旅立ちの日・1
町の入口に一人の少年が立っている。そこに一人の旅人が入ってきて、何事かを訊ねた。少年は村の奥を指差し、にっこり答える。旅人は笑って頭を下げると、そちらへ向かって去っていった。手を振って旅人を見送り、やがてその姿が小さくなると、少年はとてもいい笑顔で汗を拭った。
「はぁー、良い仕事したぁ」
やっぱり村人Aっていい仕事だな。少年はしみじみと思う。旅人の姿が完全に見えなくなってから、少年は村の外側へ視線を向け直した。
「フローディ!」
そんな少年のもとにまた一人の少年が現れた。フローディと呼ばれた先ほどの彼は嫌そうに振り返る。そんな視線には動じず、フローディに近づく少年は嬉しそうだ。
「何? ユーリエ。ボクに何か用?」
「うわ、なんだよその嫌そうな顔。大親友に向かって酷いな」
「ん、まぁ、ずっと一緒にいるし、一番仲いい友達だとは思ってるけど……」
じゃあ聞いてくれるよな。と期待に満ち溢れた視線を突っぱねてフローディはきっぱりと言い放つ。
「それとこれとは話が別なの! ユーリエってば最近は口を開けば二人で旅に出ようって。他に言うことないの?」
「だってオレらもう十六歳だぜ? そろそろ親元を離れて旅したっておかしくないだろ? つか、世間じゃ遅いくらいだろ!」
ユーリエが全身を使って訴えてくるのを心底嫌がっていますという冷たい目で見たあと、村の入口に目を向けた。そんな彼の肩をポンと叩き、別の青年が声をかける。
「ありがとう、フローディ。戻ったよ」
「あ、もういいんですか?」
「うん。もともと大した用じゃなかったしね。でも助かったよ」
「いえ、またいつでも言ってください」
青年と話した後、フローディはご機嫌にその場を離れる。当然のように着いて来たユーリエは少し歩調を速めて彼の隣に並んだ。
彼らがいるのはシルフィア王国、ルースターである。二人の両親は揃って冒険家であり、若いころに意気投合したあとはパーティを組んで、世界を旅して廻っている。二人が生まれてからも冒険を続けた両親たちは子連れ狼ならぬ子連れ冒険狂として有名だった。その浮名の通りユーリエとフローディは定住というものをしたことがない。そのためかフローディは自分の村や街を持つ人々に、ユーリエは両親と同じ冒険家に憧れを持っていた。
今回訪れたルースターは冒険家の多く集まる町で、それゆえに商人も多い。この町を拠点とする冒険家も多く、二人が生まれてからは両親たちもここを拠点としている。拠点としてはいるが家はない。立ち寄る回数が他より多いだけで、拠点と表現するのもおこがましいとフローディは思っていた。そのためか顔馴染みの宿屋は破格の値段だ。フローディはあわよくばこのままルースターで独り立ちを成し遂げ、かつ一般的に村人Aと呼ばれる「村の旅人案内役」になってやろうと燃えていた。しかし同時にユーリエもこの町をきっかけにフローディと二人で冒険を始めたいと思っていたのだ。
先を行くフローディの前に回り込み、手を握って熱く語りだす。
「フローディは魔力が生まれ持って強いんだし、魔法使いなんかどうだ?」
キラキラした眼差しでこちらを見るユーリエ。自分が彼に弱いのをフローディは十分に理解していた。だからこそ、さっと目を合わさないように顔を背ける。手を握られてさえいなければ振り返り全力で逃亡を図っていたことだろう。
「別にボクじゃなくてもよくない? 危ないこととか、したくないし。村人Aになりたいってずっと言ってるじゃん」
「オレはお前と旅がしたいの! 二人でパーティ組んで、いろんなものを見に行こうぜ。村人なんか旅が終わってからでも出来るだろ?」
「なんかとか言わないでよ」
フローディはむっとしながら言い返す。人が憧れているものを村人なんかだなんて酷い。彼のことを嫌っているわけでもちろんはない。むしろずっと一緒に育った相手なのだから、家族同然に思っている。が、それでも嫌なものは嫌なのだ。誰しも譲れないものというのは存在するもので、相手との距離が近ければ近いほどそれは大きかった。何も分かっていないユーリエに村人Aの素晴らしさについて長々と語ったあと、すっきりして締めくくった。それでも不満そうな表情の親友に告げる。
「父さんと母さんも、まだ早いっていうんじゃないかな?」
言ってからしまったと気づく。あの両親だ。子ども二人が親離れをしたとなれば自分たちだけで新たな冒険を求めて旅立つのは目に見えている。しかしもう言質はとられてしまった。
「――――わかった。おじさんとおばさんに許可もらえばいいんだな?」
「ちょ、今のは違」
「ほら行くぞ」
剣士見習いのユーリエに自称村人のフローディが敵うはずもなくあっさりと引き摺られて行く。ギャーギャー騒ぎながら町の中央通りをひきずられて行くが、暖かい目で見られるだけだった。冒険家なら二人を知らなければ潜りとまで言われるほど有名なのだ。誰も誘拐など疑わない。つまりは、誰もフローディを助けてはくれない。
目が合った人、一人一人に「うらぎりものー!!」と心の中で叫んでみたところで通じるはずもない。すれ違った人からすれば「相変わらず仲がいいな」くらいの認識でスルーされてしまった。そしてフローディの抵抗も虚しく、二人は両親たちと宿泊している馴染みの宿屋までたどり着いたのである。
フローディ一家の部屋の前まで行くと、これまた都合よく在室中。出かけててくれればいいのにとフローディは不満を隠そうともしない。
「おじさん、おばさん!」
ユーリエはノックもせずに勢いよく扉を開けると、そのテンションのままに叫んだ。
「息子さんをオレにください!!」
「ちょ、ふざけんな!!」
あれ? なんか違うかも。とか、大間違いだよ、このバカ。などとコントのような会話を容赦ない暴力と共に繰り広げた息子たち。そんな様子を見た両親の反応はというと、フローディの父はただただ驚き、母は涙を流して喜んでいる。なんか、反応が過激じゃないか? 内心焦るフローディのことなどお構い無しに母はそっと手を取った。
「幸せにしてもらうのよ?」
「母さん……冗談はヤメテ」
握られた手を思い切り振り払う。何考えてるんだか。
「いや、冗談じゃねーよ?」
「ユーリエは黙ってて!!」
これ以上ややこしくするなとユーリエを睨めば、納得していませんという表情で口を閉ざした。その間、父は一言も発していない。そのことにはっと気づき、恐る恐るそちらを見やると、ものすごく真剣な表情で口許に手をやり何かを考えているようだった。立ち話もなんだからとの父の言葉に、真ん中のテーブルを挟んで両親と向き合う。
「……ユーリエくんは、なぜフローディと一緒に旅立ちたいんだ?」
「オレは、フローディといろんなところに行きたいんです。まだ見たことの無いものを、二人で見つけたいんです」
「それは今と何が違うんだ?」
「いつまでも大人の世話になりたくないから。二人ならなんでもできる気がするんです。自分たちの責任は自分たちで取れる。オレ達はもう子どもじゃない」
真剣な表情で会話する二人を見て俯く。どんどん卑屈な考えが自分の中を支配していく。自分にそこまでの価値なんてないとフローディは思っていた。ユーリエはもうパーティの中で前線に出ているし、剣術の腕もそれなりだ。でも自分は──




