上げたフローディ。自分の役目は終わったと思っていた彼女は戸惑ってフローディを見下ろす。
「あ、握手してください!!」
震えながら右手を差し出すフローディに苦笑しながらも、女性はそっと手を握った。それどころか「がんばってください」と優しい声までかけてくれたのだ。フローディは舞い上がり浮足立つ心を抑えて、彼女に別れを告げた。そして今度こそ宿屋へ向かう。
宿に着いてチェックインを済ませ、二人部屋に入ったところで、ようやくユーリエが苦々しげに口を開く。街中で叫ぶわけには行かないと我慢していたのだ。
「っまえなぁ、あーいうことするのもう止めろよ?」
「あーいうことって?」
「だから、村人Aに握手求めたりとかだよ」
「なんで? 別にいいじゃん」
「なんでって、お前なぁ。これからまだまだたくさん、いろんな村とか町に行くんだぞ?」
「あ、そっか。そうだね」
暗に全ての場所でそれをするつもりかとユーリエは言ったつもりだったのだが、フローディにとっては全ての村人Aを覚えておくのは大変だろうと受け取った。そしてそれ故の即答であった。
あまりに素早い返事にユーリエは不安になる。
「本当にわかったのか?」
「うん、今度からはサインをもらうよ」
忘れちゃうもんね。と呟いたフローディにユーリエはまたしても頭を抱えたくなった。
散々フローディを説教したあと、二人は町の東にあるギルドへと向かっていた。ギルドとは簡単に言えば仕事斡旋所、派遣会社のようなものだ。階級に応じてクエストを受けられる仕組みになっている。クエストとは主に民間や企業から依頼される仕事で、失せ物探しから要人警護・モンスター退治と種類は様々だ。階級が上がれば上がるほど、その内容は危険を伴ったものになる。
もちろん一週間前に二人が旅立ったルースターにもギルドは存在するが、冒険家の集まる町だけあり、その内容は初心者向けか、真逆に位置するようなかなり危険なものばかりだ。ルースターでのクエストは、二人旅を始めたばかりでは危険すぎるとユーリエの判断であった。
クエストを受ける前提として冒険家ならば冒険家ギルドに登録しておく必要があるが、幼いころから両親たちと共に各地を転々としていたフローディとユーリエは当たり前のように登録されている。そのため、各所でのややこしい手続きを必要とせず、すぐにクエストを受けられるのだ。
二人が到着したフロンゲントのギルドはとても広かった。中央には食事や情報交換をするテーブルが、奥には冒険家がクエストを受注するための窓口が、また向かって右側には商人ギルドの相談所、左側には町で一番の酒場がある。
「フローディ、ユーリエ!」
迷わないようにとユーリエはフローディの手を握り、奥の窓口へ足を向ける。しかし突然、後ろから男に声をかけられた。親しそうな声色に立ち止まり振り返る。隣に立つ相棒はものすごく嫌そうだ。
「珍しいじゃないか、こんなところで。なんだ、おじさまたちはどうした?」
「お陰様で、ようやく親離れしたんだよ」
ユーリエの言葉に他の冒険家たちがざわめく。ユーリエはどいつもこいつも馬鹿にしやがってと心の中で罵倒した。どこに行っても、きっとしばらくはこの噂で持ちきりになるだろう。それほどに二人は冒険家たちの間で有名だった。
しかしフローディは周りの声など全く耳に入っていない様子でユーリエの服の裾を引く。
「なんだ?」
「……あれ誰?」
こそっと耳打ちしたつもりだったのだが、それは相手に聞こえていたらしい。ひどく憤慨した様子で相手は詰め寄って来た。ひっと軽く悲鳴を上げてユーリエの後ろに隠れる。
「私のことを忘れただとっ!? どういうつもりだフローディ!」
「ご、ごめん」
「ふん、まあ致し方あるまい。最後に会ったのはもう五年も前だからな」
プルプルと震えるフローディ。その様子に男は罪悪感からごほんと咳払いを一つ。そして着ていたマントをバサリと広げ、意味があるのかないのか良くわからないポーズをとる。
「私の名はロゼリア・カルバーナ! 周りからはロゼと呼ばれている!! そしてそこにいるユーリエの最高のライバルさっ!!」
「自称な」
「へー、自称ライバルさん」
どこで会ったんだろー、まーいっかーと自己完結を済ませるフローディ。五年前と言えば十歳も過ぎたのだからと引っ張り回されて世界各地を転々としていたころだ。あの頃の体験はどれも濃密過ぎて、結局ロゼのことは思い出せなかった。
「うん、で、ライバルさんは何しに来たの?」
「ロゼで良いと昔も言っただろ? それにしても、そうかお前たちが親離れできるなんてな」
「ロゼには関係無いだろ」
からかうような視線からフローディを庇うようにユーリエは一歩前に出る。ロゼにはどうも自信過剰な一面があった。悪い奴ではないのだが、そういうところは正直面倒だ。周りの視線も、悪意は無いとはいえ気持がいいものではない。
「オレたち二人が組めば向かうところ敵無しなんだぜ?」
「せいぜいほざいていればいいさ」
ふっと鼻で笑うロゼ。寂しがり屋さんなのかなぁ、なんて考えていると、ポンと肩を叩かれた。なんだろうと思って振り返れば立てられた人差し指がぶすりと頬に刺さり、地味に痛い。後ろに立っていたのは人形のようにかわいらしい少女。
「お久しぶりです、フローディさん」
「えっと、誰?」
「あら、お忘れですか? あそこにいる愚兄の妹、エルリア・カルバーナにございます」
エルとお呼びください、と続ける間もフローディの頬から指を離さない。それどころかぷにぷにとつつきだした。一応力加減もされているし、楽しそうなので嫌だとは言いにくい。
「エルじゃないか」
「何をしているんだ? エルリア」
「はい、クエストの受注が終了したのでお兄様をお呼びに参ったのですが、なにやらユーリエさんと楽しそうにお話なされているご様子でしたので、フローディさんの頬っぺたをつついておりますの」
うわ、この兄妹の会話疲れるな。とようやく離してもらえた頬を擦りながら思った。ユーリエは慣れているのか気にしていない。
「そうか、それはすまなかったな。では私たちはこれで」
またしてもマントをバサリと翻しロゼは颯爽と立ち去って行った。ぺこりと頭を下げエルもそれに続いていく。呆然と見送ったあと、ほっと一息吐いて二人はまた窓口に足を向けた。その間にもちらちら感じる視線に酷く苛々しながら。
窓口と呼ばれるカウンターには小さな鈴がついていて、それを鳴らすと中にいる人間が応えるという仕組みになっている。鈴は横並びに五つ置いてあり、同時に五つのパーティまで対応してもらえる。躊躇いなくそれを弾けば中から女性が出てきた。
「クエストを受けたいんですが」
「レベルと階級をどうぞ。名前もお願い致します」
「ユーリエ・ブラドール。階級はDでレベルは16です。パーティメンバーはフローディ・エルマーク。階級F・レベル5です」
「少々おまちくださいませ」
女性はそれを聞いてカウンターの下から大きなファイルを取り出してぱらぱらと調べる。
「お姉さん、なるべく痛くないのでお願いします」
「こら、バカ!」
「痛くないの? そうですね……」
ファイルを躊躇いなく捲っていき、いくつかの書類をカウンター上に並べた。その中から一枚の書類を取り出す。
「こちらの森ネズミ討伐などはいかがですか?」
「森ネズミか……」
先ほどまで倒してきた森ネズミを思い出して、フローディはしばし考える。ここに辿り着くまでの戦闘の大半が森ネズミ相手だったことを考えれば、正直もう当分あいつらの姿は見たくない。ツタブドウもまた然り。
「もっと簡単な」
「もっと難しいのでお願いします。レベルが上がりそうなやつ」
「そうですね……、なら、隣村に続く街道に出現した下級モンスターの討伐などはいかがでしょう」
「下級……」
「じゃあそれでお願いします」
「では登録しておきますね」
さっさと登録を済ませなければ誰かに攻略されてしまう。こういうものは早い者勝ちなのだ。不満たっぷりにユーリエを睨むフローディだが、ユーリエは素知らぬ顔で必要事項の記入を済ませる。そしてそのままの流れでギルドから出て行った。




