【書籍化記念番外】愉快な魔物
「お喋りバードは自由に生きたい」の書籍が明日、2/4日に発売ということで記念に短編を。
アロイスがセイリアの秘密をまだ知らない頃の話です。
アロイス=マグナットレリア。マグナットレリア領主の第二子息であり、将来は領主となる兄を支えながら生きていくことが義務付けられている存在。妾の子であることで兄と夫人には疎まれており、己の将来は暗いものであると八歳の頃には希望を持つこともなくなった。それが、私だ。
生きていることは苦行に近い。そんな私が唯一楽しいと思える時が、本を読んで知らない知識に出会えた瞬間。だが、いつかは邸にある本も読み終えてしまい、その楽しみすらなくなるのだろう。そしてやがては、自分を疎む兄のために働き続けることになるのだろう。
そんな思いを胸に陰鬱とした日々を過ごしていた私の元に、その魔物はやってきた。
色変わりの青いカナリーバード。兄から「躾のなっていない頭の悪い魔物だが、我が家に必要だ」と押し付けられるような形で譲り受けた。しかし、この魔物は「躾のなっていない頭の悪い魔物」ではなかった。それどころか――。
「アロイス、川だよ!」
「ああ、そうだな。そろそろ休憩にしよう」
ピルルと美しい声で囀るこのカナリーバードは、人の言葉を理解し、話すことができる。観賞用の魔物として飼われ戦闘力は皆無とされる種族であるのに、厄介な魔物と位置付けられる灰スライムを一撃で屠ることができる。この世の物とは思えない、感情を揺さぶる歌を歌える――そんな異質な魔物だったのだ。
見たことも聞いたこともないような力を持つ魔物。とても興味深く、面白い。毎日見ていて飽きることがない。共に暮らし会話を重ねるうちに、私は段々とこの魔物……セイリアと過ごす時間が心地よくなっていた。
朝は美しい囀りに起こされ、清々しい気持ちで一日が始まる。日中はセイリアの行動に時々笑いを零しながら過ごし、夜は翌日セイリアと何をして過ごすべきかと予定を組み立てながら穏やかな気持ちで眠って、また朝が訪れる。
こんなに安穏とした日々がやってくるなど、つい数ヶ月前の私には考えられなかったことだ。今思えば以前の私は生ける屍に近かった。望めるものなど何もないまま、命が尽きる日を待ち遠しく思うような。
だが、今は違う。今は毎日が楽しい。何をしでかすか分からない小鳥と過ごす日々は、いつでも新鮮で驚きに満ちていて全く飽きそうにない。
……随分と様変わりしたものだ。気がつけば私の生活の中心は、このセイリアという魔物になっていた。
「綺麗な川だね。……水浴びしたら気持ちよさそう。よし、行ってくる!」
「待て、セイリア。まずは安全確認が先……」
既に聞こえていないのか、青い鳥は私の言葉が終わるより先に肩から飛び立ち、真っ直ぐ水辺に飛んでいってしまった。魔物であるからか、それとも頭が小さいからか。一つの物事しか見えなくなる性質であるらしく、私の忠告は殆ど届いた覚えがない。
そのことに溜息は出るが、不思議と苛立たしくも不快にもならない。それどころか愉快な気持ちにさせられてしまうのだ。……本当に、不思議なことに。
もしかするとそれは、私の予想を通り越した結果を齎してくれるこの魔物に「今度は一体何をしてくれるのだろうか」と、どこかで期待してしまっているからなのかもしれない。
ふと。水浴びをしようと川を覗き込むセイリアの足元に、変色した石が転がっていることに気が付いた。
その現象には覚えがある。サッと血の気が引いていく。慌てて川辺へと駆けながら声を上げた。
「その場を離れろ! フロッギーが居る!」
「え? ……ッギャ!?」
遅かった。セイリアが反応する前に毒々しい色の長い舌が伸びてきて、小さな体に巻きつくとあっという間に茂みの中に引きずり込んでしまった。
毒持ちのフロッギーは時々古くなった毒を吐き出すため、その毒を吐きかけられた石や草木が変色する。そして、そういった物の近くにはその毒を吐いたフロッギーが潜んでいる可能性が高いのだ。
……もっと警戒しておくべきだった。しかし今更後悔しても、遅い。
「セイリア、どこだ!?」
いくらセイリアの嘴が強靭とはいえ、毒に侵されて動けなくなってしまえば意味はない。強い力を持っていることと、毒の耐性があるかどうかは別の話だ。あんなに小さな体なのだから毒が回るのには僅かな時間で充分に過ぎる。
茂みに分け入り、緑の中で目立つだろう青の色を探す。一秒ごとに大きくなる不安に押しつぶされそうで、息苦しいほどだった。これは、セイリアを失えば私が今以上に領主家での立場を失うからではない。私自身が、愉快な小鳥と共に過ごす日々を望んでいるからだ。セイリアの存在が私の支えとなり始めているからだ。
(無事でいてくれ)
セイリアなら、飲まれて毒を浴びるまえにフロッギーを倒すこともできるかもしれない。そう思いたいが頭は最悪の想像をしてしまう。早く、見つけなければ。助けなければ。護ると約束したのに。
焦る私の耳に破裂音が聞こえてきた。セイリアと魔物狩りに出るようになってから何度も聞いた、魔物が弾ける音だ。そちらに足を向け、背の高い草を掻き分ける。
「セイ……ッ」
セイリアはそこに居た。フロッギーの毒の粘液にまみれ、鮮やかな羽の色はくすんでしまっている。飲み込まれ毒に浸かってしまったのだろう。それでも内側から突いて倒したようで、身は残っていないが近くに核が落ちていた。
セイリアは両足でしっかり立っているが、これほど毒を浴びれば既に手遅れとなっていてもおかしくはない。私の持つ解毒薬でもどうにもならないかもしれない。それでも何もしないよりは、と薬に手を伸ばしたのだが。
「うえーべたべたする……気持ち悪くて無理! 水浴びしてくる!」
そう言って全身を震わせ軽く毒の粘液を払う姿に、解毒剤を探っていた手も止まった。そして私が声をかける間もなく羽ばたいて川の方へと飛んでいってしまう。そのまま勢いよく流れる水の中に飛び込み、派手な水飛沫をあげながら豪快な水浴びを始めた。……この様子を見る限り、毒の心配は要らないようだ。
(……毒も効かないのか)
睡眠耐性持ち、という話ではあった。それに加えて毒耐性もあるとすれば、カナリーバードとしてかなりの価値を持つことになる。だが、そんなことはどうでもいい。私は今、セイリアが無事だったことに心の底から安堵している。
草むらから抜け出ると水浴びに興じる小鳥がハッキリと見えた。青い羽が振るわれる度に舞う飛沫はキラキラと輝いて、小さな虹を作っている。それに気づいたセイリアがはしゃいでなおさら激しく羽ばたいたため、今度は飛沫どころではなく水の柱が立っていた。
毒の影響は全く見えない。本当に解毒薬は必要ないらしい。
(私の想像を軽々と超えてくれる)
自然と頬を緩めながら私も休憩に入る。木陰に腰を下ろし、水筒の水で喉を潤しながら物思いに耽る。その思考の中心は、セイリアだ。
私にとってこの魔物がどういう存在なのか、改めて考えさせられたから。
(セイリアの居ない生活は……考えられないな。私にとって、この魔物は……)
体に張り付いていた毒液を落としすっかり輝きを取り戻した体で日の光を浴びる小鳥は、私の元に歩いて戻ってくる途中、何かにハッと気づいたように軽く体を跳ねさせた。
「フロッギーの核食べてナイ!!」
「……くっ……」
本当に、愉快だ。再び茂みに飛び込んでいく青い鳥はいつも私を笑わせてくれる。私の日常はこの魔物のおかげで変わったのだ。明るく、笑うことの出来る日々に。それをとても、感謝している。
いつしか抱くようになったこの気持ちはきっと、魔物に抱くべき感情ではない。誰にも理解されないだろう。それでも。
(私は……この魔物と……セイリアと、友となりたい)
私を救ってくれたのは、魔物であるはずの小鳥。しかし人間のように話し、奇跡のような現象を起こす愉快な小鳥だ。
そんな彼女と本当の意味で親しくなりたい。飼い主とそのカナリーバードではなく、主人とその従魔でもなく。対等な友として、彼女と共に笑って過ごしてみたい。
「ただいまー」
「……おかえり。核は見つかったのか?」
「うん。美味しくなかった」
短い足を動かして今度こそ戻ってきたセイリアは、軽く羽ばたいて私の肩に留まった。その後直ぐに翼を広げて伸びの運動をしている彼女を見て、色々と驚きで忘れていたことを思い出し、口を開く。
「セイリア、川辺でもまずは安全確認が先だ。水を好む魔物が潜んでいる可能性があるからな」
「はーい……」
まるで人間のようにしょぼくれる小鳥の姿にまた笑いそうになったが、真面目な顔で説教を続けることにした。
おかげさまで書籍化することになりました。読者の皆様、ありがとうございます。感無量です。
お喋りバードの書籍版、素敵なイラストを沢山描いていただきましたので、もしよかったらお手に取ってみてくださいませ。
よろしくお願いいたします。
ちなみに、アロイスの見ていないところでは
引き寄せたセイリアを見た蛙が威圧され固まり、ストレスで毒液を全て吐き出し、それを被ったセイリアが怒りの突きを繰り出し、蛙は破裂……というようなことになっておりました。




