手紙・2
森は鬱蒼と生い茂り、今にもなにかが飛び出してきそうだった。動物の類だけでなく、生きていないものまで飛び出してくるのではないかと身構えてしまう。幽霊に出会ったことは無いけれど、居ない保障はどこにも無い。ユーリエは剣を構えて前を進み、フローディはたまをしっかりと握り締めて後からついていく。
がさりと音がして気がついたときにはフローディは逆さまにぶら下がっていた。このままでは荷物がやばいと、一度リュックをするりと手放して下に落とす。ユーリエはフローディを捕らえる蔦を切り裂き、落ちてくる体を受け止めた。
「ないすきゃーっち」
「バカいってんな。来るぞ」
「うん。おっきいのぶちかますから、時間稼ぎよろしく」
「おう」
先ほどのユーリエの攻撃で怒ったのであろう、肉食花ヒクイトがのっそりとこちらに向かってきた。ヒクイトはフローディが両手を広げても余りあるほどの大きな花をこちらに向け、中央からよだれを滴らせている。おしべとめしべが存在するはずのそこには、大きな牙が並んでいる。その奥には消化液が見えた。
ユーリエとフローディの存在を感じ取ると、ヒクイトは無数の触手を突き立てるように二人に伸ばす。ユーリエはフローディの前に飛び出し、それらの触手を全て切り伏せる。フローディは『魔道書~入門編~』を開いて既に詠唱に入っているため周りの音が聞こえない。周囲に無数の魔方陣が展開される。それらは全てヒクイトへと向かっているが、ユーリエの動きに翻弄されているため気づいてはいない。
「主砲展開。『ファイア・キャノン』発射!」
無数の炎の砲弾がヒクイトを襲う。ヒクイトはすさまじい叫びを上げ逃げようともがいているが、全てを命中させてフローディは息を吐いた。ユーリエが苦しむヒクイトの花の部分を切り落とし、絶命させる。
休む間もなくフローディは水魔法を展開し、ユーリエは燃える木を薙ぎ倒す。辺りを消火してようやく本当に一息ついたのだった。
先ほど落とした荷物の中身を確認すると、手紙や携帯食料、そのほかも無事だった。ヒクイトの花びらは解熱作用のある薬になるからとユーリエは躊躇無くナイフで毟り取り、焦げた部分をそぎ落とすとビンにつめて鞄に入れた。水で煮て布に塗って貼るという方法で外部から熱を取る方法と、そのまま磨り潰して飲み内部から熱を取るという方法があり、冒険者だけでなく一般に普及している薬だ。薬屋や道具屋で買い取ってもらえる。
ヒクイトは単体で行動することが多いが、近くに仲間がいないとも限らないので、足早にその場を後にした。
***
タムレイドまでの道も残すところ三分の一程度まで進んだ。しかし残念ながら夕暮れに近い時間帯。夜の森を進む危険を知っている二人は、野宿の準備を急いだ。
ヒクイトが現れることは無かったが、最下級の森ネズミやマダラガエルとのこまごました戦闘に知らず体力を奪われていたらしい。薪を燃やして火をつけたころには二人とも疲れきっていた。ユーリエは笑いながらフローディに焼いた森ネズミの肉を差し出す。
「おつかれ」
「ありがと」
フローディはぐったりとそれを受け取り、惰性的に租借する。不味くは無いが美味しいともいえないそれに、舌はすっかりと慣れてしまっていた。ついでにと川で汲んだ水を差し出され、ゆっくりと嚥下していく。至れり尽くせりだなぁなんて思いながらも体を動かすのが億劫で仕方ない。
「そういえばさ、あんな顔ってどんな顔だよ」
思い出したようにユーリエが口を開いた。しばらく何のことか考えて町を出る前のあれかと思い至る。まだ気にしていたのかと思うと少し笑えた。
「ユーリエがね、自分のせいだって思ってるときの顔。それに、ボクとか、父さん母さんたちとか、大切な人を誰かに重ねてるときの顔」
今回のは不可抗力だったんだし仕方ないのにね、と笑えばユーリエは拍子抜けしたような顔でこちらを見ていた。ユーリエは自分の関わったことには少なからず責任を持とうとする。それがどんなに些細なことであれ、自分の役割り以上の重荷を背負ってしまうのだ。フローディはそんな彼がいつも心配で、すこし羨ましい。
「そんな顔、してた?」
「してた」
うつらうつらと閉じようとする瞳を必死でこじ開けていたが、それももう限界。動き回っている分フローディよりも疲れているはずなのに、そんな素振りは見せずにユーリエはいつも先に見張り役を買って出る。いつも甘えてばっかりだなんて思いはするが、やはり睡魔に抗いきれず、フローディは眠り込んでしまった。ユーリエは体が冷えないようにと毛布を取り出しフローディに被せ、また火の番に戻る。もう少しレベルが上がればユーリエの母のように防護魔法が使えるようになる。旅もぐっと楽になるだろう。けれど、これはこれで楽しいよなとユーリエはぱちぱち爆ぜる火の粉を見て笑った。
静かに、夜は更けていく。
***
夜が明けたのを見てユーリエを起こし、二人は出発の準備を始めた。朝食である黄林檎の干したものを齧りながらその日の目標を立てる。甘酸っぱい味を水で流し込んで、ユーリエは立ち上がった。フローディもそれに続いて荷物を背負い歩き出す。
襲い掛かってくるモンスターと戦いながら、しばらく歩くと森を抜けて街道に出た。大きな門と、その両脇に立つ二人の兵士が見える。門の外側には他に人影らしきものはない。
「止まれ。通行証を確認する」
入国審査は初めてではないため、焦ることも無く二人はステータス帳を取り出した。兵士たちはそれを確認し今回の入国の目的や身元確認など形式的な質問を投げかけてくる。もともと同盟国からの入国であるため、それらはすぐに終了した。数枚の書類に記入し終わり兵士に手渡せばにっこりと笑みが返ってくる。
「ようこそマネットへ」
「どうも」
「ありがとー」
形式的なそれが済めば兵士たちは気軽に声をかけてきた。マネットでも二人は有名らしい。こちらは相手を知らないのに相手はこちらを知っている。もう随分と慣れてしまった感覚ではあるが、やはり少し緊張してしまう。
「二人だけで旅立ったんだね」
「ようやくかー。どうだ? 楽しいか?」
「まあ、大変だけど楽しいよ」
「ボクは別に旅立ちたくなかったんだけど」
「まあまあそんなこと言ってやるなって。ユーリエ君が涙目だぞー?」
「泣いてねーし」
兵士たちとはそんなに年が変わらないのだろう。とても楽しく会話が出来て、二人の緊張も一気にほぐれた。元々相手に壁が無かったのも幸いした。しばらく世間話や最近のマネットの情勢などについて知識を入れておく。
「そろそろ行くぞ」
「うん」
「もう行くのか。がんばれよ」
人のよさそうな兵士たちに頭を撫でられ、もみくちゃにされながらも最後は激励された。弟のように可愛がられても嫌な気分にはならない。なぜか土産まで持たされて、二人はマネットへと入国を果たした。




