不死鳥と元勇者と魔王の旅2
番外編その2
程よい酸味と深いコクのあるソースがかけられた、ふわふわで肉汁たっぷりのハンバーグを食べて大満足した私はその夜ぐっすりと眠り、窓から差し込む光で気分よく目が覚めた。明るい声で囀っていると、その声で目覚めたらしいアロイスも体を起こして挨拶をしてくれる。
私とアロイスは同室で、ラーファエルは別室というのが私たちのいつもの部屋のとり方だ。ラーファエルが一緒だとアロイスが落ち着かないし、しっかり休めないからね。
「おはようセイリア」
「アロイス、おはよう!」
今日の私には魔王領に侵攻してきている人間たちを追い返すため、ラーファエルを現場まで運ぶという役目がある。ハンバーグのお礼もあるので、頑張って全速力で飛ぼうと思う。
鳥であって身支度のない私は、アロイスが朝の支度をしているのを窓辺で毛繕いしつつ待つ。彼の準備が整ったら肩に乗せてもらって、一緒に部屋を出た。丁度ラーファエルも隣の部屋から出てきたところで、朝の挨拶を交わす。
「朝飯の前に事を片付けようと思う。セイリア、頼んだぞ?」
「うん、任せて」
事が片付かないと朝御飯にならないらしい。そうとなれば急ぐしかない。すでに私の胃袋は空腹を訴えてきている。人を運ぶだけなら文字通り朝飯前だし、早速出発することになった。
街中で不死鳥になるとさすがに目立つということで、人目のない場所まで二人と一羽で移動する。朝から活動してる魔物は少なくないし、街外れまで移動してから【変身】を使い不死鳥の姿に戻った。久々に大きな体に変化したので、不思議な気分だ。
「ほう……これが本来の姿か」
ラーファエルがじっと私を見上げながらつぶやいた。そういえば、彼にはこの姿を見せたことがなかった気がする。アロイスと自由な旅をするようになってからは、気楽なカナリーバードの姿で過ごしてきた。大きくて目立つ不死鳥の姿は使う場面がなかったんだよね。
身を屈めて背中に乗りやすくすれば、軽々とラーファエルが飛び乗ってきた。続いてアロイスも背中にあがったので、ちょっと驚く。
「アロイスも行くの?ラーファエルを送るだけだよ?」
「……おそらく私が居ないと君が困ると思う」
「そうなの?わかった」
アロイスは何故か私が困ることになると思っているらしい。アロイスの助言は素直に聞いておいた方がいいのは身に沁みて分かっているので、特に反対はしない。私は学習したのだ。
テオバルトの襲撃といい、調教師のことといい、アロイスが何かを気にしている時は絶対何か起こる。気を抜いてはいけないし、アロイスが居てくれたら心強い。
二人を運ぶなら風の魔法を使った方が安定して速く飛べるはずだ。風の神に飛行の補助を願いながら、空に浮かび上がる。目的地まではラーファエルが方向を指示してくれるし、迷うことはない。地図を見なくていいって楽でいいよね。
「お、あれかな」
進行方向の先、森の中で人間がわらわらと動いているのが見えてきた。木々を切り倒し、拠点を作っているようだ。ぱっと見ても数はよくわからない。とりあえずたくさんいるなという感想しかもてない私とは違い、目を凝らして集団を見たラーファエルの目算によれば数千の人間がいるという。かなりの大所帯だ。
魔王の領地を侵略しに来ているのだから、国の総力を使うのが当然なのだろう。少年と言っても過言でないような年齢の人間もかなりの数居る。あれを魔王が蹂躙するのかと思うと居た堪れない気持ちになるんだけど……先に攻撃してきたのはあちらだもんね。
たとえ国からの強制徴集であっても、侵略は侵略。既に魔物を殺しているとも聞いたし、手加減してあげてとは口が裂けても言えないことだ。
「……ラーファエル、どうするの?」
「どうもこうもない。追い返すだけだ」
今まさに攻撃されているこの国の王に尋ねれば、彼はどこか楽しそうにも聞こえる声色でそう言った。私はその“追い返す”方法を聞きたいのだけど、言ってくれそうにない。アロイスは溜息を吐いたが何も言わないので、ラーファエルが何をするか予想ができているのかもしれない。分かってないのは私だけ、か。
「セイリア、高度を落としてやつらの頭上を飛べ。そしてあの無駄に装飾された船の前に着地だ」
「了解」
人間たちが乗ってきたであろう大きな船が森を抜けた先の海岸沿いにいくつも停泊している。その中でも一際大きな、そして豪華で金ピカな船を目標にして、高度を下げる。木々の背のギリギリ上を飛行しながら人間たちの頭上を通り過ぎようとした時だった。
「なっなんだこいつ!早く撃て……っ!?」
私を目にして即座に攻撃態勢へと移った人間たちが、ビクリと震えたと思ったら白目をむいて泡を吹きながら倒れていく。この症状は何度も見たことがあるものなのですぐに理解した。【強者の風格】スキルによる、敵意を向けた者を自動的に威圧してしまう能力だ。
私が通過した後に残るのは痙攣しながら横たわる人々の姿であり、立っている者は誰も居ない状態である。私が進めば進む程、可哀想なほど青ざめて地面に崩れ落ちる人間の道が出来上がっていく。あまりの惨状に頬が引きつりそうだった。
やばい、どうしよう。オート発動だから私には止められないよ。このままだと侵略軍を全員失神させてしまうよ。
しかし私にはどうすることもできず、目的の船の前に着地した時には意識を保っている人間は残っていなかった。恐る恐る振り返った先には壮絶な光景が広がっていて、自分がやったとは認めたくない。……やっちゃったよ。ラーファエルごめん。
ラーファエルの獲物を取ってしまった形になる。どうしよう、と慌てる私の背から地面に降り立ったアロイスとラーファエルに向かって、叫ぶように訴えた。
「私の威圧が勝手に、勝手に……!!」
「落ち着くんだセイリア。ラーファエルは元々こうなることを予想していたはずだ」
「え、そうなの?」
楽しそうに私を見ていたラーファエルは、楽しそうな顔でうなずいて、楽しそうな声で教えてくれた。
彼の持つ【王者の風格】というスキルは私の【強者の風格】より優れたものだが、威圧された相手は服従したくなる、僕製造スキルでもあるらしい。
「俺は人間の僕などいらないからな。無様で笑える姿も見たことだし、さっさと帰ってもらうか」
ラーファエルが指を鳴らすと、彼を中心に地面が黒く染まっていく。彼の魔力に染められた土から次々と人間と変わらぬ大きさの泥人形が生まれて、辺りに転がっている人間を運び始めた。
泥人形達は力が強いらしく、軽々と人間を持ち上げては海岸沿いに放り投げていく。数千人という膨大な数の人間だったが、人形の数もかなりのものだ。一時間とたたずに森の奥に居た人間たちも全て船の前に運ばれ、海岸は隙間なく人間が転がり積み重なり、死屍累々と言う言葉が浮かぶ様子だった。誰も死んでないけど。
「セイリア、光の魔法で意識を戻せ。あとは勝手に帰るだろうよ」
「……君はセイリアを何だと思っているんだ」
アロイスがとても厳しい目をしてラーファエルを睨んだが、睨まれた本人は全く意に介していない様子で笑みを浮かべている。
私としてもこの人間たちには可哀想なことをしたと思っているので、光の神に彼らの意識の回復を願った。人数が人数なだけあって結構な魔力が持っていかれた気がする。
「うわ、初めてこんなに魔力使ったよ」
「……これをやって平然としている君の魔力の豊富さには、驚きを通り越して呆れの感情が湧くな」
癒しの魔法が発動し、薄く発光する気絶した数千の人間。一人一人は小さな光でも、集まればかなりの光量だ。眩しさに目を細めるくらいである。
意識を回復した彼らはもぞもぞと動き出し、下敷きにされていた人間達は「重い」と苦しげに呻いたが無事であるらしい。彼らは状況が把握しきれず皆が皆あたりを見渡していた。その中でも私を視界に入れた人間が「化け物!」と悲鳴のような声を上げて逃げ出し、その行動で私の存在に気づいた者から我先にと船に乗り込んでいく。……ちょっと傷ついた。
「…………私、皆のこと治したのに」
「奴等が覚えてるのは失神前の恐怖だけだ。お前を見たらああなって当然だろ?」
それはそうかもしれないけど、あそこまで怯えられると何とも言えない気持ちになる。気絶直後でもほとんど変わらない様子で接してくれたブルーノという鳥を思い出し、そして彼の被虐性嗜好も思い出し、さらに微妙な気持ちになってしまった。……ブルーノが変態だったから平気だっただけで、今逃げている人間の方が正しい反応なんだろう。
沈んだ気持ちで小さくなっていく船を見送っていると、アロイスから優しい声で話しかけられた。
「セイリア、気にするな。悪いのはそこの魔王であって、君じゃない。帰って美味しいものでも食べよう。朝食もまだだからな」
「アロイス……」
温かく笑う親友が手を伸ばしているのが見えたので、頭を下げて撫でてもらう。今の私はかなり大きいから、両手でわしゃわしゃと撫でられるのがとても気持ちよかった。夢中になって頭を押し付けてしまったけど、アロイスが楽しそうに笑っていたので問題なしだ。
「おい、人間共が食料を大量に残して帰ったぞ」
私がアロイスに撫でられている間にラーファエルは人間が運び込んでいた食料を見つけたらしい。いくつかの箱と鉄の板を持ってきて、なにやら準備を始めた。
「肉も野菜もある。鉄板を使って焼こうと思うんだが、食べるだろう?」
「食べる!」
ラーファエルがやろうとしているのはバーベキューだ。そう、BBQ。朝から重たいとは思わない。焼肉大歓迎である。
落ち込んでいた気分は一気に上昇し、喜んでぶんぶん首を振る私にラーファエルが得意げに笑って、アロイスは溜息を吐いた。
セイリアを便利に使うラーファエルが気に食わないアロイス、美味しいごはんで他の事は全部どうでもよくなって忘れるセイリア。ラーファエルはアロイスとセイリアの反応を楽しんでます。
次の番外はドミニクとソフィーアに何があったか書こうかな。
黒龍と少女の話はこちらの番外でなく新連載にしました。




