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「何故、鍛冶村の人々は故郷から引き離されなければなかったんだ。金細工はこの新大陸の先住民の間ではむやみに生産して儲けを期待するものではなかったはずだ。それ自体で豊かになるわけではなく、支配層の権威を象徴するものにしかなり得なかったはずだ。だから鍛冶村の人間を連れてきて金細工を大量生産させるなんてことは無意味だったはずだ。それまでどおりに取り引きで手に入れれば十分だったじゃないか」
森での最後の夜は、キャンプ全体がどこか落ち着かなかった。
この一週間の調査で常識を覆す発見が続き、団員たちは皆、数々の戦果を挙げ凱旋したナポレオン軍の兵士よろしく、互いの健闘を大袈裟に褒め合い、ハイテンションで陽気に歌って騒いでいたからだ。
普段は気難しい顔の学者たちも、このときばかりは羽目を外して大騒ぎしていた。森の中の冴えた空気を彼らの笑い声や下手な歌声が震わせる。ここに何世紀もひっそりと留まっていた魂たちは、この一晩できっと森に愛想を尽かして出て行ってしまうに違いない。
ときどき上がる喚声に顔を顰めながらも、フィルはロドリゲス相手に自分の見たビジョンの全てを語り尽くした。そしてフィルの目線からその理不尽な物語の感想を語ったのだ。
ロドリゲスの持ってきたウィスキーは今日は最初から随分ぬるかった。いや、いつものように沸かしたての湯で割ったわけではなく、ストレートをそのままカップに注いできたらしい。ぬるいがきついアルコールの匂いがフィルの鼻を刺激した。
ロドリゲスはそれをいつもと同じように一気に飲み干した。そして、いつものような冗談も笑顔もなく焚き火を見つめたまま語りだした。
「鍛冶村の奴らはどっちにしても同じ生活を続けていくことはできなかった。奴らが採ってくる鉱石も、高温の火を熾すための特別な薪も、鍛冶村の周りにはもうほとんど残っていなかったんだ。何世紀も同じ場所で資源を採り続けていればやがて底をつく。その時期がすぐそこまで来てたんだ……」
そう話し出したロドリゲスの横顔に、フィルは訝しげな視線を向けた。ちらっとフィルを見遣ったロドリゲスはその表情の変化に気付いたが、構わずにまた焚き火の方に向き直ると、続けた。
「鍛冶村ん中には、いや鍛冶村のほとんどの大人はそのことに気が付いていた。もしも奴らが生業を失ったとき、どうやって生き延びていくのか、誰もが考え始めていたんだ。
その中には、鍛冶村に見切りをつけて西の大国に移住したいと考える奴もいた。そして実際に西の大国に自分の腕を買ってくれと売り込んだんだ。
西の大国にとってもそれは深刻な問題だ。王の身につける最高級の金細工は鍛冶村無しでは作れないからだ。しかも分業で成り立っている鍛冶村からたったひとりを雇ったとしても役に立つはずはない。 そこで苦肉の策に出た。
実際には、大半の村人が命を失うことなく西の大国へと連れていかれた。そしてそこで奴らは特別な地位を与えられ、裕福な生活を送ったんだ。それからしばらく経って西の大国が他の国の侵略を受けたときも、特殊な技術を身につけた鍛冶村の人間は危害を加えられることはなかった。むしろ最高の戦利品として相手国で大事にされた。
ただ、奴らが太古から守り続けてきた伝統や慣習は棄てなくちゃならなかった。故郷の地とともに……」
「……どういうことだ? あんたも同じ時代のインスピレーションを受けていたってことか?」
険しい顔を向けるフィルの方を、ロドリゲスはゆっくりと振り返った。
「ああ」
「あんたは誰のビジョンを見たっていうんだ」
「…………サマンチャミンだ」
その瞬間、みるみるフィルの表情は強張っていき、咄嗟にロドリゲスの襟を掴んで締め上げていた。
しかしフィルは渾身の力で襟を掴んでいるつもりでも、ロドリゲスにはうるさくたかってくる蝿のようなものだ。さっとフィルの細い手首を掴んで引き離し、静かにフィルを諭した。
「カイの魂に翻弄されないと約束しただろ。俺はあくまでビジョンを見たに過ぎん。しかもお前の話に影響されて見るようになったんだ」
はっと気付いてフィルが手の力を抜くと、ロドリゲスは掴んでいた腕を解放した。
フィルは大きく嘆息して、小声で「すまない」と呟いたが、その目はどうしても納得できないというように相変わらず鋭くロドリゲスを睨みつけていた。そのままの表情で、フィルはロドリゲスに訊いた。
「西の大国に自分を売り込んだっていうのは誰なんだ」
「ヤシュさ。
奴は取り引きの合間の高官との雑談で、半ば冗談、半ば本気で言ったんだろう。しかし奴が帰ったあと、宮殿は大騒ぎになった。現皇帝は病を患っていて、近いうちに代が替わるだろうといわれていた。幼い次期皇帝の後見人であるサマンチャミンは、新皇帝の権威を示すために大量の金細工を用意しなくてはならなかった。前皇帝を凌ぐ勢いがあることを市民たちに知らしめる必要があったんだ」
「それで執念深く鍛冶村を襲ったというわけか。そしてヤシュは自分の軽口がとんでもない事態を招くことになって戸惑っていた。最後は自らの命を張って巫女の危機を報せたんだ。
まだ若いカイは、そういった事情まで汲み取ることができなかった。ただ純粋に鍛冶村と巫女を護ろうとした……」
フィルは折り曲げた膝を抱えてその中に顔を埋めた。
「何が正しくて、何が間違っているかなんて、誰にも分からん。サマンチャミンは軍人として、皇帝の庇護者として職務に忠実過ぎた。
奴は鍛冶村の人間が拠り所を求めて戻ってこないように、神殿をほとんど破壊した。
しかし、奴が神殿を襲撃したとき、すでに息絶えていた巫女の亡骸は手厚く葬った。巫女はすでに鍛冶村の人間の拠り所ではなかったからな。そうでなければバラバラに引き裂いていただろう。
そして人間のいなくなったこの森には、古代のような鳥や動物たちの楽園が戻ってきたのだ。
サマンチャミンは人生の最後まで自分のやったことは正しかったと信じていた」
「ソルエさまは、……巫女は鍛冶村の危機を悟り、せめて自分たちの伝統を遺していく方法は無いのかと考えていたのか……」
調査団は翌朝、夜明け前にその森を後にする。もっとも近くの村まで、途中で野営を敷いてまるまる二日掛けて戻る予定だ。翌日に備えて、今まで騒いでいた団員たちは、いつの間にかさっさと後片付けを済ませて自分たちの寝袋にもぐりこんでしまっていた。
しんと鎮まり返った森の中に突然、今までの騒ぎに腹を立てたようにけたたましい鳥の声が響き、やがてどこへともなく消えていった。
「カイは何故僕に自分の体験を訴えたのだろう。やりきれない想いを吐き出したかったんだろうか。しかし僕はそれを知ることで、これからこういう遺跡にまつわる歴史を暴いていくことが虚しく思えてきたよ」
フィルは溜め息まじりにそう言うと、刺激の強い琥珀色の液体を一気にあおった。
「…………しかし、そういう事実があったかもしれないということを受け止めなくちゃならん。ただ受け止めることが、お前さんのやろうとしている仕事なんだからな」
そう言い残してロドリゲスは立ち上がり、フィルの背中をとんとんと叩いて自分のテントに戻っていった。
残されたフィルはしばらくの間、カイも聴いていたであろう夜の森の音に耳を澄まし、焚き火の炎を眺めていたが、先ほどのアルコールが急激に体中に回り始めたのを感じ、急いでテントに戻ると寝袋に潜りこんだ。
そして、カイの物語はまだ終わっていなかったことに気付いたのだった。
神殿から転げ落ちたカイを、おそらく黒豹の背中が受け止めたのだろう。カイはまったく無傷だった。
カイを乗せた黒豹は広い森の中を何日かさまよい、樹海の途切れる場所まで連れてくると、彼を降ろして森へ帰っていった。
一命は取り留めたものの、いまカイの目の前には見たこともない光景が広がっている。森の中しか知らないカイは、ほとんど木々の生えていない広大な大地と、雪を頂いた山々を初めて目にしたのだ。
カイは途方に暮れてその場に立ち尽くした。
カイの胸元には、砕け散った鳥笛の吹き口だけがさがっていた。何の気なしにその吹き口に息を吹き込むと、高い音が出た。ピュィーッという甲高い音が、荒野と山々にこだましていく。カイはソルエを想いながら、何度も何度も鳥笛を吹いた。
鳥笛の音に誘われたのか、突然空から一羽の鷹が舞い降りてきた。鷹はカイの周りで二、三周旋回すると、爪を立てずにそっとカイの肩にとまった。驚くカイの顔を小さな目でじっと見つめている。
「お前は……まさか……」
カイが何か言おうとしたとき、鷹はカイの肩を蹴ってまた空へ舞い上がった。カイは夢中でその後を追った。平原を吹き抜ける風は冷たく、カイの体を突き刺した。しかし鷹は風を切ってどんどん先へ飛んでいく。カイは全力でその後を追いかけた。
どのくらい走っただろうか。だんだんと足がもつれて動かなくなってきた。そしてとうとう、広い平原の真ん中で倒れてしまった。鷹はカイを置いて飛んでいき、やがて見えなくなった。
「私はこんなところで命を落とすのか。
ソルエさま、約束を果たすことはかないませんでした……」
冷たい風の吹き抜ける中で、カイの意識は薄れていった。




