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 それからカイは、泉の部族の品を作るために毎日朝早くから神殿に通った。

 金細工が出来上がったらソルエとは会わないという約束も、作業をしているときは忘れることができる。以前と変わらず楽しく話をしながらふたりは、泉の部族の長の全身を飾る美しい装飾品を丁寧に作り上げていった。


 村の者に、「ソルエさまが彫る金細工はこれで最後になる」と話すと、残念がる者が多いなかで、当然だと言う者もいた。それまで表立って口にはしなかったものの、やはり村人の中にはカイが巫女と親しくしていることを快く思っていない者がいたのだ。それに気付いて、カイはソルエの決断が正しいことを知った。

 

 ふたりが、これが最後と全身全霊を込めて作り上げた金細工は、それまで鍛冶村の者さえ目にしたこともないような大変美しい立派なものとなった。


 そして出来上がった金細工を納める日がやってきた。カイとソルエが会う最後の日だ。

 神殿の頂上のテラスに腰を下ろして、ソルエとカイは出来上がった金細工の裏に小さくそれぞれの『しるし』を刻んだ。


「これで終わりですね」


 カイは出来上がった金細工をひとつひとつ慎重にゴザに包んで縛り上げた。

 まとめた荷物を背負って立ち上がると、カイは周囲を見回した

 高い神殿の頂上からは緑の樹海が一望でき、樹海の中にぽっかりと穴を開けたようなところが鍛冶村の集落だと分かる。カイはソルエの方を振り返って言った。


「ここから見ると鍛冶村はすぐそこのようなのに、あなたとは二度と会えないのですね」


「私からは、きっとカイの姿が見えるわ。毎日鍛冶村の方角を見ながら祈りを捧げるわ」


 カイの正面に立って彼の顔を見上げているソルエがヴェールの前で手を組んだ。

 しかし、すぐにその手を伸ばしてカイの後ろをまっすぐ指差した。


「カイ。あれは!」


 カイがふたたび鍛冶村のほうを振り返ると、鍛冶村の周りから次々と煙が上がっていくのが見えた。

 煙は円を描くように増えていき、鍛冶村を取り囲んだ。あっという間に煙の渦の中に鍛冶村の姿は飲み込まれてしまった。


「ソルエさま!」


「鳥たちを呼ぶわ! カイは早く鍛冶村へ!」


 カイは荷物を放り出し、転がるように神殿の階段を下りていった。神殿の上から鳥たちを集めるソルエの歌声が響いている。

 階段の途中で首から提げていた鳥笛が石段の角にぶつかり、砕け散った。カイの心は不安で張り裂けそうだった。


 森の中を走っていくと、向こうからも近づいてくる影があった。それはヤシュだった。しかし、背中にいくつもの矢が刺さり、瀕死の状態だ。

 ヤシュは、カイの前に来ると力尽きて倒れ掛かった。カイはヤシュを抱きかかえて訊いた。


「鍛冶村に何が起こったのだ」


「……サマンチャミンの襲撃だ。……やつらは以前と同じように村を包囲すると村人を捕まえた。……しかしそのすぐあと村の周囲に火を放ったのだ。動物たちが襲ってくるのを防ぐために……。長老も、逃げ出そうとした者も、矢で射抜かれ……息絶えた……残った村人は奴らにおとなしく従うしか方法がなかった。……わしはその混乱の隙に逃げ出し、何とかここまでこられたんだが……」


 ヤシュは苦しそうに咳き込んだ。


「皆を助けなくては!」


「カイ、お前は行ってはならない!

 サマンチャミンに捕まってから、二プラムが皆に言った。……お前とソルエさまが掟を破ったからこんなことになったのだと。……二プラムの言葉に、村の皆が『そうだ』と口々に叫び出したのだ。……やつは、神殿の場所をサマンチャミンに教えるだろう。

 ……ソルエさまが危ない」


 カイの頭上を鳥たちが横切っていった。しかしその方向は鍛冶村と逆の方向だ。煙にいぶり出されて、獣の群れも逃げていった。


「カイ、……早く……神殿へ…………」


 ヤシュの身体はそのまま崩れ落ち、動かなくなった。



 カイは急いで神殿に引き返した。神殿の周りには、煙から逃げ出した獣たちが避難しており、空には鳥の群れが飛び交っていた。

 カイが神殿を駆け上がると、頂上でソルエがうずくまっていた。


「ソルエさま! ここにいては危険です。逃げましょう!」


 カイが抱き起こそうとすると、ソルエはその手を振り払った。


「私の力が及ばなかった……。

 カイ、私はここから離れることはできない。あなたこそ逃げるのです!」


「鍛冶村の人間はあなたを裏切るつもりです。もうここにいる必要はない。一緒に逃げましょう」


「いいえ。私は逃げることはできません。

 カイ、私の言ったことを思い出して。あなたは生き抜くのです」


「ソルエさま! 一緒に……」


 カイがソルエの肩を掴もうと手を伸ばすと、その手はヴェールを掴んで引き剥がした。

 ヴェールの端からソルエの長い髪がこぼれ落ちる。あの黒々とした美しかった髪は、真っ白になっていた。そしてヴェールの中から現れたソルエの顔は、幼いころの面影を残しているものの、やつれて青白く、顔中に細かい皺が刻まれていた。


「ソルエさま……?」


「カイ、あなたには、この姿を見てほしくなかった」


「いったい、何があったのです?」


「巫女というのは、普通の人間とは生きる時間が違うのです。

 先代の巫女が亡くなった年は、今の私よりも若かったのですよ。今の私は、本当なら立ち上がることもできないほど老いているはずなの。でも私の寿命は延びていたのです。あなたと過ごして、仕事を任されて、希望を持っていたお蔭で。

 しかし私は己のことばかりで、後継者を育てる役目を怠ってしまったのです。

 本当は村に能力を持つ娘が生まれることを神に祈り、その兆しが現れたら長老にその娘を連れてくるように伝えなくてはならなかったのです。

 でも私は自分の辛い役目を次の代に背負わせたくなかった。ただここであなたと楽しく過ごして命を終えられればいいと思っていた。その結果が鍛冶村を滅ぼすことに……」


「ソルエさま、それは違います。これは鍛冶村の運命だったのですよ。これからあなたは、巫女の座から解放されて自由に生きるべきだ」


「ありがとう、カイ。でも、もう無理なの。私の体はもう限界なのです。ここで鍛冶村の最期を見守ることが、私の最後の役目……」


 ソルエはよろよろと立ち上がってテラスの端に立つと、もうもうと煙の上がっている鍛冶村のほうを見つめた。

 カイはそれ以上ソルエにかける言葉が見つからず、その横に黙って並び、そっとソルエの体を支えた。


 突然、神殿の周りや空が騒がしくなった。

 獣や鳥たちが一斉に騒ぎ出す。すると背後の森でつぎつぎと火の手が上がった。

 西の大国の軍が、とうとう神殿に近づいてきたのだ。獣よけにたいまつを掲げて、大勢の兵士が巫女を捕まえようと、神殿の正面階段に押し寄せてきた。


「カイ! 逃げるのよ!」


 ソルエは隣にいたカイを渾身の力でテラスの外に押し出した。カイの体は、傾斜した神殿の壁に沿って転がり落ちていった。




―― そのあと、カイは気を失ってしまい、どのように西の大国の包囲をくぐり抜けたのか分からない。気づくと大きな黒豹の背中に乗って、森の中をさまよっていたんだ…… ――

 



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