甘い香りは、事件の香り?(8)
「ああ。それもどうやら皆、東の森付近で消息を絶っているらしい」
その言葉にタニアは表情を硬くした。
この王都エル・ヴェルハーレは比較的治安の良い街である。行方不明事件が立て続けに起きたなど、これまで聞いたことのない事態だ。
タニアはゴクリと唾を飲み込む。一体何が起きているのか?
表情の固いタニアの不安を払拭するように、ジャックスは肩を叩く。
「東の森の中まで捜索範囲に入れるように、傭兵ギルドには依頼を出しておいてやる。とにかく、お前はもう家に帰れ」
ジャックスの言葉に、タニアは固く頷く。ここに居ても自分に出来ることは何もない。タニアは深く溜め息を吐くと、踵を返しかけた。トボトボと歩きかけて、ふと、あることを思い出した。足を止めてジャックスを振り返る。
「そういえば、あの森ちょっとヤバいかも。傭兵ギルドの人に伝えておいて」
「何をだ?」
「アタシ、気がついたら森の中にいたの」
「どういうことだ?」
訝しげに聞き返したジャックスに、タニアは困ったように眉尻を下げる。
「よくわかんないよ。森の入り口から中の様子を窺ってたら、なんか甘い匂いがしてきて。そのうち頭が痺れてきて、気がついたら森の中にいたんだから。なんか、幻覚作用のあるキノコの胞子でも舞ってるんじゃない? だから、気をつけてって、伝えて」
タニアの回答にジャックスは少し思案した後、口を開いた。
「甘い匂いか。確か昨日聞いたという話でもそんな事を言っていたな。男の子が森で甘い匂いを嗅いだと。わかった。念の為、気をつけるよう伝えておこう」
ジャックスの言葉に、タニアはホッと胸を撫で下ろす。そして今度こそ踵を返した。
タニアが帰った後、ジャックスは近くにあった長椅子に腰を下ろした。眉間に深く皺を刻み込み、物思いに耽る。
(もしかしたら、事はそう単純ではないのかもしれない。奴の耳に入れておいた方がよさそうだな)
ジャックスは重い腰を上げ、所長室へと戻る。そして、真っ直ぐに執務机に歩み寄ると、ある魔道具を起動させる。嵌め込まれた魔石と起動用の魔石を接触させると小さな魔法陣が浮かび上がった。魔法陣はパカパカと点滅を繰り返していたが、やがて点滅をやめて一瞬カッと光を放つ。ジャックスはそれに向かって話しかけた。
「俺だ。今、話せるか?」
すると、ジャックスしかいないはずの室内で、別の者の声がした。
《……私は忙しい。手短にしろ》
ひどく億劫そうな声音が魔法陣から発せられた。




