22.友達
「少々厄介なことになった」
少し顔色の悪いアロイスは部屋に戻ってくるなりそう言った。ちょっと薬草を取ってくる、と領主家の薬草園に向かったはずだったのに何があったのだろう。私が問いかけると、アロイスが深いため息を吐いて「兄上が」と呟くように言った。瞬間、物凄く嫌な予感がした。
「……セイリアを寄越せと。優秀な魔物は次期領主にこそふさわしいと」
「ぜっっっっっっったいに嫌だからね!!」
「分かってる。私も断った。……が、兄上だからな……何をするかわからない」
既に誰かの従魔となった魔物を奪うことは、暗黙のルールで禁じられている。法律がある訳ではないが、それは忌み嫌われる行為だ。特にカナリーバードは必ずと言っていいほどお披露目され、持ち主も広く伝わるから奪えば悪評が一気に広まることになる。しかし、譲られればその限りではない。
「私は兄上に君を渡すつもりはないが、あちらが無理やり君を従魔にした後、譲られたのだと言い張る可能性はあるし……私の立場では、それを否定することはできないだろう」
「テオバルトの従魔になるなんて嫌だよ、絶対嫌」
「だから対策を練る必要がある」
本来、従魔を奪うのは魔力量が従魔の主を上回っていれば簡単らしい。魔物を縛っている術者の魔力を自分の物に塗り替えさえすればいい。ただ、魔力量が下回っていればこの方法はとることができない。あとは従魔が付けている契約の印を壊して、己の物に付け替える。これは魔力の塗り替えに結構時間がかかるので現実的ではない。その他には術者を脅して従魔の契約を解除させて、自分が改めて主になるという方法だとか。
「…………アロイス、私は従魔のフリをしているだけで従魔じゃないんだよね?この場合は?」
「普通の魔物と同じで、従魔契約が簡単にできてしまう……だから厄介なんだ」
「え、えーと、じゃぁアロイスが一時的に私を従魔に……」
「私は君を従魔にしたくない。……君は私の友と言っても過言ではない魔物なんだからな」
そう言われて私は何も言えなくなった。アロイスは私のことを友達だと、思ってくれているらしい。
喋りまくる可笑しな魔物で、カナリーバードと言うにはいろいろとあり得なくて、考えてみれば私はとても怪しい生き物だ。前世の記憶があることも、鑑定というスキルを持っていたことも、何もアロイスには喋っていない。たくさん隠していることがあるし、私はまだ彼を友達だと思えていなかったかもしれない。
そんな私のことを友だと言ってくれる目の前の少年に、私は全部話してしまいたくなった。私も、彼と友達になりたい。友達だと思いたい。
「……アロイス、私……アロイスに話してないことが……」
「あぁ、それは薄々分かっていた。……それはセイリアが話せると思った時に話してくれればいい」
彼は本当に十歳の少年なのかと思うような、穏やかで優しい笑みを浮かべてた。アロイスの中身と外見はちぐはぐで、子供なのに子供じゃない。こんなアロイスを、他の人間は奇妙な子供だと言うのだろうか。
……それなら私と一緒だ。中身と外見がちぐはぐで、奇妙な魔物が私。私とアロイスは、変わり者同士きっと仲良くやっていける。
「後で話すよ。出来れば秘密の部屋がいいな。間違っても他の誰かに聞かれたくないの」
「隠し部屋で話すのは問題ないが、いいのか?君が隠していたいことだろう?」
「いいの。友達に沢山秘密があると疲れちゃう」
「………セイリアは私の言葉を信用しすぎだと思う」
そう言いながらも、アロイスは私の頭を親指の腹で撫でてくれた。その指に顔を擦り付けてちょっとだけ甘える。
……ち、違うよ。嘴が届かない場所だから人の指で撫でてもらうのが気持ちいいだけなんだから。子供が親に甘えるのとは違うんだからね。
「よし、やる気出てきた。テオバルト対策を練ろう!」
「対策というほどのことは出来ないと思うんだが、話し合いは重要だな」
それからテオバルトのしてきそうなことと、対策について話し合った。大抵はアロイスがいればどうにかなることなので、出来るだけ私とアロイスが離れず一緒に過ごすように心がけるという話で落ち着いた。
一緒に居ればいいだけだから気楽だね、と能天気な考えの私に「何も分かってないな……魔物だから抜けているのか?」といったアロイスの言葉を理解したのは、事件が起こってからだった。
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窓から差し込む日差しは明るく、一日快晴だろうと予測できるほど青い空が広がっているというのに、私はどうも落ち着かなかった。
もぞもぞ、そわそわ。何かが足元に居るような気がして何度も足を確認するが、虫がいるわけでもなく。妙な焦燥感は消えずにずっと胸の中にあった。
落ち着きのない私の動きが気になるようで、アロイスも先ほどから殆ど本のページが変わっていない。読書の邪魔をしてしまって申し訳ないところだが、やはりむずむずしてどうにもならない。
「セイリア、どう……」
どうかしたのか、と言いかけたアロイスの言葉が止まったのは、この部屋に近づく足音が聞こえてきたからだ。アロイスの部屋に誰かが訪れることは極端に少ない。基本は朝に使用済みのシーツなどを取りに来る誰かの慌しい足音か、食事の時間にカートと共にやってくる足音しか聞こえない。だからそのどちらでもない足音というのは、この部屋では聞きなれないもので思わず警戒してしまう。
その足音は扉の前で止まり、リンリンと鈴のような音を鳴らした。
「アロイス様、御在室でしょうか?」
「……あぁ、どうした?」
「フィリベルト様がお呼びでございます。お急ぎのようです」
「わかった、直ぐ行く」
アロイスがちらりと私を見て、この部屋から出ないようにと小さく言い残して出て行った。
領主との話だ。公言していないとはいえ、人語を真似し話す魔物である私を連れて行くわけにはいかないだろう。
出来るだけ早く帰ってきますように、と願いつつ大人しく待とうと思った私の体は、冷水を浴びせられたかのように冷たくなった。いつものあの、全力で嫌な予感がするあれだ。
一度も外れたことのない野生の勘は今回も外れなかった。アロイスが出て行った扉から闇の眼の悪魔がやってきて、私を見てにんまりと笑った。
「久しぶりだな、ゲオルク……いや、今はセイリアか?」
アロイスの「何も分かっていない」という言葉を嫌というほど理解した。
久々のテオバルトのターン!
セイリアは逃げだしたい!……しかしうまくにげられなかった!みたいな脳内実況があります。




